29
「サイリス殿! そんな判断は認めないぞ!」
「そんなことを仰られても困ります。それから、こちらのクマは本物ですよ」
「ほ、本物だと!? まさか、森で会った美少女の方が魔法で変えた姿なのか?」
「は、はい。そうですわ。森の動物を驚かさない為に魔法を施しておりました」
私は咄嗟に嘘をついた。動物は人を見た目で判断なんかしないけれど、コルネリウスならそれでも信じるだろう。
「だ、騙したのだなっ!」
「えっ!? 昨日までのエヴァ様は偽物だったのですか!?」
なんか素直な子が騙されてしまったけれど今は無視しよう。
ユスが驚くと、コルネリウスは面白がって笑いだした。
「はははっ。貴様も騙されたのか? 実際はこんな干物女だ。婚約前に分かって良かったではないか」
あー。また言いたい放題。
本当にデリカシーの欠片もない王子様だこと。
コルネリウスはその饒舌を更に進めた。
「ベリス侯爵が怒り狂って追い返した理由がやっと分かった。こんな娘を世に出したくなかったのだな。一族の恥じとして屋敷に留めておきたかったのだろう。こんな奴は私にふさわしくない。ユストゥス、貴様にくれてやる!」
「お、俺には国に婚約者がっ」
「ほぉ。そうか、この女の本当の姿を見て止めたのだな。確かに、誰かの隣に立つなど不相応だな。それに、見た目を魔法で偽るなど、身も心も荒んでおるのだろう。頼みの魔法も微力で無価値。その上、人が触れただけで拒絶反応を起こす。お前の様な者は、誰にも必要とされず、この小さな屋敷で一生を終えるが良い。お前の薄汚い本性が分かって清々した。失礼するっ!」
コルネリウスは言い切ると満足そうに門へと足を進めた。サイリスが申し訳なさそうにお辞儀をしてその後へ続く。
ここまで言われると流石に胃が痛い。
でも、全部正しい。
私は誰にも必要になんかされない。
それでいいの。森の動物さえいたら幸せだから。
ユスは気まずそうに私へと視線を向けた。
「あ、あの。エヴァ様。あんな奴の言うことなんか……」
「ユストゥス様。変な事に巻き込んでしまい申し訳ございません。ご心配にならずとも、私はこの屋敷に骨を埋める覚悟にございますので、お兄様と早々に隣国へお戻りくださいませ。では――」
「エヴァ。あんな奴の言葉は気にするな。偏見だらけの無能な王子の言葉など聞く価値もない」
戸惑うユスを尻目にアルトゥールは私を引き留め平然と述べた。
アルトゥールは彼を無能と言っても良いかもしれないけれど、私なんかがそう思う資格はない。
私だって、コルネリウスと同じく無能だし、何の価値もないのだから。
「そうですね。ですが、彼の言うことも一理あります。私は誰の隣も相応しくない。私はこの屋敷で、この森と動物達を見守りながら生きていきたいのですから。アルトゥール。私の事は忘れて国へ帰ってください。きっと、貴方に相応しい方が現れれば、その尻尾もなくなるでしょう」
私なんかいない方が、幸せになれる。アルトゥールの視線を感じるけれど、私は顔をあげることが出来なかった。
「俺はエヴァに隣にいて欲しい。そんな言葉、無理して言わなくて良いから」
「無理などしていませんっ。私は貴方の隣なんて嫌ですから。今まで通り一人で自由に過ごすことが私の幸せなのですっ!」
「じゃあ。……どうして泣いているのだ?」




