五ノ原くんは朝寝坊できない
――ピピピ、ピピピ、ピピピ、ピ……、
「……んん」
鳴り響く電子音に、僕は思わず顔をしかめる。
ここは自室。見なくてもわかる。半分も開いていない眼から、時間を確認する。
午前六時。いつもよりかなり早い時間だから、二度寝しよう。
手探りで枕元を確認してスマホを手に取り、アラームを停止する。
……そしてもう一度目を閉じ、呼吸を落ち着けて再び眠りの世界へと……、
「……恋さん、朝ですッ。ほら、起きてくださいですッ」
次の瞬間。
バチッ。
「痛ッ!!」
両手首に熱いものが触れたような鈍い痛みが走り、僕は思わず飛び起きる。
慌てて患部を確認するが、特に何の痕跡も残っていない。
どういうこと、と戸惑っていると、スマホの画面をジャックしたらしい幼女AIがニコニコと笑顔を見せ、背景に花咲くエフェクト。
「おはようございます、恋さんッ」
「……オ、オリヒメ? え、今、何したの?」
「恋さんが良質な睡眠ができるよう、脳波の状態から適切な覚醒のタイミングでアラームを鳴らしてみましたです。……でも効果なかったみたいなので、チップから微量の電流を……」
「……怖い怖い怖い! 大丈夫だから!特に普段寝坊で悩んだりしてないし」
「でも、目覚めはよくないですか?」
「……そんなの、いつもと……、……いや、言われてみれば、めっちゃ頭も目もスッキリしてる気が」
「ね? 言ったでしょう? 良かった恋さんのお役に立てて♪ これからは毎朝起こしてあげますねッ」
画面上で周囲に音符をまき散らしつつ、オリヒメのご機嫌そうなアニメ声が響く。
その様子を見ながら、昨日の出来事をありありと再放送して見せる僕の脳裏。
「……やっぱ、現実かぁぁ……」
はああ、と僕は深いため息をついた。
「……よう、昨日どうだった? ……ちゃんと卒業できたか?」
一時限目が終わり、クラスでは生徒達がつかの間の休息を謳歌している。
そんな周囲の様子とは裏腹に、机に突っ伏している僕の頭へ、戸井が肘を入れてくる。
「……そんなわけあると思う? 逆に聞くけどさ……」
「……俺はなきにしもあらずだと思うぜ。……お前は自分の可能性に少し無頓着すぎるんだよ。それさえなきゃ、むしろお前はこっち側の人間だと思ってるくらいだ、マジな話」
「……ずいぶんな高評価、どーも。……けど、俺は戸井みたいにイケメンじゃないから無理だよ無理ー。昨日だって結局どうにもならなかったっていうか……なんというか」
言葉を濁す。というか、言えない。
AIに告られて、その開発協力で身体にチップ埋め込まれて監視されてる、なんて。
「……でも、その様子じゃ一応人は来たんだろ? ……誰よ? ……そのくらい教えろよ」
「……んー」僕は少し考える。
確かに人は来た。ただ、名園先輩は僕に開発協力をさせたかっただけみたいだし、オリヒメは告白こそすれど、人を好きになることがわからないいわば恋愛不全状態。僕と一緒だ。この場合は、名園先輩とカウント指定よいものなのか、それともオリヒメ? ……いや、それにしても……。
「何だよもったいぶんなよ。早く吐けば楽になれるぜ? ヘイッ」
戸井の手が僕の首に回され、チョークスリーパーをされる。僕は「痛い痛い」とか「やめろ」と言いつつ、無難にやり過ごせる上手い返しを考えていた。
その時、周囲のクラスメイトが一層ざわめく。
僕も戸井も何事かと目をやると、皆の視線はある一人の人物へと向けられていた。
揺らめく白衣と長い黒髪、人形のような整った童顔。
普段は一階下にいるため、僕らのクラスに訪れることのない存在。
名園華雨、その人へと。
「五ノ原くん」
クラス中の視線の中、名園先輩は呼ぶ。
……ウッ、やっぱ僕ですか?
「君に少し話したいことがあるんだが、いいかな?」
「え、 ……別にいいですけど」
「……なら」と、先輩は僕の手を取り、
「どこか人気のないところに行こう」
ブワッとざわめきが噴出し、僕へと向けられる視線が様々な色を帯びたのを感じる。
「ちょ、ちょっと待ってください先輩」
僕は少しボリュームを落とし、「……ここでじゃだめですか?」
「……別に大した話じゃないから……君さえよければ」
少し胸をなでおろした僕は、
「じゃあここで聞きます。……どしたんですか、先……」
「――やはり、付き合おう、私たち」
……はぁ!!??
爆発した。
僕の思考が。
教室中のざわめきも。
「ちょ、……先輩、何言って……」
「あれから色々考えたんだが、あんなことをしておいて一方的に、君へ協力を求めるのも筋が通らないと思ってな」
「「あんなこと?」」
クラスメイト達が息をのむ音が聞こえる。
僕が弁明するよりも早く、
「ほら、昨日……大事なものを、身体の中にいれたじゃないか……」
言葉を失う、とはこのことだ。
てか、……何その誤解しか助長しない言い方!!
正しくは『大事なもの(チップ)を、(僕の)身体の中に』って言う意味ですよね!?
「せせせ先輩? そんなわけ……」
少しでも火災が広がらないように先に手を打とうとするが、
「そんなっ、初めての相手だったのにかッ」
さらなる爆弾投下。
「どんなに否定しても、身体は知っているはずだ」
「……確かに、最初に断りなく脱がせてしまったのはたしかに悪いと思っている……」
「……でも事が済んだ後、君は……」
名園先輩はいたって真面目な顔で、その手を緩めることはない。
……ダメだコイツ。早く何とかしないと。
「先輩ちょっとこっち来てッ!!!」
僕は手早く先輩の手を取り、呆気にとられている級友達の視線から逃亡をはかる。
行き先はとっても不本意だけど、人気のない場所へ。