拡張と天幕
「……むむ」
リビングの椅子に座り、俺は一人で唸っていた。
視線の先にあるは、手の甲の痣から出ている液晶画面。
画面内には、ポイントで購入できる様々なものが並んでいる。
ボルドーとの戦闘に勝利し、何とかロコモを仲間に加えたあと。
さすがに人数が増えてしまえば、今の家だと少し狭いかと思い、引っ越すか広くするかで迷っているのだ。
ボルドーは、あの戦闘でもう亡くなった。
つい先ほど世界地図を確認してみると、この国、草の領域にいる召喚主の人数が計三人になっていた。
前確認したときは、四人だったはずなのに。
単純に一人が別の国に移動したのかとも思ったが、表示されている人数を全て数えてみたら二十一人。
つまり、一人だけ足りない計算になるのである。
おそらく、既に死亡したボルドーの分は、ここに表示されないのだろう。
それでも。俺を除けば、まだ二人がこの国にいるわけで。
その二人と会うまでは、なるべく引っ越さないでおきたい。
だから、僅かな緊張を覚えながら。
拡張のボタンを、人差し指で押した。
途端、地震が発生したかのように家が揺れ始め――。
ほんの一分未満で、リビングに見知らぬ扉が二つ増えた。
「な、何ですか、今の……って」
慌てふためいた様子でリビングに入ってきたユーが、さっきまでなかったはずの二つの扉を交互に見て首を傾げる。
そのあとに、エルとロコモもやって来て同じように訝しんでいた。
まあ、無理もない。
いきなり家の中に見知らぬ扉が増えたんじゃ驚きもするだろう。
「家を広くしてみたら、部屋が二つ増えたみたいだ」
「ようやく、あたしたちの個室ができたってわけね」
その二つの扉を開け、部屋を確認してみるも特に大したものは置かれていなかった。
せいぜいベッドと机、椅子だけ。
まあ他に家具が必要になればポイントで購入すればいいし、とりあえずは広くなっただけでもよかった。
「じゃ、あたしはこっちね。ユーも一緒の部屋にするわよ」
「えっ? でも、ベッドの数が……」
「それは、こいつに買わせればいいじゃない。ほら、頼んだわよ」
エルはそう言いながら、ドアノブに『エル&ユー』と書いた表札のようなものをぶら下げた。
相変わらず人使いが荒い。
仕方なく痣を撫でてショップを開き、ベッドを購入した。幸い、ポイントはまだ結構残っている。
そして、先ほど増えたもうひとつの部屋が、ロコモの個室となった。
無表情で部屋の中を見回し、窓から外を眺めたり、ベッドを撫でたりしている。
顔には出ていないが、何だか嬉しそうだ。
「……グレイも、同じ部屋がいい」
「えっ?」
「……エルとユーも、同じ部屋。だから私とグレイも、同じ部屋」
「い、いや、俺は普通に寝室で……」
「……だめ」
ロコモは俺の裾をぎゅっと掴み、上目遣いで見上げてくる。
これは実に困った。このままだと、本当に同じ部屋にするまで離してくれなさそうだ。
確かに今まで寝室で一緒に寝たりはしていたけど、だからといって同じ部屋にするということにはやはり抵抗がある。
どうしたものか……と悩んでいたら。
不意に、ユーがロコモの手を掴んで俺の裾から離させた。
「だめですよ、ロコモさん。あんまりグレイさんを困らせないでくださいね」
「……でも、私はグレイと」
「だめですよ、ロコモさん。あんまりグレイさんを困らせないでくださいね」
「……でも」
「だめですよ、ロコモさん。あんまりグレイさんを困らせないでくださいね」
「……はい」
ユーがロボットのように同じ台詞だけを繰り返し、強引にロコモに分からせた。
助かったのは事実だが、ロコモが少し怯えている気がする。猫耳も少し垂れ下がっているし。
やっぱり、普段は穏やかで温厚な人のほうが、怒ったときは怖いんだなと実感せざるを得ない。
とりあえず、これでそれぞれの部屋は確保された。
俺は寝室で一人で寝ることにはなってしまったが、まあそれでいいだろう。
あとは、次の召喚主の居場所を突き止めなくては。
草の領域もかなり広そうだし、別の街に移動してみたほうがいいかもしれない。
そのことを三人に話すと、了承の頷きが返ってきた。
§
それからユーの作る食事に舌鼓を打ち、準備を整えて。
俺たち四人は、家から出た。
既に時刻は昼を過ぎており、今から出発しても他の街に到着するのは明日か、早くても夜遅くにはなってしまうだろう。
だけど、俺はちゃんとショップのところで確認済みである。
どうやらテントやコテージなども購入できるようで、今日中に街に到着できなかった場合でも、一応はそこで休むことができるのだ。
街を出て、広大な草原を歩く。
世界地図を頼りに、南を目指す。
「疲れたら言えよ? 適当にテントを買って休憩するから」
「は、はい……疲れました……」
「早いな!?」
そういえば、ユーは家事などは完璧なのだが、体力が皆無だった。
仕方ない。疲れているのに、そのまま歩かせるわけにもいかないか。
痣を撫でてショップを開く。
コテージだとさすがに値段が張るため、テントを二つ購入。
すると、目の前に黄色と水色のテントが現れた。
「それじゃ、お前らどっちでも好きなほうに――」
入っていいぞ、と言い終わる前に。
ロコモが俺の袖を掴み、じっとこちらを見上げていることに気づく。
これは……先ほどと同じ感じか。
きっと、また俺と一緒のテントがいいというのだろう。
何だか、妙に懐かれてしまった。もちろん、全く悪い気はしないのだが。
「ロコモさん、グレイさんを困らせたらだめと言ったはずですよね?」
「……っ!?」
ユーに声をかけられた途端、びくっと体を震わせ、こくりこくりと何度も頻りに頷く。
さっきの件で、ユーに怯えるようになってしまっている……。
そこまで仲が悪いというわけでもないだろうから、まあ大丈夫だとは思うけど。
「でも三人が同じテントに入るのは狭いと思いますし、グレイさんと一緒に入るのはわたしが――」
「ちょっと! あんたまで何言ってんのよ!? ほら、グレイは一人でいいわよね!?」
名残惜しそうにしているユーとロコモの腕を引っ張りながら、エルは黄色のテントに入って言った。
まあ、女の子三人に男が一人だと、そうなるのは当然だろう。
深々と嘆息し、水色のテントに――入ろうとした寸前で。
「――グレイ・オーカー様、ですね?」
不意に、背後から声をかけられた。
訝しみつつ背後を振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
黄緑の三つ編みに、赤い瞳を覆う銀の眼鏡。
きっちりとした服装やその佇まいから、少し堅そうな印象を抱く。
俺よりは少し年上のように見えるが、それでも若々しく、とても美人だった。
「無言を肯定と捉えて、お話させていただきます」
眼鏡の位置を直し、こほんと咳払い。
そして、更に続ける。
「わたくしの名は、リラ・アイボリー。あなたと同じ――召喚主です」
俺やボルドーにもあった痣は、リラのどこにも見当たらないが……見えない場所に隠れているのだろうか。たとえば、服の中とかに。
いや、たとえそうだったとして、そんな人が俺に一体何の用なのだろうか。
怪訝な思いが強まる俺に、女性――リラは言い放つ。
「あなたに、お願いがあります。わたくしと、組んでいただきませんか?」
リラは、頭を下げた。




