32
朝ベッドで目を覚ました時と同じ笑顔をアルトゥールは私に向ける。
何でこんないつも通り普通でいられるのよ。
「……お、怒っているからよ!」
「何故?」
「アルトゥールが、騙したからでしょう?」
「寝たふりをしたのも、嘘ばかり吐いているのも、エヴァの方じゃないか」
確かに寝たふりをした。でもそれは、頭の中がぐっちゃぐちゃで、どうしたらいいのか分からなかったから。それに……。
「嘘なんて、ついてないわ。私は、こんなだし……」
「こんなって……そんな言い方しないでくれ。俺の大切な人に」
「たっ……。止めてっ。私は貴方の隣なんて相応しくないの」
「俺と一緒にいるのは嫌か?」
「嫌よ。すっごく嫌。あ、貴方といると、自分が自分じゃないみたいで怖いのっ」
やっぱりこれは呪いだわ。
見つめられると胸が苦しくて、顔が熱くなってしまう。
「エヴァはエヴァだよ。俺と一緒にいる時だって、普段通り過ごしていたじゃないか」
「違うわ。普段通りなんかじゃないのっ。夜は早く寝たし、食事だってちゃんと摂っていたわ。森へ行く時も私だけでは解決できないことも出来たし、怪我した動物はすぐに見つけられた。身体の調子も良いし、両親やダリアの小言も減ったわ」
「ふーん。昨日はどうして眠れなかったんだ?」
私の熱とは相反して、アルトゥールは落ち着いた声で尋ねる。いつも余裕綽々としていて解せない。
「アルトゥールのせいよ! 部屋が静かすぎて落ち着かなかったの。貴方の事ばかり考えてしまうの。……きっと、呪いだと思うわ」
「はい?」
「きっと、狼になる呪いがあるから、アルトゥールは私に固執しているのよ」
「それはないと思うけど?」
「いいえ。そうに違いないわ。その呪いが私にも移ったのよ。そのせいで、私まで貴方に嫌われたくないって思ってしまうの」
「俺に……嫌われたくないのか?」
真面目な顔で固まるアルトゥール。
少しは貴方も困ればいいのよ。
「そうよっ。涙でぐちゃぐちゃの顔も、クマが出来た顔も見られたくないのっ。何でも完璧にこなす貴方の隣なんて相応しくないって分かっているのに、そう思うと悲しくて涙がでてしまうの!」
「その感覚、俺も知ってる。俺も同じだ。エヴァに嫌われたくないし、隣にいたいし、いて欲しい。その衝動と涙の止めかた、知りたいか?」
「……ええ。知りたいわ」
「では、許可を得たという解釈で失礼します」
アルトゥールはそう前置きをしてから私を抱きしめた。
「ちょっ……」
「こうすると涙も止って、心も落ち着くだろ?」
確かに涙も止まった。こんなにすぐ解決するなんて、やっぱり呪いなんだわ。アルトゥールに聞いて良かった。
でもとても心地いいのは何故?
暖かくて心がフワフワする。
なんか、眠い。
私はアルトゥールの胸に頭を預けた。
心臓の鼓動がウサギみたいにすごく速い。可愛い。
「アルトゥールは、狼じゃなくてウサギなの?」
「へ? 何で?」
「心臓がウサギみたいに鼓動が速くて、可愛いの」
アルトゥールの動揺する吐息が耳にかかる。
「……俺は人間です」
「でも、狼にもなれるのではないの?」
「なれるなら、ずっと一緒にいてくれるか?」
ずっと一緒に……。
ずっとこうしていられたら、いいな。
「……うん」
◇◇
俺の胸の中でエヴァが小さく頷いた。
「エヴァ。それは、結婚を承諾してくれたのだな?」
「…………」
返答がない。恥ずかしがっているのかと思い顔を覗くと、気持ち良さそうに眠っていた。
安心して寝た感じか?
「寝るなんてズル過ぎだろ――エヴァが……エヴァが愛しくて仕方ないよ」
どうか目覚めた時、この気持ちをエヴァが覚えていますように。




