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私は今、ユストゥスとアルトゥールと三人で朝食をいただいている。昨日は何も食べずに爆睡してしまったので、とても美味しいのだけれど、気分は最悪。
最初に沈黙を破ったのはユストゥスだった。
「エヴァ様。お元気そうで何よりですが……。兄様と何かあったのですか?」
「貴方のお兄様に聞いたらどうかしら?」
アルトゥールは気まずそうに赤く腫れた頬を擦ると、黙々とパンを食べた。
「兄様。尻尾なくなりましたね。どうやったんですか?」
「……昨夜、エヴァの額にキスをしたら狼になった」
「へ?」
「それで今朝、またエヴァにキスをしたら元に戻ったのだが……」
「アルトゥールの嘘つき」
アルトゥールの視線を感じたので、私は顔を背けて悪態をついた。
「嘘ではないっ」
「嘘だったじゃない。き、キスしてもアルジャンにならなかったわ! それに……」
私は言葉をつぐみ唇に手を添えた。
アルジャンに会えるならキスぐらい良いかな。
と思ったのが馬鹿だった。
あの時、アルトゥールが変な目で見てくるから瞳を閉じたら、彼は私の唇にキスをした。
場所の指定はしてなかったけど、額にするのではなかったの?
私は驚いて彼の頬をおもいっきり叩いた。
しかも、アルジャンにならないし。
「エヴァが、目を瞑るから……つい」
「ついじゃないわ。最低よ」
「はははっ。仲が良いのですね。ベリス侯爵様は準備万端だと仰っていましたが、エヴァ様はいつ、いらっしゃるんですか?」
「何処へ?」
「もちろん家の領へですが? あれれ。だってキスし合うほど仲が良いのでは……」
眩しいくらい晴れやかな笑顔を向けるユストゥス。
確かにこれだと痴話喧嘩にしか聞こえないわね。
ユストゥスは私に呪いが移ったことを知らないんだもの。
「ち、違うわっ。アルトゥールがアルジャンになれるかもって言うから、呪いを解くために協力してあげただけよ。わ、私にも呪いが移ってしまったみたいだから……」
「呪いが移る?」
「ええ。アルトゥールが私に固執するのは、狼の呪いのせいでしょ。私もそれが移ってしまったみたいなの。アルトゥールが一緒にいないと胸が苦しくなってしまうのよ」
「えっ。ほ、本当ですか!? それは大変です。もしかして、兄様と一緒にいたくて仕方がないのでは?」
ユストゥスは驚きつつも、私の状況を言い当てた。
やっぱり、ユストゥスの方が呪いに詳しいんだわ。
「ええ。そうなの! この呪いを解くには――」
「狼の呪いは解けませんよ。上手く付き合っていくしかないのです」
「えっ!? じゃあ私はどうしたら」
「ご安心ください。それは呪いではありませんから」
「へ?」
「狼になる呪いにそんな副作用はありません。兄様の感情もエヴァ様の感情も、呪いのせいではなく、ただの恋ですよ」
「はい?」
「だから、ただの恋煩いですよ。呪いがそんなホイホイ移るはずないでしょう? ちゃんとご自覚なさってくださいね。エヴァ様。――いや。エヴァお義姉様」
アルトゥールに似た笑顔で、ユストゥスは私に満面の笑みを向けた。