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アルジャンモドキは更に言葉を続けた。
「エヴァ。俺を愛して欲しいとは言わないから、暫く傍に居させて。期限は二週間。それ以上は長居しないから」
「二週間……もいるの?」
「また、そんな嫌そうな顔して。綺麗な顔が台無しだ」
「きっ……気持ち悪いことを言わないでっ」
私の顔を見て緩く微笑むと、アルジャンモドキは湖へ目を向けた。
「エヴァには、この森のように、人の手が入り込んでいない自然な美しさがあるよ。――俺も、森が好きなんだ。そうそう、ロドリゲス伯爵領は、ここよりももっと広い森がある」
また気持ち悪いことを言い出したけれど、そんな事より最後の一言が気になった。広い森とは……魅力的すぎる。
「狼や熊だってたくさんいるぞ。羊も飼ってる」
「そう……」
いいなぁ。この国の狼はもう狩りつくされてしまっていない。
羊だって見たこともない。いいなぁ。いいなぁ。
「あ。いつものエヴァだ」
悪戯な笑顔で私の顔を覗き込むアルジャンモドキ。
まさか、全部ウソだったの!?
「だ、騙したの!?」
「ははっ。何も騙してはいない。本当の事だ。――エヴァの笑顔も見れたし、そろそろ日が暮れるから屋敷へ戻ろう」
アルジャンモドキは立ち上がるとノワールを撫でた。ノワールは私以外に懐かないのに、いつの間に手懐けたのかしら。
それに、もう帰ろうですって?
「これからがいい時間なのよ。フクロウにモモンガに――」
「駄目だ。ファウスティーナ様と約束した。エヴァが不摂生な生活を送らないように見張るようにって。それに、干物女なんて言われたくないだろ?」
「別に。どうでもいいわ」
「ダリアが叱られても?」
「――分かったわよ。戻るわよ」
◇◇
夜はいつもアルジャンと一緒に寝ていたけれど、今日はいない。
その代わりに、アルジャンモドキがいるんですけどねっ。客室の用意は家族総出で阻まれて、私の部屋に居候するんですって。
しかも、この人――面倒臭い。
「エヴァ。湯から上がったらすぐにコレっ」
姉が持ってきた香油を私に塗れと迫るのだ。
脱、干物女! だそうだ。
なにこの拷問。
この人本当に隣国の辺境伯やってるの?
小舅みたいなんですけれど。
「はいはい。やってますー」
「ああっ。そんな雑に。――ダリアっ」
「はい! 私にお任せをっ。アルトゥール様も湯をどうぞ!」
アルジャンモドキの湯の準備を終えたダリアが戻ってきて、香油を塗ってくれた。全身マッサージ付きで気持ちいい。
「いつもこんなことさせて下さらないのに。お嬢様ったら、アルトゥール様の仰ることはちゃんと聞くんですね!」
「別に……。ダリアがお姉様に叱られるのは嫌だっただけよ。でも、意外と気持ちいいわ~」
「私のため!? そんな言葉がいただける日が来るなんてっ。――さぁさぁ、これでお肌スベスベになりましょうね! 湯にもファウスティーナ様からいただいた海のお水と海草を入れていたのですよ」
「ふーん。美味しそうね」
「まぁ。お嬢様ったら。アルトゥール様が戻られる前に閨の支度をしましょうね~」
「? 何の支度ですって?」
「えぇ~。二度も言わせないでくださいよ。お嬢様のい・じ・わ・るっ」
意地悪なのはどっちの事かと言い返そうとしたら、ダリアがコソッと耳打ちしてきた。
「今まではお嬢様がアルジャン様を可愛がってきましたが、これからはアルトゥール様に可愛がってもらってくださいね」
「は?」
ふふっと不適な笑みを浮かべてダリアはマッサージを続けた。
それってそれって――。
「ダリアっ!? もういいわ。そんな支度しないわよっ」
「えぇっ。駄目ですってばぁ~。――はっ。アルトゥール様っ」
いつの間にか部屋に戻ってきていたアルジャンモドキを見て、「水も滴るいい男っ」とダリアが悶えた。




