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聖女とは仮の姿ッ  作者: 夜月ジン
覚醒編
3/72

ある少女の覚醒(1)

 青い空、白い雲。

 気持ちの良い天気に後押しされるように、今日の首都は喜ばしい活気に満ちている。


 ラフィカ・イエイン。十六歳。

 私に魔法の才能があれば、学院前の大通りの賑わいに混ざり、卒業生の一人として笑顔を振りまいていたはずだった。

 けれど現実は質素で、私がこの場で関われることといえば、立ち並んだ屋台の一つでお昼ご飯を調達することだけ。

 祝いと門出の場だからか、屋台に並ぶ料理も豪勢だ。

 私は歩きながら食べられるという理由でピララを選び、銅貨を三枚、売り子に渡した。

「女神エテルノの祝福がありますよう!」

「あなたにも、女神エテルノの祝福がありますように」

 威勢良く、守護の言葉をかけられる。それを笑顔で返して、熱々のピララを受け取った。

 卵とバターをたっぷりと使ったパンに、濃く味付けされた鶏肉やキノコ、チーズにジャガイモのみじん切りが詰め込まれている。

 一口囓っただけで、大当たりだとわかり、思わず笑みがこぼれた。

 少し萎んでいた気持ちが、簡単に持ち上がる。

 彼らが資質を見いだされて学院で学んでいた三年間を、私とて無碍に過ごしていたわけではない。

 薬師の父の手伝いをするために薬草の種類や調合を覚え、合間に元冒険者である母の手練手管を叩き込んでもらった。

 姉が魔具師の道に進んだので、父は私には薬師になってもらいたかったようだが、私の夢は昔から騎士か冒険者だ。

 平民で、魔法の才能も無い人間は、どんなに剣技が優れていても騎士になることは難しい。

 何度も家を抜け出しては騎士の詰め所に突撃しようとした私を捕まえて、母は根気よく私を諭した。

 十四にもなれば、多少は周りが見えてくる。

 なれない理由が世の仕組みではなく、対魔物との戦闘において能力が足りないからなのだと理解した。

 どんなに剣技が優れていても、その刃が皮膚を裂けなければ意味がない。魔物と対等に戦うための魔法が施された武器を操るには、それなりの魔力が必要だった。

(まあ、そもそも、剣技だって普通より少し扱えるかな、程度なのよね……でも、それはまだまだ伸びしろのあることだわ)

 国のため、家族のため、なにより自分の身の内から湧き出る野心を満たすため。魔物と戦う道を諦めるには、まだ早い。

 騎士という、最高の職と称号を得ることは断念したけれど、魔物と戦う者は騎士だけではない。

 私は私の身の丈に合った場所──そう、残ったもう一方の選択肢である、冒険者となる道を選んだ。

 猛反対していた父も、私が十五になるや否やギルドで発行してきた登録証を見せると、肩を落としつつ「絶対に無理はしないように」とだけ告げて認めてくれた。

 母は私に稽古をつけてくれつつも、常に中立だった。

 自分が聞かせていた若い頃の冒険譚が、私の心に火をつけたのだと理解していたからだ。

 そのことで散々父に小言を言われていたし、実際、娘が危険な職を目指すようになってしまった事に対して引け目を感じていたのだろう。

 けれどなってしまったからにはと、より厳しい稽古をつけてくれるようになった。

 私が、死なないように。

 母の剣を落とせるようになったのは、半年前だ。

 そこからは、変な癖がつかないように時折見て貰うだけで、自主的な鍛錬を続けている。

 幸いなことに非常に優秀な魔具師である姉のカナリスが、私の戦力増強に全面的に協力してくれており、装備品の総てが姉特製の魔導具で固められている。

 魔法が施された武器や防具など、本来であれば平民には手の出ない代物だが、姉が制作してくれているという特権により手にできていた。

 腰に付けたバックパックには、父が丹精込めて調合してくれたあらゆる種類の薬も詰まっている。

 初めての依頼をこなしに行こうとしたとき、遠征にでも行かされるのかと思うほど大きなリュックに薬が詰め込まれたものを父に渡されそうになったことを、不意に思い出した。

 駆け出しの冒険者が受けられる依頼なんて、ちょっとした買い出しや、迷い込んだ魔鼠の駆除くらいなのに。

「ふふっ」

 さすがに母に止められて、渋々手を引っ込めた時の父の顔を思い出すと、体から余計な力が抜けて助かる。

(みんなの気持ちを、絶対に裏切らない。身の安全が、第一)

 何度となく自分に言い聞かせている、信条だ。強い魔物を討伐したいのであれば、絶対に無謀であってはならない。

 一つ一つ、確実に階段を上らなければ。


 食べ終わったピララの包装紙をズボンのポケットに押し込み、代わりに取り出した登録証を門番に見せながら門を通る。

「今日は外か。夕方には天候が崩れるらしいから、気をつけてな」

「ありがとう。すぐ戻るから大丈夫よ」

 三ヶ月前に石付きになり、門外での依頼を受けられるようになったため、すでに顔見知りになっている門番に手を振る。

 短い黒髪の、壮年の男だ。

 父より少し年上──くらいだろうか。

 冒険者として比較的若い私を、かなり気に掛けてくれているようで、本来ならば会釈で済むようなすれ違いでも声をかけてくれている。

 いい加減、名前を名乗るべきかと思いつつ、手に持ったままだった登録証を撫でた。

 手のひらに収まるサイズの、長方形の薄い板きれ。飴杉で作られたそれは下手な金属よりも頑丈で、年月を経ることに色艶が増していく。

 飴色に艶めく熟練者のそれを横目に見たことがあり、名の通りの美しさにとても憧れた。

 その中心で輝く蒼玉(サファイア)にも。

 私の登録証の中心に填まっているのは、水晶だ。最も産出量が多く、希少価値の低い鉱物。

 鉱物の中でも魔力を蓄積させやすいので、常に手に持つわけではない類いの魔導具によく使われる。

「いやいや、焦るな私。石付きになれたことが、大きな一歩なんだから」

 熟練の冒険者と比べて凹むなんて、烏滸がましすぎる。

 冒険者は、ある程度安定した活動が認められると、登録証に丸く加工された鉱石か鉱物が填め込まれる。

 石は冒険者ギルドから贈られるもので種類は様々だけれど、信頼と実績が積み重なるほど希少価値の高いものに切り替えられていくのだ。

 それらは各国の冒険者ギルドで共通していて、他国での身分証にもなるし、依頼も受けやすくなる。

 国に縛られる騎士とは違い、世界を跨いで活躍する冒険者になれるのだ。

「魔法の資質がないにも関わらず、登録して一年で石付きになれたんだから、順調よ」

 自身の魔力だけで魔法が扱えないことで、他の新人よりだいぶ長い目で値踏みされたのだ。

 石付きでなければ単独依頼を受けられないため、何度かパーティを組んで貰った中級者に「半年もこつこつやれば貰えるさ」と励まされていた分だけ余計に焦れたが、理由が理由なので仕方がないだろう。

 ギルド側だって、新米冒険者がソロで依頼を受けた途端にころっと死んでは信頼に関わる。

(ま、石を貰えたから言えることで、それまでは窓口で受け渡しする度に受付の人睨んじゃったけど)

 人間、総ての感情を抑えられるわけじゃないのだ。

「さて、と。ここら辺でいいかな」

 門より一キロほど離れると、防護結界の境界につく。

 それを跨ぐと、ほんの少しだけ空の青が濃くなるのでわかりやすい。

 そこから更に一キロほど移動した森の中で、私は足を止めた。

 騎獣を借りてもよかったが、姉から渡された脚力強化の魔導具(アンクレット)の性能を確かめたかったのだ。

 結果は当然のごとく良好で、息切れすることなく、かつ数分で目的の場所まで来ることができた。

 問題は、それだけでもうアンクレットに填められた魔導結晶が輝きを失っていることだ。

 消費量を思えば、戦闘時の踏み込みに一度か二度使える程度だろう。

「私自身に、もう少し魔力があればなぁ」

 何度となく嘆いたことだが、ないものはしかたない。

 性能がいいものほど、魔力の消費量も多いのだ。それを自身で補えないのだから、使用に制限がかかるのは必然だ。

 むしろ、この魔導結晶とて姉のお手製だからこそ、手に入っている代物だった。

 鉱石や宝石に魔力を蓄積させるのとは違って元手は少なく済むが、そのぶん純度を上げるのに非常に繊細な技術が必要なのだ。

 ラフィカの為なら、最高純度の魔導結晶を精製してみせるわ! と息巻いていた姉の愛に感謝しかない。

 実際、魔導具の使用時間の伸び具合から、姉の技術がぐんぐん上がっているのを実感している。

(そのうち騎士団に納品出来る基準に到達するんじゃないかしら?)

 というか、魔法の才能のない私が、小物とはいえ魔物と渡り合えるほど肉体強化ができる魔導具なのよね。

 熟練の冒険者や騎士が使ったらどうなるんだろうか?

「……はて?」

 なにかとても、凄いことに気づいてしまいそうになったが、目的の魔物を捉えるために仕込んでいた罠のパーツが一つズレていることに気がついて、慌てて立ち上がった。


 今日請け負ったのは、どこぞの魔具師からの依頼で、ヴルカン鳥三羽分の翼だ。

(姉と同じ職業だからか、手間がかかる依頼でも優先的に受けちゃうのよね)

 ヴルカン鳥は自身が炎を吐くため、非常に防火に優れた羽を纏っている。それを素材として、何らかの防具に防火魔法の付与でもするのだろう。

 くちばしと爪は不要とのことなので小遣いにするとして、肉は非常に美味なので持ち帰ろうと決めている。

 どうせなら鮮度を少しでも高めるために、生け捕りにしてギルドに持ち帰り、専属の解体師に解体して貰おう。

 手間賃はとられるが、ついでに爪とくちばしを仲介料なしで買い取って貰えるし、依頼主も綺麗に処理された素材を受け取れて万々歳だ。


 ズレていた罠のパーツの位置を直し、防火処理が施された網にほつれがないかを再確認する。

 発動時に網が引っかかりそうな枝がないかも念入りに確かめてから、二つ目の罠を仕掛けるためにその場を離れた。

 木々の隙間からのぞく空は、相変わらず雲一つない。

「夕方から崩れるって言ってたけど、とても信じられないわね」

 それでも、門番が言うのだから確かなのだろう。

 彼らに与えられる情報は、王城に仕える魔導師が予見したもののはずだ。

「急激に崩れるってことは、どこかで大物でも出たのかしら」

 大物の魔物の討伐ともなると、強力な魔法が何度も行使されることになる。その影響で、稀に天候が急変することがあるのだ。

 そう推測してしまうと、無意味と知りつつも森の奥深くに目を凝らしてしまう。

 ここからさらに二キロほど奥へ進むと細い川があり、そこから先は、熟練の冒険者でも絶対に一人では入ってはいけない、騎士団の領域だ。

 形の定かではない大きな影を想像して、ぶるりと身震いする。

 恐怖ではなく、そんな存在と対峙できる者達への羨ましさで、だ。

「私だっていつか、騎士団とギルドが連携するほどの魔物討伐についていけるくらいの冒険者になってやるんだから」

 そう息巻いてから己が立っている場所を思い出して、思わず苦笑いする。

 今、自分がいる場所は、ただの薬師でさえ薬草取りに足を運ぶほど、比較的安全な場所だ。

 捕獲対象のヴルカン鳥だって、捕獲しようとさえしなければ、他の野鳥と変わらない警戒度でやり過ごせる。

「はぁ、先は長いわね」

 肩をすくめつつ、罠を仕掛けるのに丁度良い木を見つけたので、近寄る。

 すると微かに皮膚がひりつく気がして、眉を顰めた。

 非常に薄くだが、瘴気が漂っている。

「気のせいだといいけど」

 そう独りごちつつ、植物系の魔物に寄生されていないかを確かめるため、少し離れてから棒状に加工された魔石を根元に突き刺した──瞬間、バキンッとそれが割れ砕け、私の人差し指を僅かに裂く。

「え?」

 呆ける間に、足下に伝わるほどの地響きが迫り、それを追うように太い男の声が耳に届く。

「絶対に門壁に近づけるな! 結界の前で仕留めるぞ!」

 腹の底からであろう怒号がした方を向いたまま、思わず中腰で身構えた刹那、それ(・・)は生い茂る草木をかきわけながら、思いも寄らない速さで私の前に飛び出してきた。

(!?)

 上級者向けの依頼の張り紙でしか見たことがない、特徴的な双角をもつ巨大な猪の登場に、私の体に真っ赤な稲妻が奔る。

 それに伴った感情は、恐怖ではなく、凄まじい怒りだった。

「えっ!?」

 その出所のわからない怒りに戸惑ってしまったことで、私は貴重な刹那を失った。

 その瞬き一つの時間で、致命傷を避けられたのに。

(いや、絶対に死ねない!)

 ちらついた家族の顔が、腕を胸前で交差させる。

 ブレスレットに仕込まれた強化魔法の発動が間に合わないとわかっていても、そうするしかなかった。

 腕の厚みなどものともせず、私の体を三人分は易々と貫けそうな角が、眼前に迫る。

 激痛を覚悟して歯を食いしばった瞬間、大きな影が私と双角の間に滑り込んだ。


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