邪竜討伐(2)
(……え?)
瞬間、邪竜の頭部と胴体が液体のように溶けて揺らぎ、住処の中央、鉱石に囲まれていた一点に収束する。
私たち自身もその勢いに煽られて、身体が大きく引っ張られた。
すでに意識を失っていた殿下達がごろごろと転がっていく姿に気づいて、私とセルツェが慌てて飛びかかったところで、吸い込みがピタリと止まる。
「な、なにが──」
再び視線を向けた先には、一抱えほどの大きな卵が出現していた。
「転生体? 討伐に成功した、から?」
「どういうことだ……。てっきり、討伐した際の瘴気で全滅していたのだと思っていたんだが」
呟いた私の下で、ソンツァ殿下が呻くように呟く。
意識をかろうじて取り戻したようだが、既に虫の息だった。
おそらく、筋肉も骨もボロボロだろう。
生きているのが不思議なほどだ。
「慈悲深き女神エテルノよ、その眩しき光をここに。第五の加護・蘇生」
蘇生に必要な魔力量は、やはり他の比較にならないらしく、一気に身体の温度が上がる。
けれど散々魔法を使ってきていたからか、前よりも肉体への負担はなかった。
(魔力の奔流に、身体が慣れてきたのかしら)
そんなことを思いつつ、続けてルナー殿下にも蘇生を施す。
その間に、ソンツァ殿下が己の身体が動くのを確かめるように身じろいだ。
「実際に、目の前で息をするように蘇生を使われると、混乱するな」
蘇生が肉体に負担をかけることはないが、それまでの疲労まで癒やすわけではない。ソンツァ殿下が呻きながら身を起したところで、隣から鋭い声が緊張を促した。
「油断するな、全滅の原因が討伐した邪竜の身体から溢れた瘴気ではないなら、何かが起こるはずだ。すぐに撤退を──」
ルナー殿下の言葉に皆が立ち上がろうとした時、それは起こった。
瘴穴爆発の比ではない量と濃度の瘴気が、卵を包むように噴き出したのだ。
最も近くにいたセルツェが誰よりも早く反応し、瘴気ごと氷壁に閉じ込めようとしたが、一秒も保たなかった。
けれどその刹那が、私に杖を地面につく時間をくれた。
「第一の加護・浄化!」
微かに漏れた瘴気に皮膚や目を焼かれたソンツァ殿下が地面に頽れたが、それに構う余裕がない。
(なんて凄まじい勢いと濃度! これが全滅の理由か!)
浄化する合間に次々と新たな瘴気が噴き上がり、赤黒い靄と浄化の光が激しく混ざり合う。
私はひたすら、浄化・浄化・浄化! と、脳内で叫び続け、浄化魔法を継続発動させ続けた。
「ぐっ」
蘇生魔法のときとは違う、血を抜かれていくような感覚に、指先から力が抜けていく。
杖を握る手が危うくなった瞬間、大きな手のひらが私の手ごと杖を握り込んでくれた。
「ラフィカ、踏ん張ってくれ!」
誰よりも頼りにしている男の声に安堵して、身体が震える。
冷え切っていた身体の奥に熱が灯り、指先に力が再び戻った。
「ありがとう、助かったわ」
声をだしたことで、いつの間にか遠くなっていた五感が戻って来る。
目端にニフリトとマールス様が殿下達に肩を貸して移動している姿があり、思わず口端が持ち上がってしまった。
下手に私を助けようとせずに、信じて殿下達を逃がしてくれていることに、感謝する。
万が一、瘴気を抑えきれなくなっても私は平気だが、彼らは無事ではすまないのだ。
絶対にすべてを浄化しきらなくてはならないという焦りから解放されたお陰で、むしろ浄化の力が安定した。
(魔力は、大丈夫)
枯渇の気配はない。
女神エレジアに感謝しつつ、背後で己を支えてくれている男に声をかける。
「セルツェ、もう大丈夫だから、貴方も離れて!」
「断る」
即答されて驚いてしまったことで、気が逸れる。
それは如実に魔力伝達に影響して、一瞬で迫った瘴気に身体を撫でられた。
「──っ、わ──第一の加護・浄化!」
言霊を唱え直すことで押し返し、上がった心拍数のままにセルツェを見る。
脳裏には以前、高濃度の瘴気の直撃を喰らったザモークさんが過って血の気が引いていたが、向けた視線の先には、頬と額の一部に軽い火傷を負っただけのセルツェの顔があった。
「え? え……?」
「安心してくれ。俺も瘴気には強い。だから、このまま君を補助する」
動揺する私を再び魔法に集中させるために、握っている手にぎゅっと力が込められる。
頭は疑問符でいっぱいだったが、瘴気の噴出が再び強まったことで、そちらに集中するしかなかった。
あちこちで、地面から生えていた鉱石が砕ける音がする。
そこからも少なくはない瘴気が噴出していたが、そちらにまで気を回す余裕はなかった。
すでに私とセルツェ以外は離れていると言い聞かせて、気が散りそうになる心を宥める。
そうして何時間か、何十分か。
もしかしたら数分かも知れない間、私は浄化魔法を発動させ続けた。
魔法の影響を長時間受けた大気は雲を呼び、激しい吹雪となって私たちに襲いかかってくる。
場に満ちていた生命力の濃度が薄れたのか、瘴気につられた魔物が押し寄せてきてもいたが、あちこちで雷が閃いては轟いて、蹴散らしてくれていた。
雷鳴の影に目端に長い尾を引いて飛ぶ鳥の姿を見た気がしたので、殿下達の守護精霊が、助力してくれているのだろう。
感謝しつつ、もう一息と杖に魔力を流し込んだところで、どっと勢いよく浄化の光が溢れた。
吹雪の中、抱き込んでくれていたセルツェの体温だけだった温もりが、溢れた光からももたらされて、全身から力が抜ける。
光が溢れたことで、瘴気の噴出が止まったと察せたからもある。
とにかく、心身共に限界だった。
「さすが……に、もう、無理」
「ラフィカ!?」
くの字に折れた身体を、逞しい腕が支えてくれる。
かすむ視界に映ったセルツェの顔が今までで一番焦って見えて、おかしかった。
笑おうとしたが、それよりもさきに瞼が下りてしまった。
次はセルツェのターン。
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