外伝 第四幕 サンマは畑の方が
季節は秋。一年で一番旬の食材が多い季節だ。
豊受気媛から貰った常糧袋。このアイテムのお陰で、水食糧に困る事はない。しかし、その時期その土地で獲れた食材を美味しく頂くのも、また旅の醍醐味でもある。
「あら、葵衣ちゃん、朱莉ちゃん。こんにちは」
「こんにちは、お八重さん。お出かけですか?」
「ちょっと海まで。この村だと、お魚が少ないでしょ? たまには奮発しようと思って」
俺たちは、この村にてちょっとした騒動を解決した。そして、その流れで収穫を手伝う。近々収穫祭が行われるという事で、それまで滞在する事になった。
お八重さんは、お隣さんの娘さんで世話を焼いてくれている。
夕方、二人が食事の準備をしている時の事。
そして、二人に魚の御裾分けをしてくれた。
「これは・・・サンマか?」
「見て、この脂の乗り! これは酒がすすむわ!」
「葵衣さん。折角いただいたので、美味しく食べたいですね。焼き方教えてくれますか?」
「そうね、じゃぁ早速焼きましょう!」
どこから準備してきたのか、大きな七輪と真っ赤に燃えた炭を持ってきた。
「さて、では焼き始めましょう!」
葵衣の指導で、朱莉が焼き始める。
時々煙で目をこする。その姿が微笑ましい。
そして炭火によってサンマの皮が焦げる。
脂のにじみ出る様な薫りを感じる。
三毛介も、その香に誘われ狙っているような気もした。
「これは、これは。殿が『サンマで茶づりたい』と申しておる。準備されよ」
「何よあんた。急に現れたと思ったら、飯をよこせなんて。お断りよ」
確かに急に現れて、旬物をよこせとは。
蓉子でなくても、断るだろう。
「あいや失礼。家臣が無礼を働いた」
若い立派な青年武士が入ってきた。
「殿……」
「もうよい。下がれ」
無礼な家臣は追い出された。
「あんたが――」
「まぁまぁ、蓉子さん」
「分かったわよ。じゃあ茂玄と三毛介の分ね」
「しょうがないな……」
「茂玄さん、私と半分っこしましょう」
「じゃあ、三毛介はあたしのを分けます」
「これじゃ、わたしが悪者じゃない。これは呑まなきゃやってられないわ」
「いやはや、これはかたじけない。礼は勢むぞ!」
殿様は、焼きたてのサンマに醤油を数滴垂らす。そして、箸で身をほぐして口に運ぶ。
「なんと! これは誠に美味である! こんな魚は食した事はない!」
殿様は、本当に感激しているようだ。
「これはなんという魚か?」
「これはサンマと称します。庶民の魚。殿様のような方は食べないと思います」
殿様は大喜びし、この村の年貢を今期半分にしてくれると、約束してくれた。他の村民も喜んだのは言うまでもないだろう。
「茂玄。なんか例の殿様から使者が来たわよ。なんでも城に来いって。何したのよ?」
「俺は何もしていないぞ」
収穫祭も終わり、旅立つ準備をしていた時である。
迎えの侍に呼ばれ、登城した。
「そなたが、葵衣とやらか?」
「え? あ、はい」
賄い方は、事情を話した。
「殿が客人を招いて、宴を食したいと申された。湊までサンマを仕入れてきた」
「なるほどね。あんたはサンマの料理したことがない、と」
「その通りだ」
「では、早速」
葵衣は七輪を準備はじめた。
「まさか、焼くのか?」
「え? そうすが――」
「殿にそのような焦げた物を食させる訳には、いかんだろう!」
「はぁ」
「骨もとらねば、食すときは危ない」
「はぁ」
「そして、そんな脂が乗っている物。お主らは殿を病にする気か!」
「いえ、そんな事はありませんが――」
葵衣の返事をまたず、賄頭は賄方に指示をはじめる。
「まずは開いて、小骨をすべて抜く事」
「はっ」
賄方は、毛抜きつまりピンセットで魚の骨を取り始めた。
「茂玄、悪い。ちょっと失礼するわ」
蓉子はクスクス笑いながら、朱莉を連れて部屋を出る。
「次は脂をおとすため、蒸し焼きにせよ」
「それは……」
「葵衣、あきらめよう。俺たちも失礼しよう」
俺と葵衣も、部屋を出て蓉子たちと合流する。
「あの賄方もバカよね。あんな調理したら、美味さ半減よ」
蓉子は酒を煽り乍ら、話す。嫌味をかねてか、スルメイカを炙り始めている。一体いつ作ったんだろうか?
「お侍さまの料理は勿体ないですよね。兄様、お侍さまはいつもあの様な物を?」
「俺も下級侍だったからな。殿など上級侍の食事は知らないんだ」
「あの調理でも、身自身の味は変わらないと思いますけど――」
賄方の調理を終え、殿様と客人の前に出された。
俺たちも登城を命じられているので、末席に座る事になっていた。
「サンマよ。待っていたぞ。あの時は感動した。再び食せる事、嬉しく思う」
とりあえず、殿さまは感激して、声にはりあげる。
「さて、皆の衆。これは庶民の魚であり、我々が食すことはできない。されど、この美味い物を知らぬは勿体ない。是非今日は騙されたと思って、食していただきたい」
殿さまは、蓋を開ける。そして客人も倣って開ける。
中には白い魚が入っていた。
「これがサンマか?」
「はい、左様で」
「確かに見た目は異なるが……されど、この味は確かにサンマ。恋焦がれる想いであった」
殿さまは全て食したあと、賄方にお褒めの言葉をかける。
「ご苦労であった。これは、どこで獲れた魚であろうか?」
「は、今朝あの湊で獲れたサンマでございます」
「やはりサンマは、畑で獲れたものが一番美味いのう」
城を出た後、俺たちは笑い、蓉子は腹を抱えて大笑いしたのは言うまでもない。
<<執筆後記>>
落語「目黒のサンマ」が元ネタです。
語呂合わせでサン(三)マ(00)。(苦)
某作品の影響もあります。
次回も・・・