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聖女とは仮の姿ッ  作者: 夜月ジン
邪竜討伐編
52/72

約束(2)

 屋敷の中に入ると、ちょうど奥から母が出てきたところだった。

 先ほど走っていた、チルシュに手を引かれて着たらしい。

「はやく! はやく!」

「待って、そんなに強く引っ張られたら転んでしまうわ」

「チルシュ、落ち着け」

 見かねて声をかけると、ぱっとチルシュの顔がこちらを向く。

 満面の笑みで母に振り返り、ほら! と俺を指さした。

「人を指さすんじゃない」

 俺の叱責に、チルシュが肩をすくめて腕を下ろす。

「ご、ごめんなさい」

 小声で謝りながら、母と一緒に近づいてきた。

「驚いた。本当に帰ってきていたのね」

「任務で近くまで来ていたんだ。急に顔を出せる時間が作れて、それで」

 来られたのはラフィカのお陰だったので、ちらと背後に視線を向ける。

 綺麗に真後ろに立っていて、少し驚いた。

 母との会話を邪魔しないようにと、俺に隠れていたらしい。

 そんなことはしなくていいと半歩ずれると、母は大きく目を見開いて、肩からずり落ちていたストールを引っ張り上げて身なりを整えた。

「まさか、本当にお嫁さんを連れてきたの? 嫌だわ、こんな適当な格好でごめんなさい」

 驚きの発言に、思わずチルシュに視線を向ける。

「か、彼女なんだから、いずれお嫁さんになる人だろ?」

 どうやら、母の元に行くまでに自分の中で妄想を数倍に膨らませたらしい。隣でラフィカが固まっているのがわかり、申し訳なさと羞恥で言葉が詰まった。

「初めまして、セルツェの母のレヴェリと申します」

「あ、えと、ラフィカです。初めまして」

「信じられないわ。こんなに綺麗なお嬢さんをセルツェが連れてくるなんて! どこで知り合ったの? この子の何に貴方は魅力を感じてくれたのかしら」

 質問を重ねるたびに、口を挟もうとするが、今までにないほどの早口に、己の焦りも相まって母の言葉を止められない。

 ものすごく焦っているのに顔に出ないせいで、誤解を解くタイミングが掴めなかった。

「この子ったら顔は良いけど、何考えてるのか全然わからないでしょう?」

「か、母さん」

「あら、ごめんなさい。婚約者の前で、貴方の欠点を上げ連ねちゃだめね」

「ちがう、そうじゃない」

 母も喜びで興奮しているのだろう。

 どうにもならなくて、ラフィカを見ると、目が合った瞬間、彼女は盛大に噴き出した。

「ふはっ、あはは! なんて顔で私を見るのよ! 思いっきり噴き出しちゃったじゃない」

 はしたない、と口を押さえて、顔を赤くする。

 それでも、ラフィカの肩は笑いに震えていた。

 彼女の様子にようやく違和感を覚えてくれたのか、母が言葉を止める。

「……ええと?」

「ごめんなさい、レヴェリさん。失礼な態度をとってしまって。セルツェがあんまり悲壮な顔で私を見るから、おかしくて」

「悲壮な顔……?」

「貴方の誤解を解けなくて、すごく焦ってたんです。私は彼の婚約者ではなく、友人です」

「え! チルシュ、どういうこと?」

 興奮ではなく羞恥に頬の色を変えて、母がチルシュを見る。

 子ども特有の狡さで、チルシュはさっと外に逃げていった。

「もう、あの子ったら! 本当にごめんなさい。困らせてしまったわね。その、あり得ないと思ったことが起こったと思ったものだから、喜んでしまって」

「いえ、いいえ。お気になさらず。セルツェは素敵な人だもの。婚約者と間違われたところで、悪い気はしません」

 うふふ、と気遣いと照れの狭間のような顔で、ラフィカが笑う。

 それが本当に可愛らしくて、指先が熱くなった。

 照れてくれるということは、まんざらでもないということなんだろうか。

 埒もないことを考えていたところで、母と目が合う。

 その瞳に、母としての洞察力が光った気がして、思わず居住まいを正したが、ゆるーっと目尻が下がったことで、手遅れだということを察した。

(ああ、母さんには隠せないか)

 感情が顔に出にくい俺ではあるが、さすがに母には伝わってしまう事が多い。

 俺がラフィカに惚れていると、気づいたのだろう。

 その上で、微塵もそれが伝わっていないことに同情するような気配まで滲ませるのはやめてほしい。

 俺は、この気持ちを伝えるつもりはないのだ。

 そこまで考えて、ふと、ひやりと背筋が冷える。

(というか、母に即座に察せられたくらいわかりやすかったということは、彼女にも伝わってしまっているのでは?)

 洞察力に優れ、他人の機微に聡いラフィカが、この数時間で膨れ上がってしまった俺の好意に、はたして気づかないものだろうか?

 ちらと横目で見ても、女性の胸の内など、俺ごときでは察することができない。

 察した上で気づかないふりをしてくれているのか、興味がなさすぎて気づいていないのか。

 猛烈に気になったが、確かめると言うことは、俺の気持ちをはっきり伝えることと同義になってしまう。

 ぐっと拳を握り締めて、母に余計な事をしてくれるなと、目で訴えた。

 一瞬、何か言いたげな顔をしたが、小さく首を左右に振ると、少しだけ悲しげに眉尻を下げた。

「息子を褒めて貰えて嬉しいわ。改めて、ここに来た理由を尋ねてもいいかしら?」

「実は、特にないんです。しいて言うなら、ちょっと見てみたかったから、かしら」

「え?」

 ラフィカの言葉に、母が面食らったように目を見開く。

 それに対し、ラフィカは柔らかく微笑んだ。

「というわけで、親子水入らずでどうぞ。私は外で貴方の弟妹と遊んで貰うわ」

「ありがとう」

 俺の感謝に、わざとらしいウィンクをして、扉から出て行く。

 外の光が再び遮られてからようやく、母が戸惑ったように瞳を揺らした。

「え、え?」

「とりあえず、居間に行こう。そんなに時間があるわけじゃないんだ」

「──わかったわ。でも、お茶は淹れさせて」

 俺の一言に戸惑いを引っ込めて、母はゆっくりと頷いた。


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