支配と二乗
この場の敵がジェイド一人だけならば、レーシーのおかげで今頃は勝利を掴めていたことだろう。
でも現実は、無慈悲にもそんな未来を否定した。
爆弾による奇襲から俺を身を挺して庇い、直撃したレーシーは。
うつ伏せで倒れ、動かなくなった。
優勢かと思われた戦況は、一瞬で劣勢へと変わってしまったのである。
「まずは一匹。次は……誰からにします?」
淡々と言いながら、ゆっくりと姿を現す――リラ・アイボリー。
片手には、黒く大きな珠を持っていた。
おそらく、あれが爆弾なのだろう。
ジェイドとリラに挟まれ、俺の頬を冷や汗が伝う。
まさに、絶体絶命。
人数では未だにこちらのほうが上ではあるものの、この二人を相手にして容易に勝てるほど上手くいくとは到底思えなかった。
「何で、そんなに俺たちを狙うんだ……? 強い人と戦いって、本当にそれだけなのか?」
初めから俺やプラムを標的にしていたり、ここまで追い回したりと、リラたちの執念は並大抵のものではない。
当然何か恨みを買うようなことをした覚えもないが、命を狙う理由も他にあるような気がしたのだ。
「ああ……それは、この馬鹿――カルの戯言なので気にしないでいただけると」
「ちょっ、誰が馬鹿よ!? 強者との戦闘は重要でしょ! 最重要事項、最優先事項よ!」
「いいから黙っててください、ロリババア」
「ババア言うな!」
爆弾と漫才のような会話を繰り広げながらも、リラは目線だけはこちらから逸らしたりなどしなかった。
ただ、じっと俺とプラムを見定めるように、そして見下すような冷たい目で見据えていた。
「わたくしの目的は、ただひとつ――」
そこで一拍あけ。
リラは、その眼鏡を外し、後ろに放り投げた。
「あんたら雑魚召喚主共を、そして全ての精霊を、皆殺しにすることだよッ! この世界で一番の強者になって、世界を支配するためにねッ!」
カッと目を見開き、大きな口を開けて笑う。
俺は、見逃さなかった。
リラの赤い瞳に、月のようなマークが刻まれているのを。
あれが、召喚主の証明でもある痣か。まさか、今まで眼鏡なんかで隠れていたとは。
それにしても……何だ、この哄笑は。
目の前いる女性は、本当にリラなのだろうか。
「……ああ、気にしないで。わたくしはァ……眼鏡を外したときに、裏人格が顔を出しちゃうだけだからァ!」
裏人格。つまりは、二重人格者だったのか。
二重人格とはそういうものなのかもしれないが、つい先ほどまでの冷静で無表情だったリラとは何もかもが変わりすぎていた。
何者かに憑依されている、などと説明されたほうが、まだ納得できるくらいに。
「……世界なんか支配して、どうするつもりよ」
「えー? 欲しくない? 世界。自分が今生きているこの世界が、もし自分の思い通りになったら。誰でも、一度くらいは考えることでしょーよ。あんたらみたいな雑魚じゃ、絶対にわたくしに逆らったりできない世界が欲しいの……くふふふ」
狂っている。そう思わざるを得なかった。
結局のところ、他人や周りを一切気にせず、自分が思いのままに好き勝手できる場所が欲しかっただけ。
そんな下らない目的のために、俺たちや無関係の人々を傷つけさせるわけにはいかない。
こいつだけは、絶対に。
何としてでも、ここでカタをつけなければ。
「エル、ユー」
双子に視線を移し、静かに名を呼ぶ。
すると、それだけで察してくれたのか、覚悟を決めたような頷きが返ってきた。
それを確認したのち、俺は順番に唇を重ねていった。
右手に、エルの赤い剣。
左手に、ユーの青い剣。
双剣を手にし、ふと横を見やると、プラムの手には既に笛が握られていた。
「グレイくん。あの爆弾の人の相手は、任せてもいいかなぁ? 私は、あの義眼の人と戦う」
そして、ジェイドを真っ直ぐ見据え、そう言った。
今は武器の姿になっているのは爆弾――カルだけなため、ジェイドは召喚主による愛情の力が付加されないとはいえ、それでもLR。
あの草の精霊、レーシーと互角の戦いを繰り広げた相手なのだ。
プラムが弱いと言っているわけではなく、単純に一人で敵うとは思えない。
「大丈夫だよぉ、グレイくん。あの人の戦い方は、もうさっき見たもん。私とダンなら、絶対に負けないって自信があるんだよぉ!」
絶対に負けない、か。
笛であの義眼にどう立ち向かうつもりなのかは見当もつかないが、俺の双剣でもどの程度戦えるかは分からない。
それに、ここまで自信を持って言ってくれているんだし、却下してしまうのも気が引ける。
爆弾を持ったリラ、ただ一人に集中すればいいだけになるのだから、ここはプラムに賭けてみよう。
「分かった。でも強力な相手だ、気をつけてくれよ」
「うんっ! 任されましたぁ!」
ビシっと笑顔で敬礼をし、ジェイドに向き直る。
もうその表情に笑みはなく、真剣な眼差しでジェイドを睨みつけるように見ていた。
「へぇ……戦力を分断させちゃっていいわけ? そんなことして、わたくしたちに勝てるとは思わないほうがいいけどねぇッ!」
笑う。嗤う。
こちらを嘲るように。とことん、見下した顔で。
「ごめんな、ロコモ。ちょっとだけ、待っててくれ」
「……ん。終わるの、待ってる」
頭を撫でながら言うと、ロコモは小さく頷き、少しだけ微笑んだ。
アデリナとの戦闘や、そのあとの追跡で頑張ってくれたのだ。今は休んでいてもらおう。
双剣を構える。
爆弾を振りかぶる。
こちらに向かって投げてきた瞬間、俺は地を蹴って駆け出す。
背後では、もうジェイドとプラムの戦闘が開始していた。
それを肩越しにチラッと確認した直後、リラが投げた爆弾が爆音を轟かせた。
足は止めない。
ただリラを目がけ、剣を振り払い――。
刹那――俺の足元が、爆発した。




