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聖女とは仮の姿ッ  作者: 夜月ジン
邪竜討伐編
54/72

約束(4)

「──っ、母さん。揶揄わないでくれ」

「ふふ。ごめんなさいね。思ったのだけれど、貴方、気持ちが顔に出るようになってきてる気がするわ」

「え?」

「母親が言うのもなんだけれど、貴方本当に何考えてるかわからなくて、言葉にしてくれない気持ちを汲むの大変だったのだけれど、なんだか今日は、すごくわかりやすいもの」

「そう、なのか? 自分じゃわからない」

 思わず頬を撫でると、母が嬉しそうに微笑んだ。

「いいことだわ。もしかしたら、ラフィカさんの影響なのかもね」

「……彼女に、色々と振り回されていることは確かだが、今はその変化を嬉しくは思えないな」

 気持ちがわかりやすいということは、他に気を取られていたとしても、ラフィカに俺の気持ちが伝わってしまう可能性が上がるということだ。

 好意的に受け取られても、困られても、俺は辛いだろう。

「……ごめんね」

 不意に零された言葉に、はっと顔を上げる。

 長く沈黙してしまっていたらしく、母が困ったように眉尻を下げていた。

 視線が合うと、伸ばされた手が頬に触れる。その温もりには、憐憫が滲んでいた。

「ごめん。母さんを困らせるつもりじゃ」

「いえ。いいえ。でも、そうね……言うつもりはなかったのだけれど、こうして今、会いに来てくれたんだもの。きっと、女神様のお導きだわ。だから、言わせて」

「母さん……?」

「もう少し。もう少しで、貴方を悲しませない答えを見つけられそうなの」

「え?」

「絶対に見つけるから、見つけられたら、すべて話すわ。今度こそ、嘘偽り無く、すべてを」

 すべて。

 その一言に何が含まれているかを不意に察して、瞠目する。

 母がしてくれた秘密の話の中に、嘘が混じっている。

 そのことに、俺が気づいている(・・・・・・)と、察している言葉。

「……俺は、魔物の集落から救い出されて、母さんに引き取られた」

「ええ。それは本当よ」

「けれど、俺は──魔物に呪われていて、それを、なんとかするために、母さんは、魔力の研究を……。どこに、どんな嘘が? 俺は──」

「セルツェ、セルツェ。ごめんね。今はまだ、何も話すことはできないの。何もわからないまま、事実だけを伝えたくない」

 幼い頃から、母がずっと、何かを必死に調べていることは知っていた。そして今、その答えを掴めそうなのだと言われて、気にならないわけがないのに。

(なぜ、今は言えないのに、思わせぶりなことを言った?)

 微かに、眉間に力が入る。その変化を見逃さす、母はただ申し訳なさそうに、俺の頭を撫でた。

 幼い頃からそうしているように、角の先まで手のひらを滑らせてから、指先が離れる。

「己の真実を知りたかったら、邪竜を討伐してから、また会いに来て」

 希望と現実との間で葛藤するような顔で告げられて、息を呑む。

 思わせぶりな言葉を俺にわざわざ言った──言ってくれた理由に気がついて、ぐっと奥歯を噛み締めた。

 俺が生きて戻ると言ったからかはわからないが、母の中で、二度と会えないという気持ちよりも、希望の方が勝ったのだ。

 諦めて心の準備をしたほうが、傷つかずにすむと思っているだろうに。

「……いってきます、母さん」

「いってらっしゃい。貴方に、女神エテルノの加護がありますよう」

 互いに立ち上がり、抱き締め合う。

 両腕にすっぽりと収まってしまう母の小ささに儚さを感じかけたが、更に小さいのに眩く輝くラフィカの顔が脳裏を過ったことで、笑顔で家を出ることができた。



「あら、もういいいの?」

 俺と母が出てきたことに気がついて、ラフィカが足を止める。

 両腕にピリトとレマを抱え、肩にはシレッドを担いで走り回っていたので、母が絶句していた。

「はい、おしまい。お姉さんは帰る時間です」

「えー!」

「やだぁ!」

「こら、ラフィカさんを困らせないで。セルツェ兄さんが出てくるまでって約束だったでしょ」

 抱えられたままジタバタし出した弟妹にナッツェが釘をさすと、二人はしょんぼりと動きを止めた。

「じゃあ最後に、もっかい木の上に投げて!」

「私も! 私も!」

「いいけど、ちゃんと捕まりなさいよ?」

 言うなり、昔から庭にある大きめの木に、ぽいぽいと一人ずつ投げ上げる。

 きゃっきゃと笑いながら、ピリトとレマが木の幹に張り付いていた。

 子どもの頃、俺もよく登って遊んでいたが、二人は当時の俺よりも器用にするすると上に登っていく。

 ちょうどいい枝に腰掛けると、揃ってラフィカに手を振った。

「またね、ラフィカお姉ちゃん」

「ええ。ナッツェも、最初驚かせてごめんなさいね」

「いえ、この子達は体力が有り余ってるから、とても助かりました」

 ラフィカがシレッドをナッツェに渡しながら、微笑む。

 この短時間ですっかり打ち解けている彼女の社交性に脱帽していると、母がそっと腕に触れてきた。

「私、とても奇妙な光景を見た気がするのだけれど? 彼女は貴方の冒険者仲間だったかしら? 戦士? それとも魔導師?」

「母さん。聖女。彼女は聖女。現実逃避しないで。でも元冒険者なのは確かだよ。後覚醒なんだ」

「あ、え? そう……なの。なら、そういうもの、なの、かしら?」

 聖女はみな、背負う使命がそうさせるのか、強くも儚い印象がある。

 それは母とて例外ではなく、母の周囲もそうだったはずだ。

 俺ですら、今まで会ってきた聖女にはそういう印象しかない。

 その片鱗もないラフィカを見て、母が戸惑うのは仕方がない気がした。

「ちゃんと親孝行できた?」

「たぶん」

 駆け寄ってくるなりそう問われて、勢いで頷く。するとラフィカは満面の笑みで、母に向き直った。

「ゆっくりさせてあげられなくて、申しわけありません。でも、私も貴方にお会いできて、とても嬉しかったです」

「え、ええ。私も、息子の顔が見られてとても嬉しかったわ。感謝します、聖女ラフィカ」

「え? わざわざ言ったの!?」

 母の言葉に驚いて、ラフィカが俺を睨む。

 急にかしこまられて、嫌だったのだろう。

「怒らないでくれ。状況を説明するのに、必要だった。母も聖女だしな」

「は⁉ それは先に言いなさいよ!」

 カッと目を見開いて、ばしっと腰を叩かれる。

 痛いと身をよじった俺を無視して、ラフィカは母に向かって、それはそれは美しく一礼をした。

 まるで貴族令嬢のような所作に、相変わらず関心と違和感を抱かされる。

「改めて、お目にかかれて光栄です、聖女レヴェリ。その、私は後覚醒で、資格は得たのですが、まだローブが出来ていなくて」

「ああ、なるほど。だから普通の外套だったのね。ちょっと気になってて、老婆心を出すところだったわ」

「老婆心だなんて。聖女が聖女であることを主張するのは、周囲のためでもありますから。お心遣いに感謝いたします」

「貴方、良い子ね。とっても良い子だわ」

 母が不意に、胸詰まされるような声でそう告げて、ラフィカの手を取る。

「貴方にも、女神エテルノの加護がありますよう」

「ありがとうございます」

 万感がこめられている母の言葉と眼差しをしっかりと受け止めて、ラフィカが微笑む。

 今更のように、その優しい微笑み方が母と似ていることに気がついて、俺は内心で謎の羞恥に襲われた。


   ◇ ◇ ◇


 ミルクーリー家が用意してくれた馬車に揺られながら、何度目かわからない唾を飲み込む。

 同じように握っては緩めていた手を広げたとき、はぁ、とラフィカが溜め息を零した。

「ちょっと、言いたいことがあるならさっさと言ってよ」

 その一言で、俺が何度も言い淀んでいたことを察して待ってくれていたのだと知る。

 恥ずかしさと申し訳なさの狭間に落ちかけたが、向かいに座っていたラフィカがするりと隣に移動してきたことで、心臓が跳ねた。

「馬車の中で立つな。危ない」

「ごめん。でも、目の前にいるから話しにくいんだと思って」

 ここまで気を遣われて、まだ躊躇うのは男らしくない。

 さすがに意を決して、俺は口を開いた。

「邪竜を討伐できたら、もう一度一緒に、実家に来てくれないか」

「え? なぜ」

 予想外の言葉だったのか、ラフィカは頬杖をついていた手から顔を上げて、俺を見つめてきた。

 真っ直ぐな瞳に気圧されつつ、言葉を続ける。

「ただの俺の頼みだ。嫌なら断ってくれていい」

「そんな言い方して、ずるいわ。断りにくいじゃない。理由を訊いても?」

「すまない。今は、まだ」

「なにそれ」

 不快にさせたかと思ったが、ラフィカは変なのと口の中で呟きつつも、特に気分を害した様子はなかった。

 ほっとしつつ、鈍りかけていた決意に発破をかける。

 再び母の元を訪れたとき、俺は俺の真実を知ることになる。

 そのときに、どうしてかラフィカに傍にいてほしいと思ってしまったのだ。

 理由が自分勝手なものだったので、言い出しにくくて何度も口籠もってしまっていた。

「まぁ、いいわ。そのときはゆっくり出来るでしょうから、貴方の子どもの頃の話を、たーっぷりレヴェリ様から聞いちゃうから」

 意地の悪い微笑を口端に浮かべて、俺を揶揄ってくる。

 理由を言わなくても受け入れてくれただけでなく、多少なりとも俺に興味があるような素振りをみせてくれた喜びに、指先が痺れた。

 なにより、そのなにげない承諾の返事が、ラフィカの本心を物語っていて、胸が熱くなる。

 気休めでもなければ、絶望の中に希望を見いだそうとしているわけでもない。

 ただ純粋に、邪竜討伐で死ぬなどと微塵も思っていない笑顔。

 眩しくて、眩しくて。

(なんて、愛しい──)

 誰かを抱き締めたいと思ったのは初めてで、俺はその衝動を抑えるのにとても苦労した。


ここまで読んでくださりありがとうございます!

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