メロスは死んだ
メロスは死んだ。
「ゆるしてくれ」
セリヌンティウスの刃に斃れ、
「友よ」
目から光を失った。
「気の毒だが正義のためだ」
***
メロスは激怒した。必ず、かの改心した王を救わねばならぬと決心した。メロスには政治がわからぬ。メロスは村の牧人であって、シラクスの市のことはなにも知らぬし、持ち前の呑気さのためになにも知ろうとせぬ。ただ邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
「なぜだ。友よ、なぜ私たちが改心した王を殺すのだ。私たちは王に勝ったのだ。信実が空虚な妄想でないと示し、王の心に勝ったのだ。このうえ命を奪う道理がどこにある」
市の石工セリヌンティウスは、興奮でひどく赤面した勇者に対し、なだめる口調で語りかける。
「メロスよ、わかってくれ。なにより市の者がみな、それをゆるしておかぬのだ」
「解せぬ。私たちは約束したじゃないか、王が仲間に入れてくれといったとき、みなも納得したじゃあないか、歓びの心に翼を持たせ、王様万歳と叫んだじゃないか」
「それはいっときの高揚にすぎぬ。メロスよ、みなはそうすることで君の正義をたたえたのだ」
「ならばなおさら、私はその正義を貫かねばならぬ。みなの期待を裏切るわけにはゆかぬ」
「それはみなの期待ではない。市の民はみな、ディオニスの死を望んでいるのだ」
「おどろいた、君は乱心か」
セリヌンティウスは一度ため息をつき、なおも佳き友をなだめようと試みるが、それがかなわぬと悟るやいなや、押し殺していた情をもらしつつ、
「お前には、民の憎悪がわからぬ」
と言った。
友の侮蔑におどろきつつ、メロスはいきり立って反駁した。
「人を憎悪するのは、もっとも恥ずべき悪徳だ。民は王の改心をさえ疑っているのか」
「私は平和を望んでいるのだが」
「なんのための平和だ」
「友情を守るための平和だ」
「憎悪のために人を殺し、なにが平和だ友情だ」
「だまれ、牧人!」
これにはさすがの勇者もたじろいで、持ち前の呑気さも救いにはこなかった。
「君は勇者だ、自惚れているがよい。ただ、――」
セリヌンティウスは瞬時ためらい、
「私に情をかけたいつもりなら、三日のうちにこの市を立ち去れ。村の妹さんとお婿さんと、仲良く平和に暮らすがいい」
「それは ――」
「それはできぬというのであれば、―― 友よ ――」
セリヌンティウスは涙を堪え、
「呆れたやつだ、生かしておけぬ!」
―― メロスは死んだ。セリヌンティウスの刃に斃れ、目から光を失った。