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聖女とは仮の姿ッ  作者: 夜月ジン
覚醒編
25/72

意味がわからない

 湿った重い音をたてて、魔氷熊(まひょうぐま)が落ちる。

 俺と、ハジュール副隊長と、ラサーさん。

 それぞれが絶句したまま視線を向けた先で、ラフィカはくるりと振り返って俺を見た。

「一人で倒すって宣言した矢先に、手伝わせちゃったわ。格好悪い」

「問題はそこではないと思う」

 即座にそう突っ込めた自分を、褒めたいと思う。

 続く言葉が思いつかなくて落ちた沈黙に、一人の気配が近づいてきた。

 振り返った先で、無言の副隊長と目が合う。

 向けられた呆れ混じりの眼差しに叱責の気配を感じて、ピリっと背筋が強ばった。

「セルツェ。気持ちはわかりますが、討伐確認を怠られては困りますよ」

 言われてから、己の失態に顔を顰める。

 すぐさま魔氷熊に駆け寄り、確実に絶命していることを確認する。

 衝突の衝撃を物語るように頭部は原形を留めていなかったが、強靱な筋肉と皮膚のおかげか、首は繋がったままだった。

「ちぎれていたら、回収に苦労したでしょうね」

 ふと思ったことを言葉にされて、思わず顔を上げる。

 どこか複雑そうな面持ちで副隊長が脇に立ち、それについてきたらしいラフィカもひょこりと顔をだした。

「ごめんなさい、そこまで考えてなかったわ」

「いや、そもそも君のその力はなん──」

 俺の疑問を、副隊長の手が止める。

 なぜと思って見上げたが、彼の視線は周囲を巡っていた。

「訊きたいことが山ほどありますが、ひとまずは移動しましょう。他の魔物が集まってくる可能性は高い」

「そうですね。申し訳ありません」

「ラサーは要救助者三名を運ぶので手一杯でしょうから、聖石で結界を張った上で貴方の魔法で凍らせておくしかありませんね」

「わかりました」

「あ、浄化させてください。練習したいです!」

 ぱっと手を上げて、会話に割り込んできたラフィカを二人で見下ろす。

 副隊長は一度見た者の顔は決して忘れない。

 ラフィカが大型大角猪討伐のときに遭遇した冒険者で、なおかつ後覚醒したばかりの聖女だと、気づいているはずだ。

「…………魔力は大丈夫なのですか?」

 山ほどの疑問を呑み込んでの一言だとわかる間をあけて、副隊長が問いかけた。

 ラフィカは少し自分と対話するような間を経てから、大きく頷く。

「精神的な疲労感はありますが、魔力は全然大丈夫です」

「なら、お任せします。失敗しても聖石がありますから、安心してくださいね」

 余計な緊張をしなくていいようにと、優しい一言が付け足される。

 その意図を汲んだラフィカが、花がほころぶように微笑んだ。

「はいっ。聖石を無駄にしないですむよう、頑張ります。──慈悲深き女神エテルノよ、その優しき息吹をここに。第一の加護・浄化!」

 杖を構えて言葉を紡ぐ姿は研修中の聖女の初々しさそのものだったが、発動した浄化魔法はえげつなかった。

(は?)

 ぶわっと一気に広がった光の波が、魔氷熊だけではなく瘴気に汚染されてどす黒く変色していた大地まで浄化する。

 足下から吹き上がった清浄な風に言葉を失っていると、ラフィカは慌てた様子で杖を腰帯に吊していた。

「あ、いけない。勢いで杖使っちゃった」

 魔導師や聖女が、魔導具の杖を補助に使うのはよくあることだが、それにしたって何かがおかしい。

 再び増えた疑問に戸惑ううちに、浄化の光は収まっていた。

「ちょっと間違えて範囲魔法になっちゃいましたが、成功した気がします!」

「そう……ですね。お見事です。魔力も……大丈夫そう、ですね?」

「? はい」

 こんなにも肝を抜かれたような声で話す副隊長など初めてみたが、この状況では誰でもそうなるだろう。

「なんだ、今の。浄化魔法だよな?」

 かけられた声に反応して振り向くと、ラサーさんが立っていた。

 背後には意識のない三名の冒険者が横たわっているラグマットもどきが浮いている。面積的に三人とも足がはみ出ているが、不安定な様子はない。

 ラサーさんの中指にはめられた指輪が発する魔力光に追従しているそれは、重量三百キロまで運搬可能という、布の運搬系魔導具としては規格外の性能を誇る一品なのだ。

 惜しまれるのは携帯性を重視しすぎて魔石を填めるための装飾部分がないため、使用者自身に相応の魔力がないと使えない──というところだろうか。

 故に第三部隊では購入を見送ったが、ラサーさんは一目惚れしたらしく、黄金月にあった大討伐の特別賞与を総てつぎ込んで購入していた。

 相当なお気に入りのようで、購入以来、恋人からもらった手布かなにかのように、大事に鞄にくくりつけて携帯している。

 ただの巡回で百キロ単位の運搬系魔導具を用意することはないので、今回はまさかの大活躍だ。

 なにより、他に運搬手段があるときは頑として使わなかったそれに、ためらいなく血まみれの三人を乗せているところに、ラサーさんの為人(ひととなり)を見た気がしてじんとしてしまう。

(血の汚れを落とす薬液って結構高いんだよな……予備があったはずだから、あとで渡そう)

 副隊長も同じ事を考えていそうだな、と思っていたら、脇から嬉しそうな声が上がった。

「わぁ。それってもしかして、ウーツィヤの布ですか!?」

「え? あ、ああ。よく知ってるな」

 思いがけない言葉に、ラサーさんだけでなく俺と副隊長まで驚く。

 ラフィカに視線を向けると、物凄く嬉しそうな顔をしていた。

「まさかこんなところで役立っている姿が拝めるなんて! 姉が珍しく魔導具展の競りに流した魔導具だったので、記憶に残ったんです」

「は? 待て。その話し詳し──」

「ここを、離れるのが、先です! 気持ちはわかりますが!」

 瞠目し、食いつくように一歩前に踏み出したラサーさんを遮るように、副隊長が語尾を強めて言う。

「す、すまん。そうだな。一応、回復魔法は施したが、マリーナフカ嬢は増血剤を投与したほうがいい」

「マリーナフカ……? ザモークさん!」

 ラサーさんの一言に、副隊長が凄まじい勢いで寝かされている三人に視線を向ける。

 そのまま駆け寄り、壮年の男性に顔を寄せた。

 そこでようやく、俺も彼が「粉砕のザモーク」だと気づく。

 冒険者達の憧れであり、「ヴェーガの瞳」のリーダー。

「なんてことだ。貴方ともあろうお人が、瘴穴で負傷するなんて!」

 動揺を隠せず、副隊長が零す。

 微かに滲んだ失望に、むっとした声が上がった。

「二回目の噴き上げを見ておられなかったんですか。凄まじい濃度だったんですよ? あれから私とマリーナフカさんを護るために、外套を手放されたんです。命がけだった。失態みたいに言わないで!」

「すみ、ません。二度目の瘴穴の噴出は把握していましたが、仔細までは……。話は後だと私が言ったにも拘わらず、事情を知らぬまま不躾な事を言いました。許してください」

「……本人の耳には入っていないので、私の胸の内に収めます。二度と、彼に勝手に失望しないで」

 鋭い輝きの瞳に気圧されるように、副隊長が頷く。

 睨まれた当事者でもないのに俺もラサーさんも気圧されていたので、その迫力は本物だろう。

「……剣、拾ってきてください」

「え?」

「ウーツィヤの布は三人を運ぶので手一杯だから置いていこうとしているみたいですけど、貴方が持てばいいわ。運んで」

 言いながら、遠くに放置されている大剣をラフィカが指差す。

「ラフィカ、無茶を言うな。宿舎に戻るまで魔物と遭遇しない保証はないんだ。あんな重い物を持っていては対処出来ない」

 思わず口を挟むと、ぎっと睨まれた。

 胸の内に収めると言ったくせに、微塵も許している気がしない。

「襲撃の対処は、セルツェがやればいいでしょう」

「いや、当然俺も警護に回るが、万が一のとき、危険に晒されるのは動けない彼らだぞ」

 俺の一言に、ラフィカが自分の怒りを収めるように長く息を吐いた。

「それもそうね。いいわ、私が持ってくる。その間に、セルツェはその熊を凍らせておいて」

「……あ、ああ」

 引き留める間もなく駆け出されてしまい、間の抜けた返事をする。

 どんなに短い距離だろうが聖女が単独で動こうとするなどあってはならないことだが、副隊長が傍についていったので、仕方なく俺は魔氷熊を凍らせる作業をした。

 魔力によって生成された氷なのでそうそう砕かれはしないが、一応と厚めに覆う。

 すると戻って来たラフィカが、眉を顰めた。

「それじゃ運べないじゃない」

「いえ、置いていきます。あとで回収に戻る予定です」

 すかさず副隊長が告げると、ラフィカは首を左右に振った。

「ごめんなさい、私の言葉が足りなかったわ。どうせ私は戦力に入っていないのでしょうから、私が運ぼうと思ったのよ。大きさ的に背負えないから、台車にしてもらえる?」

「は?」

「いやいやいや」

「あ、君もウーツィヤの布を?」

 ラサーさんの一言で、そういうことかと納得しかけたが、ラフィカはあっさりと「あれは一点物よ」と言った。

 意味がわからない。

 だが、信じられない膂力を見せられてはいるし、実際に今、彼女は十キロはありそうな大剣を魔氷熊に引き裂かれていたらしい外套で器用に包んで背負っている。

 ついでのように大きめの荷物袋まで肩に掛けているのに、ラフィカの顔に辛そうな気配は微塵もなかった。

 副隊長と見つめ合ったが、どこか諦めたような顔で頷かれる。

「無理だったら、言ってくれ。俺も魔力を無駄にするわけにはいかない」

「わかった。ていうか、氷で台車って造れるの?」

「君が造れと言ったんじゃないか」

「そうだけど……私、魔法のことを知らなすぎて、万能みたいに思ってしまっている節があるから。出来ないことはできないと言ってね」

「それくらい、出来るさ」

 命令した後で出来るのかと聞くなんて、なんだか理不尽だ。

 実際、非常に繊細な作業になるので難易度は高かったが、少し意固地な気持ちになってしまい、俺は無駄に緻密に形成してしまった。

「わぁ、器用ね」

 素直な感動と共に驚かれて、溜飲が下がる。

 我ながら子どもっぽいことをしてしまったが、ラサーさんも感心してくれていたので少し安堵した。

「魔力を余計に使うのは、感心しませんよ」

 ほっとした矢先に副隊長に釘を刺されてしまい、もっともな意見なだけに俺は頷いた。

「申し訳ありません」

「まぁ、無事に戻れたら不問にします。女性に良いところを見せようとする貴方という、面白い物が見られましたし」

「えっ」

 ぼそりと付け足された一言に、瞠目する。

 一気に羞恥が湧いて否定しようとしたが、「斥候します」と言い置かれて移動されてしまったため、俺はラフィカの傍につくしかなかった。

「本音を言えば、ザモークさん達の傍にいて欲しいけれど、騎士が聖女を護るのは職務だものね」

 納得を口にしつつも、どこか不満げな声音に眉尻が下がる。

 緊張も怯えもない横顔がとても頼もしく見えて、不思議と俺の体からも余計な力が抜ける気がした。

(元冒険者とはいえ、聖女としてもまだまだ未熟なはずなのに──)

 隣に並ばれることに妙な安堵すら感じて、俺は首を傾げた。

 苦手に思っていた健気な決意を秘めた眼差しが、彼女の瞳からは感じられないからだろうか。

「セルツェ? ごめんなさい。少し嫌味な言い方だったかしら」

「いや、すまない。別の事を考えていた。それと、ラサーさんはとても優秀な人だし、俺たちが彼らの後ろにつくんだから、結果的に一番安全でもある。だから安心していい」

「そうね、それもそうだわ。ありがとう」

 感謝を告げてくれながら、ラフィカが荷物袋を漁って頑丈な革紐を取り出す。それを器用に氷の台車に結びつけると、あろうことか片手でそれを引いた。

 そして当然のように、車輪が動き出す。

「うん、全然平気ね」

 固唾を呑んで見守っていた俺とラサーさんに気づきもせずに、ラフィカは満足げに頷いていた。

 その後も、多少の段差や隆起など物ともせずに、台車を引いていく。

(本当に、意味がわからない)

 何度となく脳裏に浮かんだ思いを、頭を振るって追い払う。

 犬でも散歩させているかのように台車を引くラフィカに気を取られないようにするには、かなりの集中力が必要だった。


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