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聖女とは仮の姿ッ  作者: 夜月ジン
赤雷蛇編
32/72

郷愁と閃き(5)

 引っ越し作業は、想定よりもかなり早く終わらせることができた。

 といっても、寮と実家から荷物を運び込んだに過ぎないが。

「失敗したわ。家具が必要よ、家具が」

 本格的な引っ越しが初めてだった上に急いでもいたので、荷物を運び込むことしか考えていなかった。

 寮には備え付けの家具があったので、失念していたというのもある。

 幸い、実家の自室にあったクロゼットやベッドは持ってきたので最低限の生活はできるが──なんていうか、寂しい。

「せめて姉さんを呼ぶ前に、客間だけでも整えなきゃ」

 どうせローブが完成するまで仕事はできないのだ。この期間に色々と生活面に関する雑務を済ませてしまうに限る。

「確かあの雑貨屋が家具も扱ってたわよね。あ、あのときちょっと気になったラグを買ってもいいなぁ」

 マグカップもかわいいのが沢山あった気がする。この際だから、姿見も新調してしまおうか。

 なんてことを考え出したら、楽しくなってくる。

「買い物の前に、ギルドに寄るのもありね」

 ザモークさんに顔を出せとも言われているし、邪竜絡みの情報も欲しい。なにより、マリーナフカさんとアゴニの無事な姿を改めてきちんと見たい。

 そう思って、足早に冒険者ギルドに向かったのだが、不在だった。

(なんて間抜けなの! 昼間は仕事に出てるわよ!)

 瘴穴の巡回は強化されているだろうし、人員不足も相俟って、相当な忙しさなはずだ。

「伝言があれば、お伝えしますが」

「いえ、仕事絡みではないので。また来ます」

 対応してくれた男性は顔見知りではなかったので、少し訝しまれてしまったのもあり、私は早々に窓口を離れた。

 研修していた時、夕方頃には必ず定時報告で戻ってきていた気がするので、余裕があればもう一度来ればいいだろう。

 気持ちを切り替えて、情報だけでも収集しておこうと掲示板の前に移動する。

 ぱっと見ただけでも、素材収集よりも魔物討伐の依頼が増えているようだった。

 滅多に張り出されない赤紙──Bランク以上のものも数枚あった。

 ここは首都なので、基本的に高ランク討伐は騎士団の仕事だが、手が回らなくなってきているのだろう。

(見ない顔が増えてる理由はこれかぁ。鼻が良い連中ってどこにでもいるのね)

 きっとラシオン国内の、どこのギルドも同じような状態だろう。世界中から富と名声を求めた冒険者が、集まってきている。

(連中からしたら、時期外れのボーナスだものね)

 もちろん、義心から駆けつけてくれた者もいるだろう。理由がどちらにしても、脅かされている立場からすれば有り難い。

(せっかくだし、お昼はここで済ませちゃおうかな)

 隣接している食堂に向かったはいいが、思った以上に賑わっていて、思わず入り口で足を止めてしまう。

 そのせいで、背後から来ていた誰かをぶつからせてしまった。

「きゃっ」

「ぅわ、すみません!」

 前のめりになった身体を、背後から回された腕が支えてくれる。

 それを有り難く思いながら振り返り、慌てて頭を下げた。

「ごめんなさい。私が急に足を止めたから」

「いや、俺も前を見てなかった」

 気まずそうに頭を掻いた青年の手には、受注書があった。

 それに目を通しながら歩いてきていたらしい。

 茶髪に緑色の目の、爽やかな見た目の冒険者だ。

「なにしてんだよ、ばか」

 少し離れた場所から声が届いて、目を向ける。目の前の青年と同じ年頃の男が二人おり、そのうちの一人が呆れ顔をしていた。

「美人に声かけるのに、小細工するな」

「違う! そんなわけないだろ!」

 仲間のからかいに、青年の顔が真っ赤になる。見た目のままに、素直な人なんだなと思うと面白くて、少し笑ってしまった。

「違いますからね!?」

「わかってるわ。気にしないで。じゃあ」

 遠くの二人にも軽く頭を下げて、視線を店内に向ける。

 青年と話をしていた僅かの間に空席が埋まってしまったらしく、私は嘆息した。

(仕方ない。外で適当に買えばいいか)

「あの、嫌じゃなければ、俺たちのテーブルに来ますか?」

「え?」

 振り返ると、とっくに移動していると思っていた青年が、まだ私の後ろに立っていた。

 堂内の状況を同じように察して、声をかけてくれたらしい。

 いつぞやの酔っ払いのような下心など微塵も感じられない、善意の塊の笑顔だ。

 若い女に声をかけたことに、ちょっと恥ずかしさすら感じているところが、むしろかわいい。

(誘いを受けたところで損はないし、お腹も空いてるからいいか)

 そう逡巡して、私はその善意を受けることにした。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 私の返事に、あからさまにほっとした顔をして、青年は二人の仲間が待つテーブルに案内してくれた。

「なんだ。ナンパ成功したのか。珍しいな」

「違う。席が空いてなかったから、誘っただけだ」

「相席失礼します」

「なーんだ。まぁ、どうせなら美人と食べたほうが美味いもんな。遠慮せず、座ってくれ。カエルムのおごりだ」

「えっ」

 最後の一言に、青年──カエルムが瞠目する。その顔をニヤニヤと見つめながら、どこか猫を思わせる面立ちの青年は頬杖をついた。

「遅刻してきたんだから、当然だろ。彼女の分は、ぶつかったお詫びな。こんな小柄な女性に体当たりしやがって。ていうか、怪我してないか?」

「いえ、大丈夫です。転ぶ前に支えてくださったので」

 たとえ支えられなかったところで怪我はしないが、盛大に倒れてはいただろう。

 思い返してみれば、それだけの衝撃は確かにあった。

 よくまぁ、咄嗟に手がでたものだ。いい反射神経をしている。

「反論できない……好きに頼んでくれ。貴方も、どうか遠慮しないで」

 椅子を引いてくれたので、ありがたく座りはしたが、さすがに奢られるわけにはいかない。

「いえ、自分の分は自分で払います」

「でも」

「相席してくださっただけで、充分感謝してますから」

「そう言わずに──」

「んじゃ、俺は遠慮なく。おねーさぁん! 注文!」

 さらに食い下がろうとしたカエルムを、猫顔の青年が遮る。

 空気を読むのが巧い人なのだろう。不要な問答を避けられたことに、心中で感謝した。


   ◇ ◇ ◇


「え、そんな風に見てたの?」

 一通り食事を終えて一息ついた頃、予想外の言葉を言われて、私は瞠目した。

「いやだって、入り口で足止めるとか、絶対わざとだと思うだろ。あんた美人だし、態度がそれを自覚してるし」

 猫顔の青年──コナトゥスが、麦酒のつまみに追加したナッツを頬ばりながら言う。

 つまり、仲間のカエルムがカモにされていると思いながらも、私の同席を許したということだ。

「あなた、良い性格してるわね」

「世の中に悪人なんていない! って素で思ってる純情男と旅してると、こうならざるを得ないんだよ。多少リスクがあったって、美人と食事したくもなるさ」

 とか言いながら、己の懐には影響がないよう誘導していたのだから、意地が悪い。

 ちっとも悪びれていない態度が、もはや清々しいレベルだ。

「だから俺に奢らせたのか! 酷いぞ」

 会話の意味をワンテンポ遅れて理解したらしいカエルムが、非難の声を上げる。その眉間に、コナトゥスがピスタチオの殻をビシッと命中させていた。

「いてっ」

「お前はそもそも遅刻してんだから、酷いもなにもねぇだろうが」

「それは、そうだけど……」

 酒が入ったからというよりは、私がいる空気に慣れてきたのだろう。

 二人の会話は、おそらく日常のやり取りなのだと、容易く想像出来た。

 ちなみに、あと一人の青年──レムレスは、自己紹介を互いにしあったときに名乗ったきり、一言も喋っていない。

 最初、私がテーブルに割り込んだことをよく思ってないのかと思ったが、単純に無口なだけなようだ。

 黙々と、かなりの量の食事と酒を胃に流し込んでいる。

「皆さんは、やはりこの国の魔物が活性化しているという噂を聞きつけて、ここにいらしたんですか?」

 放置していたらずっと漫才を聞かされそうだったので、仕方なく水を向ける。すると二人はぴたりと軽口を止めて、視線を向けてくれた。

「そうだよ。騎士の手が届かない場所では、俺たち冒険者が盾にならなきゃ」

 相変わらず綺麗な瞳で、カエルムが断言する。

 それを半目で見ながら、コナトゥスが同意の頷きをした。

「俺たちはBランク単体ならなんとか処理できるからな。稼げる現場に移動するのは当然だろ?」

「なんで、そういう言い方するんだ」

「結果は同じだろ。生活も命もかかってんだ。利益重視で動いてるやつのほうが多いの。お前が少数派なの!」

「そんなこと、ない」

 コナトゥスの言葉が正しいと、カエルムもわかってるのだろう。

 反論に勢いがない。しゅんとしていると犬のようにみえて、憐れみを誘う。

「カエルムの精神は、騎士に近いのね。いいことだとは思うけれど、コナトゥスの言うとおり、稼げない冒険者は弱いわ。魔物と戦うには、実力以外に相応の装備が必要だもの。仲間に金銭感覚がしっかりした人がいてよかったわね」

 私の言葉に、コナトゥスがにやっと口端を上げた。

「俺の苦労を、この短時間で察するとは──さてはあんた、いい女だな?」

「それを最初に見抜けなかった貴方は、まだまだよ。精進して」

「手厳しい。てか、ラフィカは冒険者──なんだよな?」

「ええ。一応、石付きよ。水晶だけれどね」

「──そっか」

 前のめりだったコナトゥスの気配が、ふっと引く。

(ああ、相応であれば、誘ってくれようとしたのね)

 ちら、とテーブルに置かれた紙──カエルムが持ってきていた受注書は、結晶蜥蜴の討伐だった。

 脅威度ではなく『硬さ』でランク分けをされている魔物なので、B級扱いのものでも、報酬の割りにとにかく面倒くさい。

 杖を携帯していた私を魔導師と踏んで、巻き込みたかったのだろう。

(ていうか、きっと残ってたのをわざわざカエルムが取ってきたんだろうなぁ、この依頼……)

 こういう奇特な人が、どれほど誰かを助けるか、私は知っている。

(ぶっちゃけ、今の私なら一人でも倒せる気がするけど、それを証明できないのよねぇ)

 申し出ても、危なくて連れて行けないと断られるだけだ。

(失敗した。水晶だって言わなければよかったわ)

 そうしたら、手伝えたのに。

 というか、そのせいで邪竜討伐の本隊に参加させてもらえないことまで思い出してしまい、憂鬱になった。

「仕事、頑張ってね。真面目にやってれば、もう少し稼げる仕事に誘って貰えると思う」

 カエルムの義心に、かつてザモークさん達に助けられた感謝が重なってしまい、つい有益な言葉を付け加えてしまう。

 それにめざとく食いついたのは、コナトゥスだった。

「もう一言! 銀貨三枚だす」

「ないわよ」

「金じゃないってか──じゃあ、俺たちに出せそうな情報で欲しいものはないか?」

「別にないわ」

「本当に? 頼む。あと数日もすれば、似たような奴らがごそっと来るんだぞ。点数稼がせてくれ」

「あのねぇ……」

 思わせぶりな態度をとったつもりはなかったが、彼の性格が裏を読んでしまうのだろう。

 知りたい情報があったなら利用しない手はないが、私が知りたいのはどちらかというと、騎士団のほうの状況だ。

 冒険者界隈は、掲示板と食堂の雰囲気を知りたかっただけなので、もう済んでいる。

(ていうか、いいなぁこの人達。依頼こなしてギルドの目に止まれば、討伐隊に参加できるんだか──ら?)

 唐突な閃きに、私は大きく目を見開いた。


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