番外編 狼と人間 2
「いらっしゃい。お待ちしていたわ」
午後のティータイムに、私とアルトゥール、そしてユストゥスは叔父様の屋敷に招かれた。
私たちを出迎えてくれたのは、ウェーブがかった長い金髪の貴婦人で、叔父様の奥様のレイラ様だ。薔薇の咲き乱れる綺麗な庭にテーブルが置かれ、紅茶と菓子が用意されていた。
アルトゥールは叔母様の手を取り挨拶をした。
「叔母上、お招きありがとうございます」
「二人揃って来てくれるなんて、いつ以来かしら。それに、アルトゥールが素敵な方を見つけて連れてきてくれるなんて……とても嬉しいわ」
レイラ様は優しく微笑んで言った。
アルトゥールとユストゥスは、幼い頃に両親を失い、その後、叔父様の屋敷でレイラ様と暮らしていた時期があったという。本当の母親のように優しくしてもらっているとユストゥスは言っていた。
しかし、叔父様の姿が見えない。
「叔父様は……。あら、蝶だわ」
庭を見渡すと、空と同じ色の見たこともない蝶が舞っていた。それも、一匹だけではない。軽く二十匹は飛んでいる。
蝶の飛んできた方へと目を向けると、屋敷の二階のバルコニーに叔父様の姿が見えた。
叔父様の周りには幾百もの空色の蝶が舞い、叔父様から蝶たちが飛び立っているように見えた。
「あれは……」
「あれが叔父上の魔法だよ。美しいだろ?」
「魔法……? とても綺麗だわ」
「ふふっ。すぐに降りてくるわ。皆様、どうぞお茶をいただいてお待ちください」
レイラ様に勧められて、私たちは席に着き、アルトゥールは、飛び交う蝶を眺めながら言った。
「叔父上の特技は諜報なんだ。あれは叔父上が作った魔蝶で、あの蝶を通して様々な音を聴いているんだ。まぁ、この会話もだな」
「すごい。あんなに沢山……」
「蝶だけに、諜報が得意なんです!」
「えっ?」
自信満々にユストゥスは言ったけれど、よく意味がわからなかった。ユストゥスは少し頬を赤く染めながら、気まずそうに言葉を続けた。
「えっと……そうそう。それだけじゃないんですよ。あの蝶は今は空色ですけど、それは空に合わせているだけで、場所によって色を変えるんです。凡人には見えません。それに人に触れると魔力を吸うんですよ」
「ま、魔力を?」
「はい。叔父上から離れれば離れるほど、蝶は力が弱まるので、それを補う為に、出会った人や動物の魔力を極わずかに吸って諜報活動を続けるんです。しかも、触れた生き物の身体の調子まで分かっちゃうんです。元気だとか弱ってるとか、魔力が強いかとか弱いかとか。まぁ、それくらいだそうですけど」
「じゃあ、弱っていたり、治療が必要な動物がいたら、すぐ見つけられるってことかしら?」
「そうですね! 叔父上は回復魔法も得意なので、戦場でも、そうでない場所でも、人や動物をたくさん救ってこられましたよ」
「すごい」
私が感心していると、レイラ様は朗らかに微笑みながら口を開いた。
「エヴァさんって、とても素直な方なのね。アルトゥールのことをよろしくお願いしますね。この屋敷へも、いつでも遊びに来てくださいね」
「は、はい」
「ふふっ。それと、エヴァさんに、ひとつだけ確認しておきたいことがあるの」
「なんでしょうか?」
「エヴァさんは、動物が大好きだと伺いました。人間については、どうかしら。お嫌いですか?」
「えっ?」
人が嫌いか。そんなこと、初めて聞かれた。
私は人と触れ合うことは苦手だし、身体が拒否反応を起こしてしまう。でも……。
「幼い頃に人拐いにあってから、私の身体は、他人を拒否するようになりました」
「エヴァ、無理に話さなくてよいのだぞ?」
アルトゥールが心配そうに私の顔を覗き込んで尋ねた。
彼と目が合うと、強張っていた肩から力がスッと抜け、手の震えが収まった。
「ありがとう、アルトゥール。大丈夫よ。私……人が嫌い、というより、人がとても怖かったんです。でも、アルトゥールと出会って、この国に来てから、身体が怖くて動かなくなることが、なくなりました」
「まぁ。そうなのね」
「アルトゥールの周りの人達は、とても温かくて……。でも、それだけじゃないと思うんです。きっと、アルトゥールが隣にいてくれるからかなって、思っています」
「エヴァ……」
頬を赤く染め、嬉しそうにこちらを見るアルトゥールに、私まで恥ずかしくなってきた。
レイラ様はそんな私たちを母親のように微笑ましく見守ってくれている。
「そう。良かった。エヴァさんは……姉とは違うのね」
「えっ? お姉様……ですか?」
「ええ。私の姉は、アルトゥールとユストゥスの母親だったのよ。私とは違って、美しく気高く、そしてエヴァさんみたいに動物をとても愛していて、そして──人をとても憎んでいる人だったわ」
アルトゥールとユストゥスも初耳だったのか、二人とも驚いた顔で互いに見合わせている。
「二人が大人になったら話そうと思っていたの。あなた達の両親がどんな人だったのか。本当はもう少し早く話しておきたかったのだけれど……」
「叔父上と喧嘩ばかりして、兄様はここに寄り付かなくなっていましたからね」
「ごめんなさい。ずっと一緒に暮らせていたらよかったのに」
「いえ。レイラ様のせいではありません。とても大切に育てていただいたことに感謝しています」
ユストゥスが感謝の意を述べると、レイラ様はニコッと微笑み、真剣な眼差しで口を開いた。
「私と姉が生まれた国は、あなた達の父親が滅ぼしたの」
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