第002戯 我が家のダンジョン
私の家にはダンジョンがある。
一階の廊下の一番奥。古い鉄製の扉を開けると、暗闇に降りていく階段があるのだ。
物心がつく前、私は父と共に何度かそのダンジョンに足を踏み入れた記憶がある。
しかし幼稚園に上がる頃、今後は決してダンジョンには近づいてはいけないと父に教えられた。最下層にしかいなかった魔物が上層階に上がってきていると警告されたのだ。
もちろん当時はもっと簡単な言葉で言われたのだが「怖い魔物がいっぱいいる」と教えられれば、幼稚園児の女の子にはそれで十分だった。
同じ頃、母は家を出て行った。きっと魔物が怖かったのだろう。
しばらくすると父の言うとおり、時折ダンジョンからうめき声や悲鳴のようなものが聞こえてくるようになった。
そんな時父はナイフや包丁、時にはノコギリなどの武器、瓶に詰めた薬品や大量の食料などを持って、すぐ下の階まで上がってきた魔物を退治しにダンジョンに潜っていったものだ。
時には血まみれになって帰ってきた父を見て、私は誇らしく思った。
小学校一年生の時、一度だけ魔物が我が家に侵入してきた事がある。父が鍵を掛け忘れたのだ。
その魔物は長い髪を振り乱し、まるで映画で見た女のゾンビのようだった。
髪に隠れてよく見えない顔は火傷の跡が酷く、片目と鼻がつぶれていた。
更によく見れば右足は膝から下が無く、左手も手首から先が無かった。
そのゾンビは奇妙な声をあげ足を引きずりながら、よたよたと私に襲いかかってきたのだ。
父が不在だったので、とても怖かったけど、私は教えられた通り冷静に果物ナイフを手に取ると、ゾンビの目に突き刺した。
ゾンビは「どぉしてぇぇ」などと不思議な言葉を絶叫しながら息絶えた。ゾンビは頭をやらないと死なないのだ。
帰ってきた父は驚きながらも、私を褒め称えてくれた。
ゾンビの死体は父がダンジョンに持って行った。魔物の囮にするんだそうだ。
それから、父は次々と若い女の人を家に連れてくるようになった。
父は彼女達は魔法使いとか僧侶とかいう職業で、ダンジョンの攻略を手伝ってくれるのだと私に教えてくれた。
だけど戦士の父とはあまり相性が合わなかったのか、どの女の人も突然家に来なくなったのを覚えている。
そういえば母もよく父と言い争いをしていたのを思い出した。
小学二年生になる頃には、何度か知らない男の人たちが訪ねてくるようになった。
父は教えてくれなかったけど、私も少し大人になったので、それがテレビのニュースでやっている、女の人がいなくなる事件を調べている警察の人だということも薄々分かっていた。
きっと他のダンジョンから逃げ出した魔物に連れ去られたのだろう。
その点、うちの家は父が守ってくれているから安心だ。
警察の人も父に魔物退治をお願いにきているのかもしれない。私はますます父を尊敬した。
ただ、私には一つだけ不思議な事がある。
あのゾンビは私に襲いかかる時、確かに私の名を呼んだのだ。
彼女はどうして私の名を知っていたのだろうか。