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聖女とは仮の姿ッ  作者: 夜月ジン
覚醒編
16/72

意外な再会

 シュティル様と心を通わせ(?)合った後、部屋に戻ると、彼女は戸棚に並べられていたかわいらしい木彫りの小鳥を一羽手に取った。

 そのまま窓に向かい、開く。

「ラススヴェートを呼んできてちょうだい。大至急よ」

 吹き込むように小鳥に囁くと、ぱっと青白い魔法陣が弾け、木彫りのはずの小鳥が飛び立った。

「それ、魔導具だったのですね」

「ええ。かわいらしい上に便利でしょう? 伝言用に作ってもらったのよ。ああ、どうぞ、ソファに座って。彼が来るまでお茶でも飲みましょう」

 向かい合わせにソファに腰かけ、温かい紅茶をご馳走になる。

 雑談をしつつの一杯が飲み終わる頃、扉がノックされた。シュティル様が返事をすると、一人の男性が姿を現す。

 見覚えのある顔に、私は目を瞬かせた。

「シュティル様、仕事中に学院に呼び出すのはやめてくださいと──」

 視線が合った瞬間、ぶはっと噴き出される。

 心外だったが、なぜ笑ったのかを察することは出来たので、私はぐっと耐えた。

「マールスの娘じゃないですか!」

「えっ」

 男の発言に、シュティル様が目を丸くする。

「違います!」

 私が慌てて否定すると、シュティル様は「そうよね。年齢的にあり得ないわ」とすぐに平静を取り戻していた。

「ラススヴェート、年頃の女性を見るなり笑うなんて、失礼にもほどがありますよ」

「も、も、申し訳ありません。ちょっと、すみません、少々お待ちを」

 言いながら背を向けて、栗色のおさげを揺らしながら肩を震わせる。

 シュティル様の咳払いを切っ掛けにようやく笑いを収めて、男は改めて私に向き直った。

「ご無礼をしました、お嬢さん。改めて、こんにちは。私はラススヴェート」

「ラフィカです。お久しぶりです、ラススヴェート様」

「……貴方たち、知り合いだったのね」

 立ち上がって一礼すると、どこか不思議そうな眼差しで、シュティル様が私とラススヴェート様を交互に見た。

 それもそうだろう。第三者からすれば、接点が謎すぎる。

「少し前にね。騎士団に違法魔導具使用の疑いで、拘留されていた時にお会いしました」

「まぁ、どういうこと」

「説明する前に、私に席を用意してもらっても?」

 あらごめんなさい、とシュティル様が私の隣に移動してくる。

 ラススヴェート様は空いた向かいのソファに腰かけると、私にも目で座るよう促してくれた。

 座るのをすっかり忘れていたので、慌てて腰を落とす。

 私との出会いについてラススヴェート様が簡易に説明すると、シュティル様は少しだけ私に同情の眼差しを向けた。

 同時に、とんでもないことを口にする。

「なるほど、マールス様は貴方の膂力を、魔導具が原因だと考えてしまったのね」

「ちょっ、シュティル様!?」

 余計なトラブルを避けるために、私が怪力だということは伏せましょうと、地下室からの階段を上るときにおっしゃったのは貴方ですが!?

 私の動揺に、シュティル様はただ微笑んで、言葉を続けた。

「大丈夫よ、彼には共犯者になってもらうから」

 私がえっという顔のままラススヴェート様を見ると、彼は眼鏡のブリッジ越しに眉間を押さえるような仕草をして、はぁーとため息をついた。

「シュティル様、また曾孫だからと私を厄介なことに巻き込もうとなさってますね?」

「厄介? そんなことはないわ。とても素晴らしいことよ。ね?」

 いえ、私に話を振られても。

 とりあえず、血縁かつ何度も似たような片棒を担がされている空気は察したので、信用はしてよさそうだ──ということしかわからない。

「ええと、その」

「困惑してるじゃないですか。貴方はいつも、唐突だ。教職でありながら、説明というものが足りない」

「失礼ね、授業ではきちんとしているわ」

 シュティル様に最初にお会いしたときに感じた、教師という言葉の具現化のような印象が、どんどん薄れていく。

 失望ではなく、意外という方向になので問題はないけれど、もう少し心の準備をさせて欲しい。

 ラススヴェート様が言った通り、事前に説明はして頂きたい。

「それで、今度はなんなのです? 先ほどの物言いだと、彼女はマールスが違法魔導具を使用したと勘違いするほどの怪力だと受け取れるのですが?」

「察しがいいわねぇ。曾孫が優秀で嬉しいわ。その通り、彼女はとても強い精霊の加護を受けているみたいなの」

「……なるほど、なぜそれ(・・)が彼女の傍らにあるのか、理解しました。ラフィカさんが、少し前に貴方が話していた、『将来有望そうな後覚醒の聖女』ですね?」

「ええ。ようやく現れた、聖杖の主です」

 ふふんと、自慢げに紹介されると少し恥ずかしくて、私は俯いた。

「一応、指摘しますが……」

「持てるのだから、所持する資格があります」

 言葉を阻んで断言したシュティル様を、ラススヴェートがじっと見つめる。

「適正者であれば重くならない仕様だと、シュティル様が判断されたと記憶しているのですが?」

「そう考えなければ、皆が絶望してしまうところだったからです。貴方だって、その一人でしょう? 使用方法を考えては返り討ちにされて、疲れ切っていた。『今は待つしかない』のだと、言い聞かせるしかなかった」

「それは、そうですが──。ラフィカさん。失礼だけれど、持ってみせてもらっても?」

 少し気まずげに答えてから、ラススヴェート様が私に問う。

 シュティル様に頷かれたので、私は聖杖を片手に立ち上がった。

 ラススヴェート様も同じように立ち上がり、目の前に立つ。

「魔力はもう込められているのですか?」

「はい。確かめますか?」

「ええ」

 私があまりに軽々と扱ったからだろう。ラススヴェート様は即座に頷き、私の手から聖杖を受け取ろうとした。

 そうして、ぐっと握り込んだ瞬間、息を呑む。

「冗談でしょう? これ、何キロあります?」

「六十キロです。正確には、六十二・三四キログラム」

 告げながら、右手の重量測定器を起動させる。浮かび上がった数字に、改めてラススヴェート様は絶句した。

「ね? 彼女には、資格があるでしょう?」

 シュティル様の言葉に、ラススヴェート様はただ頷いた。

「これだけ重いということは、魔力も相応にあるということだ。これは確かに、今は貴方が持つべきものです。どうか、活用してください」

「はい」

 真剣な瞳に気圧されつつ、かろうじて頷く。

 ラススヴェート様は聖杖から手を離すと、気持ちを切り替えるようにふうと息をついた。

「それで、私を呼びつけた理由はなんです?」

「そうそう、そうだったわ。ラフィカさんは色々あって、自分に与えられた加護を隠していて、使っていなかったの。だから──」

「なるほど、経験による感覚不足を補うための重量測定機──ということですか。となると、私には力を制御する魔導具の制作を?」

「一から十を察してくれる所はとっても素敵よ、ラススヴェート。だ、け、ど、女性の言葉を遮ってはいけないと、何度言えばわかるのかしら?」

 いつのまにか私の脇に立っていたシュティル様は、笑顔とはいいきれない笑顔を浮かべたまま、ラススヴェート様の口端をぎゅっと摘まんだ。

「もふひはへはひはへん!」

 すごい勢いで後退して手から逃れると、ラススヴェート様は赤くなった口端を手で覆った。

「やめてください、跡が残る」

「貴方がいつまでたっても無神経だからでしょう! そんなだから、恋人も婚約者もいないのですよ!」

「違います。私が興味を抱ける女性がいないだけです」

 男の矜恃なのだろうか。割と強めに否定して、ラススヴェート様はふんっと鼻息を荒くした。

「そうだといいけど。それから、貴方に頼みたいのは、魔導具の作成ではなく、ラフィカさんの能力の数値化だけです」

「なぜ? 大お婆様の頼みとあらば、それくらいの制作時間は割きますよ?」

「だめよ、貴方は忙しすぎるわ。あと、また大お婆様と言ったら殴るわ」

「蔑ろにされた気がして、口が滑ったんですよ。というか、呼びつけておいて、それを言いますか」

「休ませる為よ、察しなさい」

 シュティル様の言葉に、ラススヴェート様は苦い顔をした。

「貴方もマールスも、心配しすぎなんですよ」

「なら、心配させないでちょうだい。貴方はすぐ魔導具制作に夢中になって寝食を忘れるのだから」

「……否定はしませんが。というか、規格外の能力を制御するための魔導具を、私以外に誰が作れるのです? 一応、秘密なのでしょう?」

「その、私の姉が」

 カナリス姉さんにはその時に、前世の記憶のことも含めて、総ての事情を話すつもりでいる。

 彼女は姉であると同時に、私にとって唯一無二の戦友でもあるからだ。

 カナリス姉さんがいなければ、私は石付きの冒険者には一生なれなかっただろうし、どこかで心が折れてしまっていたかもしれない。

「……もしかして、あの時、貴方が使っていた魔導具」

「ええ。姉が制作したものです」

 どこか探るような声音に戸惑いつつ答えると、ラススヴェート様はふむと、考える仕草をみせた。

「なるほど。あれほどの技術をお持ちであれば、制作は可能でしょうね。しかし、納得できるかは別です。忙しい云々は差し置いて、国家魔具師である私に、データ取りという雑務だけをさせるのですから、相応の見返りを要求しますよ」

「いいわよ。私にできる範囲で、ですけどね」

 シュティル様が頷くと、ラススヴェート様はにこりと微笑んだ。

 吊り上がった一重の、少し神経質そうな目元も、微笑めば和らぐ。

「では、今現在、聖杖に蓄積しているラフィカさんの神聖魔力で生成した聖石総てを、素材として提供してください」

 少し前に、最初に蓄積させた魔力は聖石を生成する授業で消費すると言っていたので、その流れを知っての申し出だろう。

 ちらとシュティル様を見ると、同じように私を見てくださっていた。

「かまわないかしら?」

「はい」

 わざわざ確認をとってくれたことを嬉しく思いつつ、頷く。

「それと」

「まぁ、まだあるの?」

「ありますよ。ラフィカさん、貴方のお姉さんを紹介してください」

「えっ」

 思わぬ言葉に私が動揺すると、慌てたようにラススヴェート様は言葉を付け足した。

「違う、違います。魔具師として、です。他意はありませんし、興味もありません」

「興味はお持ちなさいよ!」

 シュティル様の突っ込みを無視して、ラススヴェート様は「どうでしょうか?」と再び私に問いかけた。

「うーん……どうでしょうかね」

 正直に言うと、非常に難しい。

 カナリス姉さんは、本当に人見知りなのだ。

 魔法学院を卒業後、数多あった工房からの誘いを総て断って、自宅近くに自らの工房を作り、制作した魔導具を両親の店の片隅に置いてもらって生活しているくらい、他者との接触を好まない。

 己の実力を自覚しているため、わざと当たり障りのない日用品を作成しているあたりも、外注を受けたくないという心境の表れだ。

 しかし本当はごりごりの戦闘用魔導具を開発するのが好きなので、その情熱は総て私の装備品制作に注がれている。

(ああでも……ラススヴェート様なら、ワンチャンあるかも?)

 可能性を思いついたところで、ラススヴェート様と目が合った。

「難しいですか? あれほど素晴らしい魔導具を制作されるのに、無名という時点で理由があるのだとは思いますが」

「いえ、姉は極端な人見知りなんです」

「人見知り……。ああ、確かに。魔具師というか、職人に多いですよね。制作以外のことが苦手というか、興味がないというか」

「それです。正に。元々内気な性格だったのもありますが、今は職人気質のそれに近いと思います。制作費用を稼ぐために、当たり障りのない携帯品や日用品も作りますが、本当は自分が作りたいものだけを作っていたいと、いつも嘆いているので」

「魔導具は素材によっては費用が馬鹿みたいにかかりますからね。好きに作った物を売れればいいのでしょうが、そうすると目立ってしまう。……なるほど、理解しました。会いたければ、誘惑するしかないということですね?」

「言い方に多少物言いをしたい気持ちはありますが、その通りです。そもそも、国家魔具師に会えるというだけで、だいぶ気持ちは揺らぐと思います。魔導具の話となると、私では聞いてあげることしか出来ないので」

「なるほど、それにもう一押し加えればいい、と。アドバイスを希望しても?」

「喜んで。姉はもう少し、他人と関わるべきだと思うので」

「では、あとで釣り餌について相談しましょう」

「言い方に多少物言いをしたい気持ちはありますが、了解しました」

 会話に区切りがついたところで、シュティル様が立ち上がった。

「では、さっそく始めましょ。魔導具の制作期間を考えたら、はやくしないと始業に間に合わないわ」

「はい」

「では、この学院の工房の実験室をお借りしましょう。シュティル様は、使用許可申請をしてきてください。私はラフィカさんを案内しておきます」

「わかったわ」

 シュティル様は戸棚の小鳥を新たに一羽選びながら、頷いた。

 先触れを出し、鍵を用意してもらうのだという。

 そうして、廊下の途中でシュティル様と別れ、私はラススヴェート様と一緒に別の棟へと移動した。


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