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聖女とは仮の姿ッ  作者: 夜月ジン
赤雷蛇編
27/72

最短距離聖女と双子の王子

 眩しすぎず、派手すぎず。

 そんな白と赤を基調に、差し色に金が使われた一室。

 何の変哲も無い議事室だが、ここが城内かつ目の前に王族がいる時点で息苦しさしかない。

 そう、信じられないことに、ソンツァ殿下とルナー殿下が、同じ空間にいる。

 ザモークさんとシュティル様が両隣に立ってくれていることで、かろうじて息が吸えている感じだ。

「では、聖女ラフィカは此度の一件で実力を証明したことにより、特例として卒院資格を得たものとする。異論はあるか?」

 姿絵から想像していたよりも甘やかな低音で、ソンツァ殿下が告げる。

 王族の証である紫眼には、取り繕う気など微塵もないと言わんばかりの渋面が映り込んでいた。

「シュティル学院長? 異論があるならば言葉で頼む」

「……ありませんわ」

 まったくもって納得していない顔のまま、シュティル様が同意の頷きを返す。それを澄ました笑顔で受けると、ソンツァ殿下は私に一歩前に出るよう促した。

「本来なら、卒院式に学院が授与してくれるものだが、これを贈るのは王族だしな。今回は俺でいいだろう。卒院おめでとう」

「……ありがとう、ございます」

 緊張はあるが、これといった感慨を抱くことはさすがに出来ず、小箱から取り出された耳飾りを見つめる。

 綺麗な紫水晶のそれを、あろうことかソンツァ王子自らが私の耳につけてくださった。

(めちゃくちゃ良い匂いがするぅ!)

 とか考えていないと、口から心臓が出そう。

 授与が終わり、ギクシャクと一歩下がった私を、面白そうに見るのはやめてください。

 さすがに王族ともなると、身に纏うオーラが違う。

 侯爵令嬢として培われた胆力がなかったら、とてもじゃないが命令でもされない限り、顔を上げることすらできなかっただろう。

「卒院の証ではあるけれど、守護精霊の加護が込められた魔導具よ。常に携帯し、身に危険が迫ったときは迷わず使いなさい」

「は、はい」

 おそらくは意図的に、後ですればいい説明をシュティル様がしてくれる。ついでのように背を撫でてくれた温かな手のお陰で、幾ばくか呼吸が楽になった。

 なにはともあれ、私は今この瞬間、一人の聖女としてこの国に認められた──ということになる。

 まさか、一度も正式な授業を受けることなく、卒院する事になるとは、さすがの私も予想外だ。

 なんというか、正道を横目に、脇道を全力疾走している気分。

(まぁ国側からしたら、編入手続きをしてしまっていた私の状態は面倒でしかなかったんでしょうけれど)

 なぜ面倒かというと、学院の生徒である聖女は、この国の法律では聖女であって聖女ではない──という位置づけになっているからだ。

 役割を担わせるには満たない、庇護対象。

 つまるところ、この双子の王子達は、私を可及的速やかに一人前の聖女にし、国力として取り込みたいと思ってくれているのだ。

 邪竜討伐に参戦したい私としては願ったり叶ったりな展開だが、シュティル様は最後まで渋っていた。

 というか、今も全然納得していない。

 けれど、先日の一件で充分な実力を証明した上に、元冒険者であることから経験不足の懸念もないため、卒院資格を与えられないと突っぱねきることができなかったのだ。

 彼女からすれば、私はまだまだ未熟な聖女なんだろう。

 私自身、その自覚はある。けれど、ここまできたらもう脇道を全力で突っ走ってしまいたい。

 近道をするつもりはないが、最短距離を走りたい乙女心。

「では、聖女ラフィカ。貴方の意思を聞かせてくれ」

 ソンツァ殿下よりも凜とした響きの声が、真っ直ぐに私に届く。

 似た面差しだからこそ、纏う雰囲気がまったく異なる、ルナー殿下の静謐な眼差しに息を呑んだ。

 豪奢に波打つ長髪をたてがみのように輝かせているソンツァ殿下とは対象的に、短く切りそろえられたそれが、彼の合理的な性格を垣間見せている。

(私の、意思)

 この国ラシオンで聖女の資質を見いだされた少女達は、国の援助を受けて魔導学院に通い、卒院後に聖女としてどう生きるかを選ぶことになる。

 聖女の保護と育成は国の義務だが、それによって聖女が国に仕える義務はない。

 援助を理由に聖女を縛ることは、聖ペルヴィ協会によって固く禁じられている。

 とはいえ、大事に育てられれば愛国心は芽生える。

 結果として国に属することを選ぶ者が殆どなので、どの国も国力増強のためにと、この義務に力を入れている。

 純粋な愛国心、もしくは破格の給与目当てに国に仕えるもよし、聖ペルヴィ協会を後ろ盾に世界を巡るもよし、だ。

 もちろん、他国へ移住することも出来る。

 とにかく、聖女としての役目を果たすのであれば、聖女はどう生きてもいいのだ。

(私の目的は魔物討伐部隊に派遣されることだから、協会経由で第三部隊と契約できればいいのよね。だから、今ここで国に仕える必要はない)

 というか、国に属することを選んでしまうと、新米聖女では所属先を希望することしかできないし、最終的な決定権が国側になってしまう。

「私は──」

「できれば、我が国の聖女として迎えさせてもらいたい。貴方の実力に見合った待遇も約束する」

 勘が良いのか、私の答えを先読みしたように、ソンツァ殿下によって交渉材料が挟まれる。

 ほどよく整った容姿だけを見れば、近寄りがたさよりも親しみやすさを感じるけれど、王族風格が伴ってしまえば圧倒的に息苦しさが勝る。

 強い願いを向けられると、気弱な者なら気圧されて従ってしまいそうだ。

(さすがに、蘇生魔法が使える聖女を、国に取り込む機会を逃すわけにはいかない──ってところかしら)

 ザモークさんたちが目を覚まし、騎士団と冒険者ギルド双方立ち会いのもとで事のあらましを説明した日から、実はまだ二日も経っていない。

 この短期間でこうも話が転がったのは、やはり時勢が関係しているのだろう。

(邪竜関連で切羽詰まった状況でなければ、シュティル様が再三訴えていた通り、卒院するまでは様子見してくれたはず)

 学院で生徒として確保している以上、他国に横取りされることはないので、「卒院後はこの国のために尽くします!」と言いたくなるほどの好待遇で色々と学ばせてくれたはずだ。

(きっと、世間が思っているよりもずっと、決断の日が近いんだわ)

 異様な濃度の瘴気を噴出した瘴穴(しょうけつ)は、今のところ先日の一カ所しか発見されていないが、それが今後もないとは限らない。

 こうしている間にも邪竜の活性化によって竜尾根(りゅうびこん)に流れる魔力の量は増し、そこに満ちる瘴気の濃度も上がっていっているのだ。

(うーん……騎士の称号も狙う身としては、国に仕えるのもありかしら? 今私を取り込もうとしてるのって、邪竜討伐に参加させるためだろうし、このタイミングなら配属先は選べるかも。でもその後がどうなるかは微妙よね。んん~悩む。騎士の称号は得やすくなるかもだけど……別に国に属さなくても、救国に貢献さえすれば栄誉騎士にはなれるし)

 野望を絡めた思案をしだした私の視界が、不意に陰る。

 驚いて顔を上げると、相変わらず渋面のままのシュティル様が、私の前に立っていた。

「殿下。王族が直接願いを口にするのは、威圧になります。この場で答えが欲しいのであれば、黙してお待ちになるのがよろしいかと」

 打算計算まみれだった思案内容が申し訳なくなるレベルで、シュティル様が苦言を呈す。

 おそらくは、私が気圧されて、希望を口に出来なくなってしまったと思ってくださったのだろう。

「ついにでに、二歩ほどお下がりになられてはいかが? お二人の存在感は、数ヶ月前までただの町娘だった彼女には強すぎます」

「面白いことを言う。ただの町娘が、怯まず王族を見つめ返したりするものか」

「大抵は目が潰れると言って、伏せるもんな」

 ルナー殿下の皮肉に、ソンツァ殿下がからかいを付け足す。

 畏れ多くて──という意味でだろうが、その指摘はもっともな気がして、背筋に冷や汗が流れた。

 なんとなく挑まれた気になって踏ん張ってしまっていたが、それなりに無礼だったかもしれない。

「聖女ラフィカ、間違わないで。無礼なのは、殿下方よ」

 まるで私の動揺を見透かしたように、満面の笑みでシュティル様が告げる。

 壁際に控えていた護衛騎士の気配が揺れたが、ルナー殿下が片手をわずかに挙げたことで静まった。

「シュティル学院長。この状況が貴方にとって不本意なことは重々承知している。だがどうか、そう敵視しないでくれ。我々は、この国の民を一人でも多く救うための手段を得ようとしているだけだ」

 真摯な言葉に、シュティル様の眉間の皺が深くなる。

「そんなことは、承知しております。でもだからこそ、私は──」

「……学院長。いえ、聖女シュティル」

 身を震わせながら俯いたシュティル様の肩に、ルナー殿下の手が触れる。

「貴方は、我々が彼女を邪竜討伐に参加させようとしていることに対して、不安を抱いてるのだろう。だが、安心してくれ。これほど若く有能な聖女を、本隊に配属したりはしない」

「──は? 何を言っている」

 しんみりとしかけた空気を割いたのは、ソンツァ殿下だった。

「本隊に配属しない? 馬鹿を言うな、ルナー。蘇生魔法が使えるんだぞ? 未熟とはいえ、これほど力のある聖女を参加させないわけがない。本隊に組み込むに決まってるだろう」

 ソンツァ殿下の言葉に、ルナー殿下は目を見開いた。

 シュティル様の肩から手を離し、ソンツァ殿下と向き合う。

「お前こそ何を考えている。我々が行くのは死地だぞ」

「彼女がいれば、生き残れる者がでるかもしれないだろう」

「蘇生魔法が扱える聖女が同行した記録は、過去にもあるだろう。その上で全滅していると、お前も知っているはずだ」

「だが今回は、聖女の死と引き換えの蘇生じゃない。報告では、蘇生魔法を行使した後もピンピンしていたそうじゃないか。そうだな?」

 突如として始まった口論に、不意打ちで巻き込まれる。

「えっ、あ、はい」

 ぎこちなく私が頷くと、ソンツァ殿下の瞳が輝いた。

「賭ける価値はある。最悪、彼女だけでもいいんだ。邪竜との戦闘を生き残り、その場で何が起こったのかを伝えられる者が現れれば──」

「ソンツァ。お前が言いたいことはわかる。だが、私は賛成できない。今回の邪竜の活性化は、今までとは様子が違う。討伐後にこそ、彼女のような逸材が必要になる可能性のほうが高い。万が一にも、失うわけにはいかない」

「だが、俺は邪竜討伐における、この無慈悲な連鎖を断ち切りたいんだ。きっかけが欲しい!」

 呻くように告げて、ソンツァ殿下が唇を噛む。

 その表情は、己の意見が無謀だということを、理解しているものだった。

 重苦しい沈黙が、議事室に満ちる。

 窒息しそうな空気を揺らしたのは、いままで石像のように立っていたザモークさんだった。

「両殿下の意見が対立していることはわかりましたが、そもそも聖女ラフィカは、まだ何も返答してませんよ」

 今はまだ、それを議論する段階ではないという指摘に、双子の王子は微かに目を見開いてから、取り繕うように居住まいを正した。

 仕切り直すように、ルナー殿下が小さく咳払いする。

「すまない、困惑させたな。だが、選択する上で、知っていていい情報ではあったと思う。国に属することを選べば、君には邪竜討伐に参加してもらうことになるからな。選ばなかったとしても、我々は君の尽力を希うだろう。その上で、決めてもらいたい」

「私は──ぉう!?」

 決意を込めて発言しようとした私の腕を、シュティル様が思いきり引く。仰け反りながら横を見ると、シュティル様が何かを訴えるような目で私を見つめ、首を振った。

(シュティル様……?)

「この選択は、どちらを選ぶにしても彼女にはとても重いものになります。どうか今暫く、返答に猶予を」

 ついさっき、この場で返答が欲しいなら──と両殿下に説教をしていた口で、延期を希望する。

 掴まれた腕から、シュティル様の焦りと迷いが伝わってきて、私はとても温かい気持ちになった。

(ああ、私を心配して、今一度、私を説得する機会が欲しいと思ってしまわれたのね)

 それが無駄だと、わかっていても。

「シュティル様、未熟な私を心配してくださって、ありがとうございます。ですが、私がなにを望んでいるか、貴方はもうご存じのはず」

 腕を掴んでいた手に手を重ねて、優しく握る。

「本気だと、いうことも」

 真っ直ぐに瞳を見つめると、シュティル様は苦しげに顔を歪ませたあと、諦めの脱力と共に腕を放してくれた。

「……己が未熟であることを、忘れてはいけませんよ」

「はい」

 私たちのやりとりを黙って待ってくれていた、両殿下に向き直る。

 私は深く息を吸い込んで、改めて自分の選択を口にした。

「私は、国には仕えません。ですが、邪竜討伐には参加させていただきます」

 ほんの一瞬、国に取り込み損ねた無念を表情に滲ませたが、ルナー殿下は瞬き一つで気持ちを切り替えたようだった。

 私に向き直り、丁寧な一礼をする。

「聖女ラフィカ。貴方の決断に、感謝と敬意を。数日中に、協会経由で契約書を送らせてもらう。貴方が支援に加わってくれるのであれば、より多くの騎士、冒険者が生き残るだろう」

「あ、いえ。私が希望するのは本隊です」

「は?」

「え?」

 私の言葉に、なぜかそれを望んでいたはずのソンツァ殿下まで間の抜けた声を出す。

 揃って向けられた紫の双眸にはさすがに気圧されて、私は半歩下がってしまった。


またぼちぼちと更新していきますので、ブクマや評価をしていただけると単純なのでやる気が出ます。

よろしくお願いします。

あと誤字脱字!誤字脱字報告もどうか!!貴方の目が頼りです!!!!

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