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こちら、裏総務部 秘密処理課  作者: 流山 直喜
18/42

こちら、裏総務部 秘密処理課 8ー5

翌朝、奈津美が出社すると、さっそく進藤が三課に顔を出していた。

進藤は何かを言いかけたが、奈津美の顔を見て言葉を飲み込んだ。


そして、二人は、正確に言えば奈津美が進藤の目を見れなくなり、目を合わせなくなった。


「大丈夫か?」

「うん、もう平気だよ、課長ご迷惑お掛けしました」

「病気をしない山下さんが休んで、びっくりしたよ!」

貫田は心配そうに声をかけた、体はピンピンしてるので申し訳ない。


奈津美は、基本、風邪は土日に寝て治す、それまでは我慢というスタンスで、会社を病気では休んだことがないのだ。


気まずい空気のまま、調査で撮った写真を進藤と見る。

奈津美は、この業務を一刻も早く終わらせて、進藤と距離をとりたかった。

そのモチベーションで、逆に集中する。


写真は家族写真が3枚、

どの写真も写っているのは、初代家族、父(創業者)母、子供が3人。

何か隠れたメッセージはないか懸命に読み取ろうとするが、至って普通の家族写真で全くわからない。

最初の2枚は写真館でとられたようで場所も不明だ。


ただ、創業記念というタイトルの写真のみ、外で撮られていた。

「もみじ、かな?」

進藤が指摘するように、もみじらしき木と、この写真のみ、アメリカの墓地にある四角の墓石のような石板があった。

ポエムの「はじまりの場所」の可能性があるため、なんとか解読したい。


「別荘と本邸に、もみじがないか問い合わせてみるな」

「お願い」

奈津美は、顔を観ないで会話をするため気づかない。

進藤がとても辛い顔をしていることに。

二人にとって気まずいときは、業務があることがありがたかった。


すぐに三枝から折り返しの電話があり、本邸、別荘のどちらにもみじがあることが分かった。


「もみじなら、会社にもあるよ」

違う仕事をしていた貫田課長が会話に入ってきた。


「「え!」」


「え?なんでそんなにびっくりするの?

会社のもみじ、きれいで有名だよ。

ランチをよくみんな食べてるよ。」


奈津美は一人でしか食べたことがなく、進藤は食堂派なため、そんな場所があるとは知らなかった。


貫田と三人でもみじの場所に向かう。


会社のエントランスには小さな噴水があり、小さな森のようになっている庭がある。


その一角にベンチともみじの木が数本、そして写真にあった石板がある。


「・・・これ、だね」

「・・・課長ありがとうございます」

「うん、すぐに見つかってよかったね」

課長はニコニコしている。


石板は、風化し、字が削れて読みにくい。

しかし、かろうじて社訓ということがわかった。


「うーん、社訓に何かメッセージが隠されてるのかな?」

社訓は、新人研修で暗記させられ、復唱テストが一人ずつあるため、社員なら誰でも言える。

それだと、あまり暗号の意味がない。


進藤が胸ポケットからポエムを取り出す。


「はじまりの場所の足元

 春にはじまり、

 夏に鍵あり

 秋をなぞって

 冬を開け」


「秋をなぞって」

なぞるものなど、ここには石像しかない。


進藤は石像を手で全てさわっていくと、裏側に凹んでいる部分を見つけた。


「何かある」


奈津美と貫田もさわると、目に見えないが確かに人工的な凹みがあった。

水性のマーカーペンを塗って、紙を張り付けて凹凸の形を写す。


≪モントレ・アテーヨ≫


片仮名で、外国人の名前が書かれていた。


「「「誰?」」」


3人はポカーンとする。

ネットで調べてもそんな外国人は検索に出てこない。


「モントレさんについて、会社の歴史で何か分からないか調べてみないと」


「ここがはじまりの場所なら、この足元に金庫があるってこと?」

「じゃあ、冬ってなんだ?」

「足元って、ここ、庭だから土掘るの?」

その日は結局それ以上は石板からは情報をえられなかった。


翌週に金属探知器をレンタルして付近を調査したが、なにも出ない。


肝心の金庫、冬の場所が分からなくなったまま、10日間が過ぎてしまった。

その間、もう一度、進藤の義母が不在の日があり、ひまわりの塔を調査したが、鍵は見つからなかった。


気分転換したいな、と奈津美が思っていたところに、庶務の水野から食事の誘いがあった。


水野は奈津美の新入社員の時の先輩で、なんでも相談できる優しいお姉さんだ。

進藤とのことも知っている。


奈津美は、水野に今日会えないか告げると、「もちろんOKよ、なっちゃん」と返事があった。


会社から遠い、ファミリーレストランでご飯を食べる。敢えてファミレスなのは、奈津美が暴飲暴食をしたいからだった。


※※


「久しぶり、この間、風邪で休んだんだって?」

「はい。ちょっとずる休みです」

「ふふ、めずらしい」

相変わらず、庶務ネットワークは恐ろしい。奈津美の勤務情報など、どこで耳にしたのだろうか。


「何があったのね?奈津美が突発休なんて、忌引き以外にありえないわ」

(いや、そこまで頑丈じゃないと思うけど・・)


「進藤くんとのことで・・」

奈津美は水野に、進藤と居酒屋でのことを話す。

言葉に詰まることがあったが、水野は辛抱強く口を挟まずに聞いてくれた。


「私、結局、変わってないんだなって思ったんです。だめですね」

自笑する。この話を苦笑いしながら出来るようになったことで、自分の心の蓋が社交出来る程度に復活しているのが分かった。

(私、ギリギリ、とりつくえてる)


「奈津美、苦しい時に笑うと、消耗するわよ」

水野が言うには、色々なストレス要因があるなかで、作り笑顔は最大のストレスの一つらしい。

奈津美は、心のなかで会社の受付嬢を思い浮かべ、敬礼した。


「奈津美は、どうなりたいの?」


「私は・・」

奈津美は考え、水野に話す。


中学のときはとにかく苦しく、早く時間が過ぎるのを待った。


高校では、いじめの影響で人見知りになっていてあまり友達ができなかったが、それでも半径一メートルの中は安全で、それなりに仲がいい友達と楽しんだ。


でも、心のどこかで、男の人が怖かったし、いじめを見たら、とにかく自分がターゲットにならないように逃げていた。


それは、大学を経て社会人となった、今も変わっていない。


いじめ体験が、奈津美の心の奥底に、臆病になる呪いをかけ、触れるとすぐに壊れるガラスの細工のような部分を作った。


それでも奈津美はずっと変わりたかったのだ。

強くなくてもいいから、普通の心で、誰にも怯えることがなく生活をしたかった。


だから、蓋をして、それなりに取り繕うことでうまくやってきたつもりだった。

それではだめだったのだろうか?


今回、進藤から過去の話をされ動揺したことで、今までのやり方ではだめだったことが分かった。


「正直、進藤くんさえ再会しなければ、こんな気持ちにならなかったのに、とは思います。

二度と会わなければ、一生私はそれなりにうまくやれたのかなって。

そのうちに心の傷が癒えて、彼氏くらいできないのかなって。

いつか結婚したいですし」


そう、奈津美は、結婚をしたかった。

今日、明日とかではなく、いつか、結婚したい。


「驚いた。奈津美って結婚願望あったのね」

「私、本当に普通の人なんですよ」

「知ってるけど、今まで浮いた話、一回もないじゃない」

「なんていうか、彼氏は諦めてます」

「は?じゃあ、その若さでお見合い希望ってこと?」

「そこまでは・・・いつか、ですから」


「なんか、何かを乗り越えないと、男の人が怖くて、結婚までが遠そうなんですよ」

「何か」

「そうなんです。男性恐怖症ですけど」

「でも、職場では平気そうじゃない」

「いいえ、中年以上はもちろん平気ですけど、若い男の人は怖いんですよ」

(例外もいるけど)

野口や行成を思い浮かべる。


「荒療治で、合コンとか、男友達作ってみる?」

水野の目が少し輝いている。

「無理です」

実は、大学の時、頑張って男性を紹介してもらったことがあった。

が、気を遣いすぎて、打ち解けず、結局続かなかった。

奈津美は自分がモテないことを思い知らされた。


「まあ、ちょっとそれは置いといて。

で?」

「弱い自分を何とかしたいです」

「・・・・」


水野は少し考え込んだ。


「・・・私は、それじゃだめだと思う」


私の気持ちだから、違うと思ったら流してね、と前置きして、水野は意見を語る。


まず、奈津美は過去の自分を弱い、と言ったが、弱さではなく自分を守るための正しい防衛反応だった。


子供の心は理屈で武装できないため、柔らかく傷つきやすい。

その状態でいじめを経験してしまうと、臆病になるのは当然だ。

人生経験のない子供の頃は基本臆病ではない。高齢になるほど人生を積み、過去の危険を回避するため、臆病になっていく。

いじめを浮けた人は、これからの先の人生は、とても警戒心が強く安全にいきることはできる。


そして、奈津美は弱い立場の人の気持ちがわかる。

それは、悲しい経験をしたもののみが、神様に与えられたギフトだ。


悲しい気持ちを自分の中で蓋をして押し込むだけでも、大変なことだ。

そんな中で、何度もよくなりたい、と努力してきた。


水野は、言う。

奈津美は、とても強い。


奈津美は、気持ちがいっぱいになった。

(・・・・私、ちゃんと生きてきたよね)


水野と分かれた後、家に帰るまで、人目も憚らずに大泣きした。

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