外伝 第五幕 左党の誕生日
今日は蓉子の誕生日。といっても俺たちは歳をとらない。そして不老の術があるから、何が変わる訳でも老けるでもない。永遠の二十歳と自称する蓉子。しかし元の体は妖狐。その事を口にすれば瀕死の重傷を負うだろう。
「はっぴいばあすでー であ 蓉子さん」
朱莉は俺が教えた誕生日の歌を歌う。
「朱莉ありがとう!葵衣も。あとついでに茂玄も」
「一応、お約束で聞いてやろう。いくつになったんだ?」
「じゃあ一応、教えておくわ。二十歳よ。でも後で消し炭にするからね」
そんな感じで宴は始まる。
「蓉子さん、どうぞ!」
「美人に注がれるお酒も格別よね」
「蓉子はどこのおっさんだよ」
「蓉子さん。お酒って美味しいのですか?」
この時代では、十六歳であれば充分に大人。蓉子はもちろんだが、俺も葵衣も一応呑める。
ただ罪悪感もあるので、俺は城とかの大人の付き合いで少し口にする程度だ。葵衣は真面目だから呑まない。俺は保護者的なイメージもあって、朱莉には呑ませていない。
「そうね・・・ピンキリだけど。ほとんど美味しいわよ。まぁお子ちゃまの朱莉ちゃんには早いかな」
蓉子の揶揄いに、朱莉は膨れる。俺は不味い物では無いと思うが、さしたる感動もない。蓉子の呑みっぷりにはある意味尊敬の眼差しも持ってはいるが。
「蓉子はアルコールなら何でもいけるのか?」
「えっと、茂玄さん。流石にメチルアルコールはダメだと思いますよ?」
「茂玄は、わたしを盲目にして何をする気なの!」
蓉子は身を護るように服を抑える。
「茂玄さん、メチルアルコール。つまりメタノールは単純な部類のアルコールです。ただ体には有害で、死者も出ているんです」
「朱莉、聞いた? 茂玄はわたしに、そんな物まで呑めるなんて聞いてくるのよ」
「無知で悪かったな。別に蓉子を壊すつもりはないから」
「知っているわよ」
酒好きは総じて甘い物が苦手。そして今日は蓉子の誕生日。蓉子に甘いものを贈ったらどうだろうか? 先ほどは悪い事をしてしまっているが……ただ、蓉子にも一泡吹かせたい。
俺だと確実に、朱莉なら半々で断るだろう。しかし葵衣なら、断れないかもしれない。
「葵衣、今日は蓉子の誕生日だ。ケーキなんかどうだ? 朱莉にも食べて貰いたいし。できればサプライズで」
「そうですね。では、直ぐに作りますね!」
俺は蓉子の気をそらし、葵衣が居ない事を隠す。気がついても準備に入ってしまえばこちらのものだ。
「蓉子、俺と葵衣からのプレゼントだ。受け取ってくれ!」
即席とは思えないケーキを蓉子に贈る。
「左党だけど、甘い物も好物よ!」
酒を片手に、ケーキを貪る。そして朱莉もケーキを口に、美味しいとホクホク顔だ。葵衣も満足気に微笑んでいる。
「葵衣。左党ってなんだ?」
「左の党。甘い物より、お酒が好きという事ですね」
「なんで左党なの?」
「諸説ありますが、大工さんとかがノミと槌で木を彫りますよね? その時、右利きの人はノミを左手で使います。道具のノミと酒のみの呑みを引っ掻けた駄洒落ですね」
「蓉子も甘いのが好きだったんだな。じゃあ、何か苦手な物はあったりするのか?」
「そうね。美味しい紅茶が苦手ね」
<<執筆後記>>
落語「饅頭怖い」が元ネタです。
二回続けて、落語ネタ。別のネタも考えないとな。
次回も・・・