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聖女とは仮の姿ッ  作者: 夜月ジン
邪竜討伐編
66/72

純白の

 城のバルコニーには、事前に伝達器で連絡を受けていたらしい者達が集まっていた。

 舞い降りた守護精霊の姿に平伏し、無事に戻ったソンツァ殿下に感涙する。

 そんな者達の前で、ソンツァ殿下が邪竜の頸を落としたのはこの男だと声高に宣言したものだから、凄まじい熱量の視線を集めることになってしまった。

 昂ぶる感情が皆の表情に表れており、口々に感謝を告げられる。

「いや、そのお膳立てを殿下方がしてくださったからで。それに、最終的に皆を助けたのは──」

「すまんすまん。つい喜ばせたくて気が逸ってしまったな。その者達は大義を成したがゆえに、適切な治療と休息が必要なのだ。道を空けてやってくれ」

 ソンツァ殿下の一言で皆は理性を取り戻したらしく、それぞれの役割に戻る。

 所作の美しい年配の侍女の案内で、俺はラフィカのために用意された豪華な部屋に踏み入った。

 居間を経て寝室に入り、柔らかな寝台にそっとラフィカを横たわらせる。

 一度、城内警護の騎士がラフィカを引きうけようとしたのを食い気味に断ってしまったせいで、侍女の視線が痛い。

 羞恥を堪えつつ、後を彼女に任せて、俺は居間に戻った。

 そこに控えていた若い侍女が、続いて俺を別部屋に案内してくれようとしたが、ひとまず断る。

「え、ですが……」

 言葉と表情に怯えが見えて、思わず居住まいを正す。

 長身で無表情の俺は、普通に話していても威圧感があるらしく、大抵の女性を怖がらせてしまうのだ。

(端的な拒否ではなく、理由を添えれば気持ちが伝わるだろうか)

 俺は務めて声音が柔らかくなるよう努力しつつ、言葉を必死に選んだ。

「私はあまり疲れていませんから、ご心配なく。ここに残りたいのは、彼女の診察が終わり、結果を伺ってからでないと、どうせ気持ちが休まらないからです。どうか、お気遣いなきよう」

 威圧感が少しでも和らぐよう、一歩下がりつつ告げる。

 すると先ほどまで萎縮気味だった侍女が、ぱっと目を輝かせた。

 寝室にいる侍女と同じような眼差しに、戸惑う。

「ええと、だから、君を困らせたいわけではなくて、その」

「はい。はい! わかりました。ではせめて、お茶と軽食をお持ちしますね!」

「あ、ああ。助かる」

 ワントーン上がった声音に、俺の方が気圧されて、頷く。

 侍女は鼻歌でも歌い出しそうな軽やかさで、部屋を出て行った。


   ◇ ◇ ◇


 俺たちの帰還から遅れて半日後に、邪竜討伐部隊は奇跡の凱旋を果たし、首都は歓喜に埋め尽くされた。

 その立役者であり、行軍中も数々の武勇を示した特異の聖女、『純白のラフィカ』の名は、国中を──ひいては世界中を三日と経ずに巡った。

「いや本当に、君はたいした度胸の持ち主ですね」

 バルコニーから続き間に移動するなり、ルナー殿下が眉尻を下げる。

 その労いに、ラフィカは満面の笑みで応えた。

「個人的にすべてを救えなかったという悔いは残っておりますが、胸を張るにたる偉業を成し遂げた自覚はありますから。喜びと賞賛には、堂々と応えなければ」

「我々としては、熱気に当てられて怯えられるよりはありがたいが──」

 ルナー殿下の言いたいことをなんとなく察して、肩をすくめる。

 本当に、ラフィカは平民の娘らしからぬ、気品と堂に入った立ち居振る舞いをするのだ。

 気圧されぬ度胸があるだけならまだ理解出来るが、彼女の振る舞いは上に立つ者のそれだ。

 美貌と純白のローブが所作を更に引き立てており、今回の功労者達を一目見ようと押し寄せた民衆達にとって、彼女は一際輝いて見えたことだろう。

 その場の誰よりも、小柄だというのに。

「だがやはり、少し顔色が悪い。目覚めたばかりだというのに、無理をさせて悪かった。この後はゆっくり休んで欲しい」

「……お心遣いに感謝いたします」

 気疲れしている自覚があるのだろう。

 ラフィカは意地をはらず、素直にルナー殿下に頭を下げた。

 それを横目に、ふと視線を背後に向ける。

 幕布と扉を経てもなお、圧のある歓声が聞こえてきていた。

 バルコニーには、両陛下とソンツァ殿下。そして聖女ニフリトが、未だに衰えぬ人々の歓声に応えている。

「ところでセルツェ、なぜお前まで当然のように引っ込んで来ている?」

「え」

 不意に声をかけられて、視線を戻す。

 そこには少し呆れ気味の、紫の双眸があった。

「聖女ラフィカを心配する気持ちはわかるが、此度の英雄である君には、まだあの舞台にいてほしいんだが?」

「え、いや、しかし──自分は、こういうのは苦手でして。愛想を振りまけるわけでもありませんし、長時間いては、かえって民の気持ちに水を差してしまうかと」

「──もっともな言い訳をするな。まぁいいだろう。そういう私も、彼女を理由に、熱冷ましに逃げた一人だしな」

 ルナー殿下にしては茶目っ気のある表情で許されてしまい、居心地が悪くなる。

 軽く身じろぐと、ラフィカに脇腹を肘でつつかれた。

「うっ」

「もう。体力も気力もあるくせに、情けない騎士様ね」

「そう虐めてやるな。君が眠っている間、誰よりも君を心配していた」

 あまりにもてらいのないルナー殿下の言葉に、じわりと耳が熱くなる。

 顔色にまでは出ないでくれと願いつつ、なるべくラフィカに見えないよう顔を上げた。

「死にかけた彼女を見ていますので……怖かっただけです。そう揶揄わないでください」

「悪かった。さて、戻る気がないなら、私が舞台から逃げる口実になって貰おうか」

「──と、言いますと」

「氷竜様は、いまどちらにおられる? そう経たず、我が国からの速報を受け取った国々から使者が訪れるだろう。それまでに今一度、この国に──いや、世界に起こっていることの子細をまとめておきたい」

「わかりました。ですがその前に、彼女を部屋まで送ってもよろしいですか?」

 侍女も護衛騎士も、部屋の隅に控えている。

 正直に言えば、俺が送る必要など微塵もないどころか違和感しかないが、ルナー殿下は僅かに右の眉を上げただけで、了承してくれた。

「構わない。私にも準備があるしな。後で私の執務室に来てくれ」

「承知しました」

 表情に出なくとも、ここ数日の俺の態度は侍女が噂話の種にする程度にはわかりやすかったらしい。

 それがルナー殿下にも筒抜けなのかはわからないが、俺に意図があって申し出たことは察してくれたらしい。

 気遣いに感謝し、ちょっと驚いているラフィカを所作で促した。

「別に、一人で戻れるのに」

「いいから、送らせてくれ」

 俺に茶を飲む時間を作ると思って。

 そう小声で付け足すと、ラフィカは綺麗な瞳を二度瞬きで隠してから、呆れ顔で納得してくれた。



 彼女にあてがわれている賓客室の前には、すでに飲み物と軽食を乗せたワゴンと共に、侍女が控えていた。

 俺は多少なりとも驚いたが、ラフィカは当然のように彼女を視線で促す。

 侍女が扉を開けると居間に入り、窓際に寄った。

 彼女が窓の外を眺めている間に粛々と準備を終え、侍女が一礼を残して下がる。

 閉まる扉を無意識に眺めていたら、ラフィカがぷっと小さく笑った。

「ラフィカ?」

「セルツェったら、何してるの? 護衛ではないのだから、扉の脇に突っ立ってないで、ソファに座るなり隣に来るなりしてちょうだい」

「え、あ」

「もちろん、私と話をしたかったわけじゃないなら、下がってもらっていいけれど」

「いや、すまない。君と話がしたかったんだ。ただ、君が賓客としてあまりに自然に振る舞うから、混乱して」

 俺の言葉に、ラフィカが「あ」という顔をして固まった。

「嫌だ、私ったら。生意気に見えた?」

「違う、違う。そんなことはない。変に畏まられるより、侍女はそのほうが仕事がしやすいはずだ。それに、君は今や救国の聖女だ。多少横柄に振る舞ったところで、文句を言う者などいはしないさ」

「まぁ、セルツェ。後半は余計だわ」

「あ! いや、そう見えたというわけではないし、君がそう振る舞うと思ったわけでもなく!」

「わかってるわよ。ふふ。貴方は焦ると面白いから、つい揶揄っちゃうわね」

「そんなことを言うのは、君くらいだ」

 笑いを堪える顔で手招かれて、情けなくなる。

 少なくはない内心の緊張が、己を焦らせていると自覚しているだけに、なんともばつが悪かった。

 落ち着くための深呼吸をしてから、ラフィカの隣に歩み寄る。

 彼女の視線を辿るように窓の外を見ると、スィンスス氷山を遠目に確認することができた。

 邪竜の住処だった頃ですら忌々しくも美しい山だったが、今は別格の荘厳さがある。

 瘴気に覆われて霞んでいた麓は晴れ、木々を化粧する雪が陽光を弾いて輝いているし、山頂部に至っては、水晶のように透き通って陽光を乱反射していた。

 岩だと思っていたすべてが、瘴気で濁った氷だったのだ。

 乱反射する陽光の影響は大きく、今は一時措置として魔法で屈折させているが、早急に対策が必要だろう。

「元々は、こんなに近くに街があるべき山じゃなかったんでしょうね」

 ぽつりとラフィカが呟く。

 美しい青碧の瞳に山頂が映り込んでいて、いつになく宝石のようだった。

 魅入りそうになった視線をなんとか引き剥がして、誤魔化すようにスィンスス氷山を眺める。

「だろうな。生命力(マナ)の濃さに驚いた殿下が、聖域のようだとおっしゃっていたが、真実、あの山の頂上部は聖域だったんだろう」

「そうなの? 私、目が覚めてからはバタバタと祝賀会の話ばかりされて、全然、事の顛末については聞かされてないのよ」

「首都だけじゃなく、国中の民が君を一目見たくて城に押し寄せていたからな。彼らを落ち着かせるために、まず披露目をしたほうがいいと考えたんだろう。興奮した者は良くも悪くも暴走するから。君の安全対策として、仕方がなかった」

「お祭り騒ぎになるのは、まぁ、理解できるのだけれど、なんで私だけ悪目立ちしてるのかしら」

 心底不思議そうにしているのが彼女らしくもあるが、呆れが勝って思わず苦笑いしてしまった。

「討伐に至るまでの道中で自分が何をしてきたかを、よく思い出した方がいいと思う」

「えぇ、私、そんなに変なことした? 犠牲者を出したくなくて必死だったから、細かい事なんて覚えてないわ。──そんなことより、ここで休んでいくなら、少しくらい今がどういう状況なのか説明して」

 そんなこと(・・・・・)で済ませられないような奇跡を幾度も起こしたというのに、当の本人は出来ることをしただけ──という認識なのだろう。

(まぁ、周囲の状況が見えてくれば、おのずと理解するか)

 ラフィカならば、今後、多方面から向けられるであろう様々な感情や思惑も、上手くあしらえることだろう。

(なにせ、純白の聖女だしな)

 討伐作戦の最中、彼女に救われた多くの者達が目撃した姿。

 その類い希な浄化魔法の効力ゆえか、泥にも血にも染まらぬ真白のローブが、どれほど美しかったか。

 その様を、救われた一人一人が語ったのだから、広まるのも当然というものだ。

 なにより、彼女の姿を一目見て真っ先に思い浮かぶのも、この単語だと言える。

 灰色の髪も、陽光を浴びれば白く輝いて、本当に女神のようだった。

「セルツェ? 私の話聞いてる?」

 怪訝な顔がすいと寄せられて、我に返る。

 ヒュッと息を吸い込んで大げさに半歩下がった俺を見て、ラフィカが目を瞬かせた。

「もしかして、立ったまま寝てた? それほど疲れてるなら、ソファに座ったらどう?」

「いや、違う。君に見蕩れてしまって」

「え?」

 表情を心配に陰らせたラフィカを、安心させたかった。

 それゆえに、咄嗟に嘘がつけなかった自分に戦慄する。

 ドッと心臓が跳ねて指先が痺れたが、ラフィカの頬が見る間に赤く染まったことのほうに驚いて逆に冷静になった。


この小説のカテゴリを恋愛にした意味を、やっとこう!示せる場面が!


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

ついでにいいねや評価をしていただけると、とっても嬉しいです!

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