☆甘美と軟派
翌朝。
ベッドで目が覚めると、既にユーとエルの姿は隣のベッドにはなかった。
しかし、リビングのほうから小気味のいい音が聞こえる。
訝しみながらリビングへ行くと、椅子にはエルが座っており。
キッチンではユーがエプロンを纏い、料理をしていた。
「あっ、おはようございます、グレイさん。今朝食を作ってますから、もう少し待っててくださいね」
「あ、ああ、おはよう。料理できるんだな」
「少しだけですけどね」
包丁で食材を切っていくユーを見ながら、椅子に腰を下ろす。
年齢的には俺より少し年下くらいだろうに、何だか今は母親か嫁のようにすら感じられた。本人に言ったら失礼かもしれないから、言わないでおくけど。
「……ふん。料理くらい、あたしでもできるわよ」
「もう、お姉ちゃんにやらせると、焦げてたり生焼けだったりするんだから」
「ちょっ、余計なこと言わなくていいのよっ!」
ユーの一言に、エルは赤面して叫ぶ。
どうやら料理の腕も、妹のほうが上らしい。
と、そんな会話をしている間に料理は完成したらしく、ユーが人数分の皿を食卓に並べる。
目玉焼きにソーセージ、そして具沢山の味噌汁に白米。何だか、日本の朝食を体現したかのようなラインナップだ。
異世界だからといって、知らない料理が出てくるというわけではないようで安心した。
「……言っておくけど。あたしは、デートなんか絶対にやらないわよ」
完食するや否や、立ち上がりながら吐き捨てるようにエルは言った。
そして「ごちそうさま」すら言わず、リビングから立ち去ろうとする。
「お姉ちゃん! いつまでもそうしてたら、一向に強くなれないよ……?」
「……別に。あたしは今のままでも充分戦えるわ」
それだけを言い残し、家から出ていってしまう。
心を開いてもらえてないのは分かっていたことだが、まさかここまでとは。
でも、そうか。いくら強くなるためとはいえ、知り合ってから一日しか経っていない男とデートなんか嫌がって当然なのかもしれない。
「本当にすみません……。わたしと二人きりになってしまいますけど、それでもいいですか?」
「あ、ああ、もちろん。ユーがいいなら」
「はい、ありがとうございます。お姉ちゃんのことは心配ですけど……それは追々考えないと、ですね」
二人で深々と吐息を漏らし、とりあえずデートの準備を整える。
この街にどういう店や施設があるのかはまだ把握できていないため、このデートで見回るというのは、強くなる目的以外にもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、俺たちは家から出た。
§
「ユーは行きたいところとかあるのか?」
人気の多い道を、建ち並ぶ家や店を見回しながら歩き、隣で肩を並べているユーに問いかける。
デートの経験が乏しいせいで、こういうときどこに行けばいいものなのかよく分からないのである。
「わたしが、ですか? そうですね……あ、あそこがいいですっ!」
そう言い、指差した先には――一軒のお店。
女性や子供が集まっており、ガラスケースの中にはクレープやアイスクリームが飾られている。
どうやら、スイーツショップのようだ。
「お金ってのは……このポイントで払えるのか?」
「あ、はい。店員さんに痣を見せただけで大丈夫のはずです」
「それだけでいいのか……分かった、いいぞ」
店のところまで歩み寄り、他の客が全員終えたあと、ユーが食べたいクレープを注文。
その後、手の甲の痣を見せると、店員が小さな機械のようなものを操作し始めた。
僅か十数秒程度で完了し、店員がユーにクレープを手渡す。
店から離れながら、残りポイント数を確認してみると、クレープの代金分だけ減っていた。
一体どういう仕組みなのだろうか。さっぱり分からない。
「少し休憩してもいいですか……?」
「お、おう、分かった」
正直まだ歩いてからそんなに時間は経っていないのだが、無理に歩かせるつもりもない。
クレープを食べるなら、座ったほうがいい気もするし。
そうして、ユーは近くにあったベンチに座り、クレープをゆっくりと食べ始めた。
美味しそうに頬を綻ばせるユーを尻目に、街の景色を再び眺める。
やっぱり日本にはなかった、ファンタジー然とした街並みは、俺の少年心がくすぐられるというものだが。
魔物とかもいないくらい、平和な世界ならもっとよかったのにな……なんてことを考えてしまう。
「あの、グレイさんはよかったんですか? 他に何か食べたいものとか……」
「え? ああ、俺は別に……」
クレープを口に含みながらのユーの問いに、そう答える途中で。
視界の端に、とある光景が映り込んだ。
黄金の髪。若干吊り目でツンツンとしていながらも、整った顔立ち。
間違いない。あれは――ユーの姉、エルだ。
だが、何やらただごとではないようだった。
エルの周囲には、見知らぬ男が三人。
ピアスをしていたりと、何だかチャラそうな印象を抱く。
「なあ、ちょっとくらいいいだろ? 一人みたいだしよー」
「はあ!? 何であたしが……!」
「ちょっと遊ぶだけだっつってんだろ? ほら、とにかく来いって」
「ちょっ、触んな……痛っ、引っ張ってんじゃないわよ!」
「ちっ、いいから大人しくしてろッ!」
もうだめだ、見ていられない。
男たちはエルの腕を引っ張り、どこかへ連れて行こうとしている。
エルは威勢よく抵抗しようとしているものの、そこは男女の力の差。いくらエルと言えど、三人の男が相手では上手く抵抗もできていなかった。
「――おい、その手を離せよ。嫌がってんだろ」
できるだけ低い声を発しながら、男たちに近寄っていく。
眉根を寄せる男たちと喫驚するエルだったが、途端に男たちはエルと俺の間に立ちはだかる。
「なんだぁ? お前、この女とどういう関係だよ。部外者はすっこんでろ」
「部外者でも、無関係でもねーよ」
ひとつ、深呼吸。
そして男たちを睨みつけ、エルを指差した。
口角を上げ、煽るように。
「俺は、その女の――彼氏だからな」
「…………………………は?」
俺の言葉があまり受け入れられなかったのか、長い沈黙のあとに、そんな情けない声が漏れた。三人の男たち――いや、エルも含めた四人、全員から。
しばらく俺とエルを交互に見たあと、やがて男たちは諦めたように吐き捨てる。
「ちっ、男いたのかよ。なら最初から言えっての」
「あーあ、無駄な時間を使っちまったな」
ぶつくさと文句を言いながら、立ち去っていく男たち。
全く反省していないな。あの様子なら、絶対に他の女の子にも繰り返す気がする。
でも、とりあえずはエルが無事でよかった。
「ちょっと! いつあたしが、あんたの彼女になったのよ!?」
「いや、だからそれは嘘で……ああいう連中ってのは、よほどヤバいやつらじゃない限り、男連れだって分かると諦めて去っていくものなんだよ」
「……ふん。まあ、その……ありがと。一応、感謝だけはしといてあげるわ」
少し目を逸らし、エルはかなり小さな声で呟いた。
その頬が若干赤くなっていることに気づいて、自然と俺の頬が緩む。
少しずつ。ほんの少しずつでも。
エルとの距離も、こうして縮めていけたらいいな……なんてことを思うのだった。