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聖女とは仮の姿ッ  作者: 夜月ジン
邪竜討伐編
65/72

卵と角(2)

「元素生物? 精霊とは違うのか」

 耳慣れない単語に、思わず問い返す。

『我らは属性を司り、天脈地脈を守護するもの。大半の精霊は、我らから生まれる。ゆえに、より高位の存在と言えよう』

 それはつまり、より神に近い存在ということではなかろうか。

(それがなぜ、邪竜と成り果てていたのか)

 疑問は次々に湧いたが、卵に対する迷いは消えていた。

 ラフィカを抱え直し、卵──スィンススに近寄る。

 膝をついて見下ろすと、身じろぐように卵が揺れた。

「どうすればいい?」

『我に、お前の魔力を注いでくれ。我の器は瘴気と混じり合っていたが故に、清められたことでほぼ失われてしまっている。まずはそれを繕い、生命力(マナ)を満たさねば』

「言っていることはよくわからないが、貴方に魔力を与えればいいんだな?」

『そうだ。急げ』

 差し出した手が届くよりも先に、卵が転がってきて手のひらに収まった。

 そこに意識を集中し、魔力を注ぎ込む。

 元より魔力操作は得意な方だったが、今までの数倍、体内を巡る魔力が素直に手のひらに集まってきて、少し驚いた。

(……なんだ?)

 実を言うと、激しい頭痛から解放されてから、体内を巡る魔力の量が増えている。

 未だにじんわりと温かい角から、魔力がどんどん流れ込んできているのだ。

 もとより魔力蓄積量の多い部位だと認識しているが、そこから身体に魔力を供給する経路が広がったというか、詰まっていたものがとれたというか。

 その変化が、俺にスィンススの声を届けさせたのは間違いないが、己の身に何が起こったのかはよくわからなかった。

 そのことについて何か知っているか問いたいが、今ではないだろう。

『よし、よし。いいぞ。綺麗な魔力だ。お前、エメランの中でもかなり優秀ではないか。なのになぜ、魔力共振があれほど下手くそだったのだ』

「共振……? 貴方はさっきから、何を言っている。エメランとはなんだ?」

 俺の言葉に、卵がひくりと揺れる。

 言葉に詰まったような気配が、彼の驚きを伝えてきていた。

『お前……いや、後だな』

 何かを言いかけて、止める。

 その理由は、すぐに知ることができた。

 卵に罅が入ったのだ。それはすぐさま全面に広がり、割れると同時に粒子となって、中から出てきたものに吸収されてしまった。

「うむ。一欠片とて、無駄にはできんからな」

 頭の中にではなく、小さな口から零された言葉が耳に届く。

 俺の手のひらの上で伸びをするように翼を広げたのは、姿形こそ邪竜と同じだったが、その鱗は青白く輝く美しい竜だった。

「……小さいな」

「当たり前だ。今必要なのは大きな器ではないからな」

 そう言いながら首を大きく伸ばし、スィンススは小さな頭を逸らした。

 身体は半透明に透けていて、景色が透けて見えている。

 そこには骨どころか筋肉や内臓さえも存在していないようだった。

 小さな口を開けて、大きく息を吸い込むような仕草をする。

 すると青白い身体の内側にじわじわと金色の何かが満ちていき、スィンススの姿をより神々しいものに変えた。

 そのままスイと俺の手のひらから離れて、ラフィカの胸元に下りる。

 小さな鼻先が彼女の額に触れると、そこから注がれるように柔らかな光が広がった。

 それは彼女を包み終わると、ふわりと溶けるように消えた。

「よし、これで大丈夫だ」

 言われた言葉にはっとして、ラフィカの様子を確かめる。

 蝋のようだった頬に赤みが戻り、呼吸も深く安定したものになっていた。

 なんともいえない気持ちになって、思わず抱き締める。

「ラフィカ、良かった」

 強く抱き締めたことで伝わってきた鼓動に、涙が出そうになった。

「大丈夫といっても、応急処置をしただけだ。しっかり休める場所に運ばねば。山を下りるぞ」

「ああ。いえ……はい。手を貸してくださり、ありがとうございました。スィンスス様。詳しい話を、後日伺いに来てもいいでしょうか?」

 再び立ち上がりながら問いかけると、スィンスス様は目をぱちくりとさせてから、俺の肩に移動した。

「いや、我も共に下りる。この娘には、今暫く生命力(マナ)を注いでやらねば」

「山を離れても大丈夫なのですか?」

「はっ、魔力を借りねば器を形成できない今の我がいたところで、何の役にも立ちはしまいよ」

 この地の地脈を守護していると言っていたので、そう思っただけだったが、彼にとっては嫌味になってしまったと、反応を見てから気づく。

「すみません」

「──いや、長らく役目を放棄するどころか、穢してしまっていたのは我だな。嫌味どころか、謗りを受けたところで、返す言葉もない」

「それは──」

 邪竜によってもたらされた悲劇の数々を思えば、否定も出来ずに押し黙る。

 そんな俺を一瞥してから、スィンスス様は軽く目を伏せた。

「山を下りる間、我が邪竜となっていたことでこの地に与えた影響を教えてくれ」


   ◇ ◇ ◇


 俺の説明で、真っ先にスィンスス様を驚かせたのは、経過年月だった。

 瘴気に蝕まれ邪竜と化してから、スィンスス様の意識はほぼあって無いようなものだったらしい。

 漠然と、外敵から身を守るための行動と転生を繰り返していたことは把握していたが、それが千年以上続いていたことを認知できてはいなかったのだ。

「よもや、これほど為す術もなく地脈を穢させられていたとは。しかも、お前の口ぶりからして、邪竜と化しているのは我だけではないな?」

「はい。世界各地に存在しています」

「おそらく、我と同じように、地脈を守護していた元素生物だろうな。恐るべし、魔神の呪いよ」

「魔神……?」

 ぼそりと零された単語は、またも耳馴染みのないものだった。

 今までと同じように、問い返した俺を見て、スィンスス様は眉間に皺を寄せた。

「そうか、そうだな。我とて、事の一端をかろうじて把握しているだけなのだ。語る者もなく、数千年もの間、ただただ邪竜との不毛な争いを繰り返していたというのであれば、失われた真実は多かろう。なんということだ──。唯一の救いは、ヒュランとエメランが手を取り合っているということだな」

 憂いげにそう告げながら、スィンスス様は俺とラフィカの顔を交互に見た。

「その、ずっと気になっているのですが、なぜ俺をエメランと?」

「そういえば、お前は最初からそのような反応をしていたな。今はエメランとは言わないのか? お前のように、浅黒い肌に魔力の共振機関である角を持つ、精霊魔法に優れた種族のことだ」

「種族……? 俺と同じような特徴を持つ者達が、かつてはいたということですか? 俺はやはり、人間ではない?」

「人間ではあるだろう。ただ、種族が違うだけだ。お前はエメラン。その娘はヒュラン。それぞれに素晴らしい特徴を持つ、理性と知性ある生物だ。それ故に、神に選ばれ、運命をねじ曲げられてしまった者達でもあるが──」

 訥々と語られようとしていた言葉は、混乱する俺の耳には届いていなかった。

 ただただ、スィンスス様からもたらされた二つの単語が脳裏を巡る。

「ヒュラン? エメラン? 俺は、エメラン? いや、だが、俺のように角を有する人間に、俺は……会ったことがありません。俺だけじゃない、きっと、世界中の誰も──」

「なんだと? いやしかし、確かにエメランはヒュランと違い、出生率が低く、絶対数が少なくはあった。長い年月の間に、絶滅してしまったというのか? 待て、待て。であれば、お前がいる理由がわからなくなってしまう」

 ぶつぶつと考察しだしたスィンスス様を横目に、俺は俺で、嫌な憶測に胃を重くする。

(戻ったら、すぐに母を呼び寄せたほうがよさそうだな)

「お前、親は?」

 まるで思考を読んだかのように問いかけられて、びくりと肩を震わせてしまう。

 少しバランスを崩したスィンスス様は、翼を広げることで体勢を立て直した。

「どうした?」

「いえ、すみません。生みの親は、わかりません。俺を育ててくれたのは聖女です。彼女の……母の話によると、赤斑の集落で拾ったと」

「赤斑とは?」

「形態は様々ですが、集落を形成するだけの知能がある、精霊魔法に優れた魔物で……」

「どうした?」

 口籠もった俺を、スィンスス様がつぶらな瞳で促す。

 額に浮いた脂汗が顎を伝って滴り落ちたが、ラフィカのローブの防汚魔法に弾かれて消えた。

「俺と同じような、角を有しています」

「共振機関を持つ魔物? あり得ん。元素精霊と交信するための機関を、元素を穢す魔物が有したところで無意味だ。そんな無駄を、本能で形成される生物が形成するわけが──。いや、元が動物であるならば、あるいは……」

「スィンスス様」

 言葉尻に被せた言葉は、自分で思っていたよりもずっと大きな声だった。

 言葉を止め、見上げてきた瞳に、動揺する俺の顔が映り込んでいる。

 情けなく思わなくもなかったが、新たにもたらされた情報が多すぎて、さすがに少し、時間が欲しかった。

「申し訳ありませんが、邪竜の正体が貴方だったことといい、俺がエメランという種族だということといい、少し、混乱しています。情報を整理する時間を頂きたく」

「ん? ああ、それもそうか。事が世界規模であるならば、互いの知識の共有も兼ねて、国の代表者を交えて話をすべきだな。諸々が一段落したら、繋ぎをつけてくれ」

「はい。それに、赤斑──エメランについては、おそらく俺の母がより詳しい事情を把握しているかと思われます。ラフィカが療養している間に呼び寄せますので、それまではスィンスス様も休まれるといいかと」

「我はお前の魔力のお陰で、満ちてこそいないが調子は大分いいぞ。相性がよかったようだな」

「そう、なのですか? 俺の属性が、氷だからかもしれませんね」

「なるほど。よし、その娘──ラフィカと言ったか。彼女を診つつ、場が整うまでは、適当にあちこち見学させて貰おう。なに、見せようと思わん限り、常人に我の姿は見えんからな。迷惑はかけんよ」

「わかりまし──」

「セルツェ!」

 言葉半ばで、名を呼ばれる。

 はっと足を止めたときにはもう、突進の勢いで駆けつけてきたマールス隊長に、ラフィカごと抱き締められていた。

 身体に活力が満ちていたこともあり、疲労を無視してかなりの速度で下山していたので、彼らに追いついてしまっていたらしい。

 マールス隊長の後ろには、二人の殿下と聖女ニフリトもいた。

 その他の者達は見当たらないので、もしかしたら彼らだけ、状況の変化を察して、少し戻ってきていたのかもしれない。

「よくぞ、よくぞ無事に戻った! 俺はお前が誇らしいぞ!」

「うぐっ、ぶっ、たいちょ──ラフィカが潰れる!」

「おお、おお、すまん! 彼女は無事か!?」

 身体を離してくれつつ、ラフィカの顔を覗き込む。

 端から見て外傷もなく、顔色もよかったので、大きな心配はしなかったのだろう。

「魔力枯渇ではなく、魔法の過剰行使による衰弱で、気絶したんです。報告義務があることは百も承知ですが、まずはしっかり療養できる場所に、彼女を移動させたく」

「ならば城だな!」

 マールス隊長の脇から、ソンツァ殿下がひょこりと顔を出す。

 彼は満面の笑み浮かべながら、勢いよく両腕を広げた。

 豪奢な金髪が、たてがみのように大きく広がって揺れる。

「此度の英雄に、最上級の魔導医と環境を提供しよう! もちろん、お前にもな!」

 唐突な提案に恐縮する間もなく、身体がふわりと浮いて息を呑む。

「──っ!?」

 気がつけば巨大な一角鳥の背に乗っており、空高く舞い上がっていた。

 大きく揺れた身体を、一歩踏み出すことで支える。

 そのタイミングで、スィンスス様は俺の肩から飛び立ち、前方に飛んでいった。

 そのまま、美しい角の先端に、ちょこんと舞い降りる。

 よく聞こえなかったが、例の脳内会話を一角鳥と交わしているようだった。

 ふいの強風に煽られて後ろを振り返ると、豪奢な尾羽が虹色に輝き、青紫の軌跡を描いていた。

 そこでようやく、己が背に乗っている生物がなんなのかを察する。

「こ、これは」

 戸惑う俺を、一緒に背に乗っていたソンツァ殿下が笑った。

「すまんすまん。驚かせたな。だが、一刻も早く休ませてやりたいのだろう? ならばこれが一番早い」

「ソンツァ! スピシィカ様を馬のように扱うなど!」

 遠くからルナー殿下の怒鳴り声が響いたが、ソンツァ殿下はさっと耳を塞いで無視した。

 俺は俺で、足下の巨鳥が国の守護精霊だと確信を得てしまったことで、思わず座り込む。

 靴底を背につけている不敬に耐えかねての行動だったが、端から見ると不遜に見えたかも知れなかった。

 焦燥するままソンツァ殿下を見上げると、目が合うなり盛大にふきだされる。

「ちがっ、土足で踏むわけには──」

「ふはは! 守護精霊を畏敬する気持ちは大事だが、そう気にするな。嫌ならば従ってくれるような御方ではない。そもそも、我らが願うよりも先に、積極的にお前達を護りに行っていた。気に入っておられるようだ。まぁ、正確にはお前達(・・・)ではなく、聖女ラフィカのほうだろうがな」

 最後の一言のお陰で、ようやく気持ちが落ち着きを取り戻す。

 二柱の女神の加護を得ているラフィカを、精霊が好かないわけがないのだ。

 その力で、自国を救った聖女であるならば尚更。

 俺はその付随物でしかなく、精霊の機嫌を左右するほどの関心を得ていない。

 そうとわかれば、緊張も多少は和らいだ。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

現在のスィンスス様のサイズは、身長20センチ、全長は33センチといったところです。

手乗りサイズ。

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