ウートラの聖杖とその使用資格について
「冗談ですよね?」
言われた言葉の意味がわからなくて、間の抜けた声を出してしまった。
私の反応に苦笑しつつ、シュティル様が首を横に振る。
「冗談でこのようなことは言いません」
「で、ですが」
動揺を隠しきれない私の手には、ウートラの聖杖が握られていた。
家族に聖女として覚醒したことを告げ、各々が運命の岐路に立たされてから五日後の今日である。
学院からの手紙は翌日の早朝に届き、一晩経っても放心していた家族に現実を突き付けた。
十三のときに発露していたならば喜び一色であったはずの出来事も、時機を逸してしまえば戸惑いが勝る。
最初に開き直ったのはカナリス姉さんで、援助金で思うさまに魔導具の開発ができる! と笑顔を見せてくれた。
申し訳なさと戸惑いでいっぱいだった私を気遣っての、不自然な明るさだったが、本心でもあるだろう。
それをきっかけに両親も腹をくくり、今後について話し合いを始めた。
そんな家族の姿を見てしまえば、私とて新しい運命を受け入れて奮起せざるを得ない。
(騎士の称号を得る初めての聖女として、私は歴史に名を刻むのよ!)
鼻息荒くそう決意し、私の学院での寮生活が始まった。
荷ほどきを終える頃には緊張もほぐれてきたので、改めてとシュティル様のところにご挨拶に伺ったのが、十分前。
部屋に現れた私を見るなり、シュティル様は挨拶もそこそこにどう見ても隠し部屋であろう地下の通路を開けた。
戸惑う私の背を押して階段を下って辿り着いた部屋には、ウートラの聖杖が安置されていた──というわけだ。
神聖魔力を量ることにしか使えていないとはいえ、国宝級の魔導具の安置場所に案内されて困惑する私に、シュティル様はただ「それを持ってみてちょうだい」と告げる。
そうして、どこか真剣な眼差しに気圧されるように、私はそれを右手に持ったのだ。
その瞬間、シュティル様は一度だけゆっくりと瞼を閉じた後、信じられないことを口にした。
「それはもう、貴方のものです。今日から貴方が使いなさい」
──と。だから私は「冗談ですよね?」と聞き返したのに、彼女は無情にも首を横に振ったのだ。
「いや、これ国宝ですよね?」
「ええ、はじまりの聖女が遺したものですからね。けれど、ただ飾られているだけの魔導具ほど無価値な物はないのですよ。使える者が現れたのなら、使って頂かないと」
理屈はわかるが、それがなぜ私になるのだろうか。
意味がわからない。
「貴方は結構、根が素直なのね。重さで魔力を量るなんて、建前に決まっているでしょう? 被検者の筋力で持てなくなってしまったら、それ以上をどう測定するというの?」
「……言われてみれば、そうですね」
もっともな話だ。そもそも、魔力を測定する魔導具は、各属性との相性すら識別できるほど精緻な結果をだせる物が存在している。
「ウートラの聖杖の本来の能力は、神聖魔法の均一広域化よ」
「均一……?」
魔法広域化の補助をする魔導具は多いが、均一という単語はまずつかない。耳慣れない言葉に思わず聞き返すと、シュティル様はどこか誇らしげに微笑んだ。
「そう。普通、魔法は広域化させると、発動元から距離が離れるごとに効力が弱まってしまう。けれどこの杖は魔力を杖に充填させることで人体からでは不可能な範囲、速度で魔力を均一に拡散し、魔法を展開させるの。だから魔法の効果範囲であれば、貴方の隣にいようが五メートル先にいようが同一の治療を施せる」
「え、それって、めちゃくちゃすごい魔導具じゃないですか!」
本来であれば最低ラインの魔法効果を意図した範囲まで展開させたい場合、倍の範囲を想定して発動させなければならない為、時間短縮にはなるが魔力の消費量が凄まじいのだ。
けれどこの聖杖ならば、その無駄が発生しない──ということになる。
希少さだけではなく、性能も国宝級だ。
(そんな便利な魔導具を、なぜ眠らせているの?)
疑問が顔に出てしまったらしく、問いを口にする前に答えが返ってきた。
「最初に言ったでしょう? 重くて持てないからよ。この聖杖の発動に必要な魔力を蓄積させること自体は、どの聖女でも時間をかければできるの。けれど、それほどの魔力が聖杖に満ちると、今度は持てないのよ」
「何人かで──」
「それも言ったわ。神聖魔法は、僅かでも異なる思念の干渉を許さない。だから、一人で持てなければ神聖魔法は発動しない。貴方が聖女ニフリトと蘇生魔法を発動させたのは、本当に例外中の例外なのよ。貴方が神聖魔法を扱えるようになった折に再検証し、結果次第では協会に報告しなければならない程度にはね」
「教会? エテルノ教会にですか?」
なぜと思ったが、すぐにその間違いに気づいた。
神聖魔法のイレギュラーを報告すると言ったのだから、それは教会ではなく、協会のほうだ。
ウートラと同じく、はじまりの聖女の一人の名を冠する、聖ペルヴィ協会。
聖女の聖女による、聖女のための組織。
「あ、勘違いを理解しました。話の腰を折ってすみません」
「いえ、私も言葉が足りなかったわ。──話を戻すわね。『使用条件を満たすと重くて持てなくなる』というウートラの聖杖の特質を、私たちは最終的に『相応しくないから重くなる』のだと仮定したの。だから、聖女として学院に来た少女全員に、必ずこれを握らせることを義務としたのよ。いつか現れる、この聖杖に相応しい聖女に渡すためにね」
「なるほど」
「魔力測定の一環だと偽ったのは、選ばれなかったことで失意させてしまうことを避けるため。幼いなりに、希望と使命感に満ちて学院に訪れた聖女の卵の心に、不要な影を落とすわけにはいかないもの」
教師の顔でシュティル様がそう告げる脇で、私は背中に冷や汗をだらだらとかいていた。
(待って、その話の流れだと、本当に相応しいなら重くないってことよね?)
私は今、片手で持っているけれど、その理由が相応の膂力を有しているからだと理解している。
右手の腕輪に魔力を少しだけ通すと、填め込まれていた魔石の上で小さな魔法陣が展開し、その上に更に重なるように数字が浮かんだ。
(……六十二キロ)
この腕輪は今までの貯蓄と、学院からの手紙に同封されていた支度金の一部を使って購入した、重量測定の魔導具だ。触れたものの重さを、即時に計測してくれる。
本来なら運搬などの仕事をする人達が、手早く荷物の重さを量るのに使うものだ。
(この重さを普通に持つのは、確かに無理ね)
身体強化の魔法を使ったとしても、一般的な筋力の女性であれば、ほぼ不可能に近い。仮に持てたとしても、体への負荷を考えれば勢いで一瞬浮かせる──といった程度だろう。
持ち歩くことはとても出来ない。
(しかしこの魔導具、買う切っ掛けになった杖に最初に使うことになろうとは……因果だわ)
推定五百キロを持てたことを鑑みて、一トンまで量れる業務用を選んだため馬鹿みたいな値段がしたが、思い切ってよかった。
シュティル様に怪我を負わせてしまったことを猛省した私は、持つ物の重さや、触れる物に対して込めている力を強く意識するようになった。
込める力のほうは、今のところ問題はない。
込めようと思った以上の力が、勝手にはいることはないからだ。
ただ、怒ったり平静さを欠いたときに、咄嗟に出る力が危ない気はしているので、加減を覚えるまでは力を制御できる魔導具を用意したほうがよさそうではある。
(一応、姉さんにそれとなく相談はしたけど)
工房の改装計画に夢中だった背中を見るに、一連の物事が落ち着いた頃、もう一度打診したほうがよさそうだ。
「だからね、ラフィカさん。聖杖が貴方を選んだ以上、それは貴方のものということなの。尻込みする気持ちはわかるけれど、使えるならば活用してもらわないと、それこそ国宝である意味がないのよ。もちろん、使いこなすための指導や訓練はきちんと行います」
「ですが、演習場からここまでは誰かが運んだのですよね? その方はどうしたのですか?」
僅かに思考がズレていた隙に話を纏められそうになって、慌てて新たな疑問をぶつける。だがそれは、すぐに解決してしまった。
「学院の警備の方に頼んで、運んでいただきました」
「あ、持つだけなら、誰でも持てるのですね」
なんとなく、聖女以外が触れようとすると、血印登録した魔導具と同じように弾かれるのではと思ってしまっていた。
「ええ、幸いなことに。けれど、軽くする作用をもつ魔法効果は間接的であっても尽く無効化されてしまう」
「うわぁ……徹底してますね」
「本当に。だから、いつもであれば鑑定したあとすぐに、聖石の生成方法を教えるついでに消費してしまうの」
「なるほど。昨日は私が動揺してしまったから、それができなかったのですね。重ねてご迷惑をおかけしました」
「いいのよ。そもそも、本来であれば最初の授業でやるべきことを、貴方への興味が尽きなくて、あの場で持たせてしまった私の落ち度だわ」
にこっと微笑んで、少女のような好奇心をのぞかせてくる。
大人の女性のこういう姿は大変にかわいらしいと思うが、ふと、若い頃はたいそう周りを振り回したのでは? と想像がついてしまった。
「そ、そうだったのですね」
「結果的には大満足なのだけれど、残された聖杖を運ばされた警備員三名はとばっちりだったわね」
言外に怪我など微塵も気にしていないと伝えられて、思わず眉尻を下げてしまう。
重ねて謝罪したくなったが、シュティル様がそれを望まないことは明白だったので、私は次いだ言葉を拾うことで会話を流した。
「三名……ですか」
六十キロを安全に運ぼうとすれば、確かに三人いた方がいいだろう。
それが国宝であるなら、四人で持ってもいいくらいだ。
落とせない緊張に青ざめながらここまで聖杖を運んでくれた、名も知らぬ警備の方々に、私は脳内で合掌した。
「そうよ。屈強な男性が三名がかりで運ぶ重さだった。そういう意味でも、貴方は本当に魔力量が優れていることになるわね。あの短時間で、あれほどの重さにできたのだもの。正に、聖杖を扱うに相応しいわ」
あれほどがどれほどなのか私にはわからないが、「持てる」というだけで所有権を譲られるのは困る。
私の場合、条件達成の理由が詐欺だ。
「いえ、あの、違うんです! 私は選ばれたわけではなくて、持てるだけなんです!」
「何が違うというの? 選ばれたから、持てているのよ?」
「ええと、だから、私が持っている時だけ、軽くなっているわけじゃないんです。これ、ちゃんと、六十キロあるんです!」
訴えと共に腕輪の数字を見せると、ようやくシュティル様の表情に困惑が滲んだ。
「重量測定の魔導具? なぜこんなもの……いえ、これは、どういうこと?」
「実は──」
そうして私は、私がかなりの膂力を有しているということをシュティル様に説明した。
もちろん、「前世ノ記憶ガー」とか、怪しさ爆裂の要素は総て端折った、でっちあげ話を、だ。
「──と、いうわけなんです」
人差し指を唇にあて、シュティル様が思案顔で視線を床に落とす。
「……なるほど。子どもの頃から、とても力が強かったのね?」
「はい。それで一度、友達に大怪我をさせてしまったことがあったんです。それ以来、怖くてひたすら隠していました」
もちろん、嘘だ。だって泉の女神の加護が発露したのは、聖女になったのと同じ日──。
そう思い返していた瞬間、ある閃きが私の脳内を駆け抜けた。
(おな、じ……? 待って、同じ日だわ)
セルツェの背を突き抜けていた角が私を殺そうとした瞬間、私の中で何かが弾けて、私は類い希なる膂力を得た。
前世の記憶を鍵として、エレジア様が加護を封じていたと私は判断したけれど、もしそれが、一緒に聖女としての資質も封じていたのだとしたら?
(でも、エレジア様は、私が聖女になることを推していたわ。力を封じるのはおかしい)
結局は膂力を与えることに折れたけれど、どっちにしろ女神エレノアが聖女の力を与えるだろうとも言っていた。
(私が、哀れな死に方をしたから──って)
聖女の力は血で受け継がれるはずなので、妙な言葉だ。
血とは別の判断基準が、女神側にはあるのだろうか。
(いえ、それは別にどうでもいいわ。問題は、なぜ一緒に封じられていたのか、よ)
おかげで私の人生計画が二転三転、だ。
(単純に考えるなら、聖女の資質まで封じてしまったのは、事故──かしらね。思い出せる限りのエレジア様の言動から考えても、意図したとは考えにくいわ)
結果としては良い方に転がっていると言えなくもないのが救いだが、やはりいつか必ず、一度は会いに行かねばならないだろう。
「そうして、力を隠しながら成長した貴方は、お母様の体験談に影響を受けて、冒険者になった?」
「そうです。心のどこかで、この力を役立てられないかと考えていたのかも知れません。魔物を討伐する仕事に就きたくて、幼心に騎士を夢見るようになりました」
嘘に真実を混ぜるのはとても大事なので、ほどよく織り交ぜる。
「けれど十三の時に、騎士になれないと判明した──」
その言葉選びに、シュティル様の優しさを垣間見る。何の資質もなかったのではなく、騎士になれなかっただけなのだ、と。
「はい。だから、冒険者になりました。その生活を通してようやく、自分の力と向かい合い始めたところだったんです。その矢先に色々なことが起こり、ここへ連れてこられました。そして、力への自覚が未熟だった私は、シュティル様に怪我を負わせてしまった」
口にしたことで、あの時の光景が脳裏に蘇る。
そこが日常であったからこそ、怪我を負わせてしまった驚愕と恐怖は大きかった。
「大丈夫よ、ちゃんと綺麗に治してくれたでしょう?」
優しい手が肩に触れ、撫でてくれる。視線を上げると、同じように柔らかな微笑みが向けられていた。
「その計量機は、貴方が力と向き合っている証なのね」
「……はい。未熟なうちは、力を制御するための魔導具も必要だと考えています。その制作は、魔具師の姉に頼む予定です」
「そうなの。なら、その魔導具の基準となるデータもここで取りましょう。大丈夫。どんな力でも使い方を正しく知れば、何も怖くないわ」
そう言われた瞬間、胸の奥に広がった安堵を、どう言葉にすればいいのかわからない。
ただ、自分で思っていた以上に、私はシュティル様に怪我を負わせたことに対して怯えていたのだと、自覚した。
人に害を与えるために、欲した力ではない。
大事な人達を魔物から護るために、私はこの力を望んだのだ。
(ちゃんと把握して、無意識でも調節できるようにならなきゃ)
そう考えることは出来ていたが、認識が甘すぎた。
「ところで、貴方にとって今の聖杖は軽い? それともある程度は重い物を持っているという感覚があるのかしら?」
ふいに問われて、改めて右手に持った聖杖を意識する。その上で、私は首を横に振った。
「まったくもって、軽いです。羽のよう──とまでは言いませんが、中身が空洞なんじゃないかしら? と思う程度には」
「ということは、まだおそろしく余力があるのね。現時点で肉体強化の魔法効果を大きく上回っているでしょうに、すさまじい筋力だわ。いえ、貴方の腕は細いし、これは筋力じゃないわね。相応の力を持つ精霊の加護を得ている──と考えるのが自然かしら」
そこまで考察してから、シュティル様は改めて私を見た。頭頂からつま先まで、ゆっくりと。
それから改めて目を合わせたが、何かに弾かれたようにぱっと顔を逸らせた。
「シュティル様!?」
「ごめんなさい、大丈夫よ。覗きすぎたみたいね」
「え、どういう……?」
「どうやら貴方の加護の主は、あまり存在を知られたくないようね。加護する者を増やして、力を誇示するタイプではないんだわ」
確かに女神ともなると、精霊ほど気軽に力を貸したりしないだろう。でも存在を知られたくない者もいる、というのは意外だった。
女神も精霊も、基本的にはその力を誇示し、敬われることを好むと思っていたからだ。
だから私は、エレジア様を架空の存在だと思っていた。
あまりにも失われる命が多い土地だったので、死者の魂と遺された者の心を慰めるために生み出された、架空の女神。
少なくとも私がそう思ってしまう程度には、その存在は死者への祈りの中にしかなかった。
だから、実在したとわかったあの瞬間、大して力の無い女神だと私は思ったのだ。
その存在を、誇示していなかったから。
誇示できるほどの力がないのだと、勝手に思っていた。
(でも実在して、私にこれほどの加護を与えてくれた)
己が見守る土地で、あってはならない事故が起こってしまったから、と。
(実際、話したときは自分の力に対して自慢げではあったのよね。声が裏返ってたから嘘だと思ったけれど)
力があっても、静かでいたい存在もいるのだと、初めて知った。
世の中、不思議でいっぱいだ。
こと、精霊や神の話となると、魔力のなかった私では想像にも限界がある。
「他者がこれ以上刺激するのはよくないわね。可能であれば、貴方自身が調べるといいわ。生まれたときからの加護なら難しいけれど、そうでないなら、なにか切っ掛けがあったはず」
「わかりました」
こればかりはがっつり思い出しているので、あとで場所を調べたら色々問い質しに行こうと思います!
「そして万が一、貴方の幼さを利用して非道な対価の契約が成されていた場合は、速やかに報告してちょうだい。必ず対処します」
「はい」
実際には非道どころか、私がごり押しして与えさせた加護なので、その類いの心配は一切ない。──ないが、なんて心強い一言だろう。
マールス様といいシュティル様といい、我が国の大人達はどうしてこんなに頼り甲斐があるのかと、誇らしくなる。
聖女としてこの国に貢献することに対し、一切の抵抗がないことの喜びを噛み締めつつ、私は手にしていた聖杖をそっと安置場所に戻そうとして──止められた。
チッ、さすがにバレるか。
「……シュティル様、止めないでください」
「貴方のものよ?」
にっこりと微笑まれたところで、無理です。
「いえ、ですから、私は選ばれたわけじゃないと」
「でも、持てるし、使えるだけの魔力もあるわ」
「そうかもしれないですが……でも」
固辞しようとした私の言葉を、そっと肩に触れてきた手が拒む。その指先に、ゆっくりと力が込められた。
「シュティル様?」
「……本音を言うとね、相応しいとか相応しくないとか、選ばれたとか選ばれなかったとか、くそくらえなのよ」
「へっ?」
上品な女性から発せられるには、あまりに威力が高い言葉を聞いてしまった気がする。
その驚きに硬直した私を尻目に、シュティル様は言葉を続けた。
「今までも、何度か実践投入させようと様々な試みをしたのよ?」
表情は笑顔のまま、柔らかかったシュティル様の声音に圧が加わっていく。
「使うまでは人員を投入して運搬し、大規模討伐の時に利用できないかとか、本当に、色々」
最終的には初段階に暗黙の了解で却下された『聖杖に直接、軽量化の魔法を付与』という禁忌に挑もうとした者もいた──と、真顔で語られて青ざめる。
姉から、魔導具に別の魔法を重ね掛けすることの難しさや、危険性を聞いたことがあったからだ。
相性によっては破損したり、大事故が起こる可能性だってある。
使用者を選定するために重くなる魔導具に、軽量化の魔法を直接施そうなんて、ただの破壊宣言だ。
今、私の手に聖杖が残っているので、思い留まったのだろうけれど。
「──試行錯誤の尽くが、だめだったわ。これが使えたら、救えた命が山ほどあった。本当に、なんなのこの魔導具? ゴミなの? 国宝がゴミってどういうことなのかしら? って聖女になってから八十年、ずーっと思ってたわ」
八十年!?
え、シュティル様って九十歳を超えてるの!?
さすがにそこまでのお歳にはみえていなくて(せいぜいが六十代前半だと思っていた)驚愕したが、それを表に出せる空気ではなかったので必死に呑み込んだ。
神聖魔力には、老化を遅らせる力でもあるんだろうか。
「だからね、使えるなら、使うのよ。資格なんていらないの。わかる?」
教師らしく、一言一句を教え込むように囁かれる。
そこには、有無を言わさぬ圧力がこれでもかと込められていた。
なんということだろう。私だって本音を言えば、使える物なら使いたい。
だがやはり、国宝である魔導具を、その資格も無しに使うことには抵抗があった。
「シュティル様。私……私、は」
一度身震いしてから、うつむけていた顔を上げる。
意志の強い栗色の瞳に、満面の笑みの私が写っていた。
「持てるのだから、資格があるってことで、良いと思いますっ」
そう告げた瞬間、私とシュティル様は教師と生徒ではなく、共謀者として──固い握手を交わしていた。
まず一歩。
素晴らしい魔導具を手に入れたことで、私は魔物討伐部隊に同行する可能性に近づいたのだ。