03
「――ヴァ、……エヴァ。朝だよ――」
透き通ったテノールボイスが私の名を呼ぶ。
朝はいつも同じベッドで眠るアルジャンが起こしてくれる。
それからメイドのダリアが部屋に来る。
でも、この声は――男性の声。
執事は来る筈がないし、お兄様は寝坊助だし。
うん。夢だわ。寝よう。
「エヴァ。愛しいエヴァ。起きて、俺を見て?」
夢の中の男性は私の肩を揺り動かす。
何が愛しいエヴァ……よ。気持ち悪い。
人間なんて大嫌いなのに。
でも、触れられた気がしたけれど嫌悪感が生まれない。
やっぱり夢なんだ。
「愛しいエヴァに、早く俺を見て欲しいのに……」
夢の癖にしつこい男。
私が愛しているのは――。
「アルジャン。私が愛しているのはアルジャンだけよ……」
私は微睡みの中、その男の声を振り切るように隣で眠るアルジャンに手を伸ばした。
たとえ夢だとしても私の隣はアルジャン一択。
それ以外なら悪夢だわ。
――で、今日は悪夢? でした。
伸ばした手はモフモフに触れることなく、固い人間の手に捕まれた。その感触がまるで本当に握られたみたいにハッキリ伝わってきて、私は驚いて目を見開いた。
いつもの私の部屋。
窓辺に置かれたベッドの天蓋に朝陽が降り注ぐ。
その陽射しを遮るのは、アルジャンじゃなくて、見知らぬ全裸の美青年だった。
「き――」
「落ち着いてっ。エヴァ」
叫ぼうとしたら大きな手で口を塞がれた。肩まで伸びた銀髪をフワリと揺らし、慌てた様子で青年は私の名を呼んだ。
だれ? 私を知ってる?
「エヴァ。愛しているよ。俺はアルトゥール=ロドリゲス。君の愛で呪いが解けたんだ」
「んんっ」
こんなヤツ知らない。
何処のエヴァと間違えてるんだ変態野郎!?
私が首を横に振ると、変態は手の力を緩めて謝罪した。
「あ。すまない。俺はアルジャンだ。エヴァが助けてくれた狼だよ」
「???」
はい? あれ……。確かにこの琥珀色の瞳には見覚えがある。それに、右腹に残る矢の傷痕も、アルジャンと同じ場所だ。
「エヴァ。婚約破棄おめでとう。俺と家族になろう?」
変態は微笑むと私の口から手を離して、ゆっくりと顔を近づけた。
綺麗な顔が私に迫る。
これがアルジャン? ウソウソ無理無理。
モフモフのモの字も無いじゃないの!?
「い、い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」