第006戯 ゲーム中毒者たち
「ようこそいらっしゃいました。雑誌記者の方ですね。どうぞどうぞ、隔離棟はこちらです。少し凶暴な患者もおりますのでご注意下さい」
メガネに白衣、禿頭といったいかにも精神科医然とした男が俺を案内してくれる。
人権的に敏感な精神病棟の取材に、これほど好意的な対応は珍しい。
病棟に入るとまず目に入ったのは、備え付けのクローゼットやチェストの引出を開けたり閉めたりしている男だった。
初めは何かを捜しているのかと思ったが、何度も何度も同じ箇所を開けたり閉めたりしている。
「ちゃらららん! 俺は小さなメダルを見つけた!」
そのうち、急に男が大声を上げたので俺はドキリとした。
「すいません。あの患者は自分がRPGの主人公で、引出やなにやらから大事なアイテムが見つかると思い込んでいるんです。あまり長期間何も見つからないと、おかしいおかしいと言って暴れ出すので、時折我々職員があんな風にアイテム風のものを入れておいてやるのですよ」
医者が俺に説明してくれる。
なるほど。噂通り変わった症状の患者が集まる病院らしい。
続いてやってきた少女が俺に話しかける。
「ようこそ、○○の町へ!」
「は、はい。こんにちは」
慌てて返事をした俺に少女は再び語りかける。
「ようこそ、○○の町へ!」
俺は会釈をして医者に問う。
「あれも患者さんですか?」
「えぇ。あの少女は自分がRPGの町の入り口にいるNPCだと思い込んでいるんです。何を訊いても、あの返事しかできません」
俺は驚くと同時に少し彼女が哀れになった。一体彼女に何があったのだろうか。
もうお気づきだと思うが、ゲーム中毒患者専用の精神病院なのだ。
ほとんどの入院患者はゲームのしすぎで心を病んでいるという噂だ。
「見たところRPGの中毒者が多いみたいですが、他のジャンルのゲームの犠牲者もいるんですか?」
「もちろんです。さっきの二人は大人しい部類ですから」
医者は俺を怯えさせるように言うと、更に奥に案内する。
そこには鉄格子で囲まれた個室が並んでいた。
「→PPP+K!○○拳! →PPP+K!○○拳!」
コマンドを入力する真似をしながら何度も壁を殴る男。何度手当しても無駄なのか、包帯塗れの拳は血まみれだ。
「出してくれ! 早く解毒剤を飲ませないと大統領の俺の娘がゾンビになってしまう!」
鉄格子に齧り付くように俺たちに喰ってかかる男。
他には、
モデルガンを乱射する振りをずっとしている男。
天井を何度もジャンプしてグーパンチしている男。
積み木を積んでは、一列並ぶと崩している女。
などなど多種多様なゲームに嵌まった患者達が俺の取材対象になってくれた。
「ありがとうございました。大変勉強になりました」
一通り見学を終えた後、俺は医者に頭を下げた。
ところが医者は急に恐ろしい顔付きになり、俺に襲いかかってきたのだ。
「貴様、政府の息のかかった者だな! この病院の秘密を知ったからには帰らせる訳にはいかん!」
「ちょ、ちょっと待って!」
首を絞められながら、俺は必死に助けを呼んだ。
「大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ってきた他の職員が数人がかりで医者を引き離し、すんでのところでに俺は助かった。
「本当にすいません。あの患者は自分をサイコホラーゲームの病院の院長だと信じ込んでいるんです。彼によるとこの病院は恐ろしい人体実験をしていて国家の転覆を企んでいるらしいのですよ。普段は大人しいので、隔離はしてなかったのですが……」
恐縮する職員に俺は言う。
「いや、逆にいい話の種になりました」
「なら、いいのですが……」
「それでは失礼します」
ところが、俺が最初に来た通路から帰ろうとしたその時、二人の別の職員が俺の腕をがっちりとつかんだ。
「な、何をする!?」
「帰るのはこっちですよ」
まさかあの医者の方が正しくて、職員もぐるだったのか。
俺はこのような時の為に用意してたスタンガンを取り出して職員の手にあてがった。
「おわっ!」
たちまち一人の職員が倒れる。
「こいつ、いつの間にこんなのを入手しやがった! かまわん! 縛って独房に入れちまえ!」
狂った職員達は一斉に俺につかみかかった。
俺は必死に抵抗したが多勢に無勢。
今や他の患者と共に鉄格子の中だ。
俺は虎の尾を踏んでしまったのだろうか。
しかしいつか、誰かが俺を救いに来てくれるに違いない……
今日は首からカメラを下げた見知らぬ男が来ていたから、あいつがその役目かもしれないな……
「あぁ。あの男ですか」
「自分をサイコホラーゲームに出てくる精神病院の謎を暴く正義の雑誌記者だと妄想しているという珍しい患者ですよ」