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第001戯 ライフゲージ

「お隣、よろしいかしら?」


 出張先の地方都市。

 昼間の商談が上手くいかず、場末のバーでやけ酒を飲んでいた俺の隣に、こんな酒場に似つかわしく無い美女が腰掛けた。


「地元の人かい?」


 俺とてまだ若い男だ。こんな美女に話しかけられて嫌な気分になる筈も無い。少し気をよくした俺は追加でダブルを注文した。


「いえ、私はK県から仕事で来て……」


 少し離れた奥のボックス席で騒ぐ男達がやかましく、最後の方は聞き取れなかった。


「そうかい。俺もK県からなんだ」


「偶然の出会いに」


 軽く乾杯すると俺たちはとりとめの無い雑談を交わした。


 酔いも回ってきた頃、女は少し神妙な表情でこう言った。


「実は私、人殺しなの」


 突然何を言い出すのか。俺は驚いた。

 ボックス席は益々騒がしく、怒鳴り声のようなものも聞こえる。


「それも三人も殺してるの……信じてもらえないと思うけど、少し聞いてくれる? あなたのような人に、たまに話したくなるの」


 美女にそんな風に言われれば喜ばない男はいないだろう。

 俺は黙って彼女の話に耳を傾けた。


「最初は父親だったわ。私、幼い頃から彼に虐待されてたの」


 いきなり重い話だ。

 いくら美女でもメンヘラは勘弁だぞと俺が思い始めた矢先、それ以上の発言が彼女の口から飛び出した。


「来る日も来る日も虐められていたある日、父の頭上に何かグラフのようなものがあるのに気づいたわ。白い線で囲まれた横長の長方形の中に緑と赤の部分が混在して、その時の父のは丁度その色が半々くらいだったわ」


 メンヘラではなく宗教系か?

 俺が勧誘を警戒して顔を顰めたのを見て女は続けた。


「安心して。聞いてくれるだけでいいから……」


 俺の気持ちを察したのか女は少し微笑んだ。話し馴れているのだろうか。


「そのうち、母にも友人にも、どんな人の頭上にもそれが現れ始めたの。やがて気づいたのは、友人には緑の部分が多く、大人には赤い部分が多いこと。老人は緑の部分が少ししか無かったわ」


「まさかそれは……」


俺の言葉に彼女はコクリと頷く。


「RPGとか格闘ゲームとか、されるかしら? 丁度あんなゲームに出てくるライフゲージっていうの? それがリアルに見える体質みたいなの」


 そこまで聞いて俺は少し興味を覚えた。何を隠そう俺はゲームに目がないのだ。


「その頃、正直私は父なんて死んでしまえばいいのにって思ってた。でも父のライフはまだ半分もあったわ。まだ三十年も生きる予定だったの」


「そりゃあ辛かっただろうね」


 俺は大して感情移入もしていない軽い言葉を返す。


「えぇ、毎日が地獄だったわ。でもある日ふと思ったの。なら、私が殺しちゃえばいいじゃない。父の胸にナイフを突き立てる自分の姿を想像したわ……」


 女はグラスを一気に飲み干す。

 ボックス席ではさらに喧噪が増している。どうやらケンカが始まったらしい。


「すると、みるみるうちに父のゲージが減っていったわ。緑の部分はもう確認も出来なかった……」


 この女は小説でも書いているのだろうか。段々と結末が気になってきたので俺は黙って耳を傾けた。


「そこからはあんまり覚えてないんだけど、ライフゲージには逆らってはいけない気がしたの。私はその日の夜、泥酔して眠っている父の胸にナイフを何度も突き立てたわ」


「で? 君はどうなった?」


 そんなあから様に殺人を行えば、子供であっても鑑別所行きは免れなかっただろう。


「不思議なことに父は自然死として片付けられたわ。もちろん私への情状酌量なんかじゃなく、ライフゲージの仕業。あれには警察も裁判所も逆らえないんだわ」


 段々と支離滅裂になってきた。こんな小説では売れないだろう。


「二度目は高校生の時。私を虐めてたグループのリーダー格の子だった。遠足で登山に行った時、ちょっと押せば崖から転落するなと思ったら、彼女のゲージが一気にゼロになったの。私はゲージに促されるようにその子の背中に手を掛けたわ」


「それも事件にはならなかったのかい?」


「えぇ、不思議な事にね。三回目は去年。同棲していた彼氏がDV男でね。デート中にホームで立っていた時、同じように魔が差したのよ」


「それも事故死で片付けられたと」


 彼女は静かに頷いた。

 これで話は終わったようだが、俺は奇妙な気分に囚われてしまった。作り話にしては面白くないし、オチもなさそうだ。何故見ず知らずの俺に話し掛けてきたのか。


「覚えてろよ、てめぇら!」


その時ボックス席からそんな怒号が響き、一人のチンピラ風の男が怒りに満ちた表情で店を出て行った。


「やれやれ。捲き込まれなくて良かった。

 ところであんた……今夜は暇なんだろう?」


 つまらない話を聞かされた報酬があってもいいだろう。

 女もそれが望みなのかもしれない。

 だが女の口から出た言葉は冷たかった。


「残念だけど、無理ね」


「じゃあ、なんだって俺なんかにそんな話をしたんだ。リスクがありすぎるだろう。俺が今の話を誰かに話したら、再捜査になるかもしれないんだぜ」


 少しばかりの脅迫の意思を込めて俺はそう言ってやった。


「問題ないわ」


 だが女は動揺した様子も無く、俺の頭上に目をやると、静かにこう言った。


「私は、ライフゲージが無くなりかけてる人にしか、この話をしないから」


 勢いよくバーの扉が蹴破られ、さきほど出て行ったチンピラが乱射した銃弾の一つが俺の脳天を貫通した。


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