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私は勿論アルトゥールとの約束を破った。
部屋で大人しく待っているなんて出来る筈がない。
ダリアの話だと、使者の方は若い黒髪のイケメンで、銀色の狼を探していると言ったそうだ。
今日は屋敷に兄はいないので、そんな不審者を玄関まで迎えたことに驚いたけれど、ダリアはイケメンに悪い人はいないし、アルトゥールがいるから何かあっても大丈夫だと胸を張って言った。
ベリス家の人々は脇が甘過ぎる。
アルトゥールが部屋を出て少し間を置いてから玄関ホールへと向かう。
二階の踊場からこっそり見下ろすと、既に修羅場だった。
『お、落ち着いてくださいっ』
切羽詰まった青年の声が響く。
泥塗れのローブを来た黒髪の青年は壁に押し付けられ、その首筋にアルトゥールが剣を突きつけていた。
使用人達は真っ青な顔で身を潜めて壁に張り付いている。
ダリアと私もアルトゥールから放たれた殺気に足がすくんでしまい、動けなくなってしまった。
「俺を殺しに来たのか? 残念だったな。もうほとんど人間に戻ったぞ?」
「ほ、ほとんどって……ぇ。尻尾生えてるじゃないですか!?」
「ああ。お前を殺せば呪いは解けるか?」
「ななななななななんて非道なことをっ!? んなことしても解けませんよっ。お相手はどうされたんですか?」
「ふっ。そうやって呪いを解く鍵を探って消す気だな。一先ず、お前を斬って呪いが解けるか試そう。嫌なら抗い剣を抜け」
「ぇぇぇぇぇっ。俺の剣は兄様が奪ったじゃないですかっ。ちょっと、皆さん! 無視してないでこの人止めてくださいっ!? 俺、まだ死にたくないですからっ」
思いっきり泣き始めた青年は、アルトゥールを兄様と呼んだ。ということは、アルトゥールを呪った本人が来たのかな?
アルトゥールは泣き落としを無視して剣を振り上げた。人の屋敷で流血騒動は止めて欲しいのに、アルトゥールは本気だ。
「兄様ぁぁぁぁぁっ。丸腰相手にそれ駄目ぇぇぇぇ!?」
「アルトゥール。止めなさいっ。ここで血を流すことは許さないわ」
アルトゥールは振り上げた剣を止め、ゆっくりと二階へ目を向けた。
怖っ!? 眼光が鋭すぎっ。
「――エヴァ?」
「隙有りっ」
青年はそう呟くとアルトゥールから剣を奪い、それを光の速さで鞘に納めると、開きっ放しだった玄関から外へ放り投げ、アルトゥールの動きを封じるようにがっしりと抱きついた。
「兄様っ。お迎えが遅くなり申し訳ありません。でも、俺は兄様をずっと探してたんですよっ。もう心配で心配で夜しか眠れないほどにっ」
「それ、普通だろ。離さないと殺す」
「それ、離しても殺すじゃないですかっ。……兄様ヒドイぃぃぃぃっ!?」
アルトゥールが言い返したら、弟さんはまた大泣きし始めた。