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ORIって何ですか、名園先輩。



 「……」


 少し冷静にならせてほしい。

 ここはパソコン室。

 僕がここにいるのは、ラブレターをもらったからで。

 そんな僕の目の前では、白衣の美少女が「恋をしてもらいたい」と手を伸ばしてきている。

 ……つまり、


 ……こ、告白!!!


 意識すると何だか急に恥ずかしくなり、自分の身体全体が軽く緊張したのがわかる。

 ……緊張して当たり前だ。何せ相手は、あの名園華雨(なぞのはるさめ)なのだから。


 その名前を知らない生徒は、ウチの学校にはいない。

 校内の美少女のランキング化にうるさい戸井ですら、名園華雨だけはカテゴライズ不能。

童顔で低身長の可愛らしい外見とは裏腹に、成績は常に学年トップの天才で、学生として在学中ながらすでに様々な特許を取得し、企業からの投資を受けてすらいるらしい。

 その一方で、特定の友達、恋人などの交友関係は確認できず、その私生活は謎に包まれている。ついには『謎の名園(なぞのなぞの)』と呼ばれ、密かにファンクラブがあるとかなんとか。

……僕自身は、直接かかわったことはなかったけど、何せ可愛いは正義だ。


「あ、あの」と、僕は例のラブレターを取り出し、


「……じゃあ……、これは、名園先輩が……?」


 尋ねながら、自分の顔が恥ずかしさで熱くなるのを感じる。

 ……マジか、僕。マジであの名園先輩に……ッ。

 ……きっとこの後、名園先輩は、


『そうだが。……あの、あまり大っぴらに広げないでほしい。……その、恥ずかしいから』とか、


『……う、見るなッ、恥ずかしいからそれ以上私を見るなッ。……いいからはやく、返事をくれないかッ。……あまり焦らされると、泣きたくなってしまう』

とかッ、


『……あ、ちょっ、まま待って、まだ心の準備がッ、……ち、違う、嫌じゃないんだ。……その、……むしろ君になら……何をされても……』

とかッ!!!!


 若干よこしまな妄想が脳裏に浮かび、ニヤつきたくなる顔を必死に堪える。

 ……なんにせよ、何人も知らないであろう名園先輩のデレは、僕がいただきます!

 そしてその勢いで、初めての恋を知るのだ。そうに違いない。


 僕は確信した。


 ……が、



「……え゛…ッ」

 名園先輩はどこから出したかわからない低い声を出し、


「……どうして私がそんな趣味の悪いもの、書かなければいけないんだ?」



 グサリと。

 容赦の全くない一言が、僕の浮ついた期待を一蹴する。

 包み隠さず言うと、若干過度の期待もあったことは認める。事実、名園先輩は可愛い。文句なしの美少女だ。だから余計に妄想だけ突っ走った感は否めない。けど、その分ダメージもデカかった。

 なんだよう、勘違いかよう、……死にたい。


「……で、ですよねー! ……失礼しました。……でもじゃあ、これは一体、誰が……?」


「……私ですッ」


ディスプレイの向こう側から、ちょこんと手を上げた萌えキャラが答える。


「……私が、データベースをもとにして作成し、クラウド上で出力して代筆をしてもらったものです。……恋さんと、どうしてもお話しがしたかったのでッ……」


 ポカン、と僕が反応に困って固まっていると、


「あ、忘れてたですッ」

頭を小さくコツン、と打って星を出し、萌えキャラが言う。


「……私は、ORI、オリ、『大きなお友達のための疑似的ロリ接点インターフェイス』通称、オリヒメです。……ぜひ、オリヒメって呼んでください、ですッ♪」


 パァ、とオリヒメの表情が晴れ、にっこりと満面の笑みを画面上で咲かせる。


「……ちなみに私を開発したのは、そちらの天才美少女科学者、名園博士……」


「そ、その呼称はやめろ、と何度言ったらわかる!」


 名園先輩は少し動揺したように言い、


「……とんでもなくバカっぽく聞こえるじゃないか……」と少し頬を赤らめた。


 ……。

 ……なに今の! くそう。ちょっと可愛いッ!


 釣られて動揺しかける心を落ち着けようと、話を戻してみる。


「……えと、つまり、君……オリヒメが、僕のこと好き、ってこと……?」


 僕の問いにオリヒメはにっこりと笑い、


「……はい。大好きですッ。……でも、」


「……好き、って、なんですか?」


 大きな瞳を瞬かせながら、純真無垢な視線を送ってくる。


「え……、それはその、好意というか、胸がどきどきするというか、異性として意識するというか……」


 貧困なボキャブラリーを総動員してつらつらと並べてみたが、オリヒメは不満だったらしい。眉をハの字にして、困った顔をしている。


「……よく、わからないですッ。生理学的、心理学的に、あるいは文学的になされた恋の定義は一通りデータベースで把握してるです。ですが、人を好きになるとどのような気持ちになるのか、主観的あるいは限定的な実験結果では、上手く説明できてないですッ」


「……私、オリヒメは、使用者との疑似的関係の構築を目的としたAIプログラムですッ。でも、疑似的関係の構築にあたっての再現性が十分ではないため、プログラムとしては不完全な状態で……」


「……だから、私は(れん)さんに、『(こい)』を教えてほしいんですッ……」


 再びオリヒメが無邪気な幼い笑顔を見せた。

 言ってる内容はともかく、AIながらなんと健気な、と感心していると。


「……ちなみにちなみにッ、……こんな純真そうなこと言っているが、コイツには十万を超える性についての情報もインプットされててな。プログラムが発展した暁にはダッチワイフに搭載して、ラブドールならぬラブマシーンとして商品化しようと思ってるんだが、どうかなッ?」

 

 目をキラキラとさせた名園先輩が、僕の儚い幻想を色々とぶち壊してくださった。

 ……どうかな、ってあなたね。


「……あの先輩。意味がわかりません。それと、会って間もない男子高校生にダッチワイフとか言うのは、女子高生としてどうかと思います」


「……いや、でもさー、やっぱりこの類の技術の原動力って、エロか軍事じゃん? 結局それが一番金になるっていう世知辛い世の中だから、研究者的にはニーズをくみ取らないと……」


「くみ取った結果が『ORI』ですかッ!? 『大きなお友達のための疑似的ロリインターフェイス』なんですかッ!? 偏りすぎな上にアウトですアウトッ、……つか下手したらこれ、立派な児童ポルノですよ?」


「あ、やっぱりー? 最近その辺厳しいしなー。……まぁでも、とりあえずどんな感じになるのか、見てみたいじゃん?」


 悪びれなく人差し指を立てる名園先輩。

 可愛い仕草でホント何言ってるんだろう、この人。


「と、いうわけで……」


 さりげなく人差し指で僕の唇へ触れ、「してくれるよね? 開発協力」


「……オリヒメが立派なORIになれるように、『恋』についてデータを取らせてほしいんだが?」


 小首をかしげ、名園先輩は可愛く微笑んだ。

 その可愛さがなんとも悔しい。


「……お断りします」


 僕は丁重に頭を下げ、


「……てか絶対嫌ですッ、ダッチワイフの開発協力なんて! 第一、開発っていったい何をッ、……ま、まさか、オリヒメ相手にいかがわしいことをさせるつもりじゃッ!?」


 後ずさって距離を置き、僕は名園先輩を睨みつける。

 奥のディスプレイではオリヒメが「えッ」と顔を赤らめたのが見えた。

 そんな僕の様子を先輩は鼻で笑い、


「……いや別に、そういうのは求めてないかな。もうプログラム済だし。……まったくこれだから童貞くんは。……早とちりといい、ポケットのコイツといい……」


 ヒラヒラと、親友からの餞別を僕に見せびらかす。


「んなッ!! なんでそれをッ!?」


「……あの手紙一枚でこんなモノまで持ってくるなんて。……やれやれ、思春期の童貞という生き物は、今が発情期なのかな? たしか人間に発情期はなかったと思うけど」


「うう、うるさいです! ちょっと手違いで持ってただけですから! てか、童貞とか関係なしに、そもそも僕には無理なんですッ!……その」


 一瞬、ためらう。しかし、


「……僕は、まだ、童貞どころか、初恋もしたことがない恋愛不全者なんです。……だから、そんな僕では、オリヒメの質問に答えることができません……」


 言いながら、改めて自分を情けないと思った。

 あんな幼いAIの質問にもまともに答えられない、真剣に人を好きになったこともない僕は、世の中のリア充たちからしたらきっといい笑いものだろう。雰囲気とか、ノリとか、そういった流動的なもので自分も恋をすることができたら、と心から思う。でも、無理だった。今まで、心は一度として動かなかった。そんな自分がこれから、急に誰かを好きになれるようになるなんて、とても信じられない。


……僕は、ずっとこのまま、誰にも恋に落ちないまま……。


 考えていることが表に漏れ出し、神妙な面持ちになっていたと思う。

 でも、名園先輩は、


「――だからこそ、君がいいと言っている」


 そんな僕の憂鬱を、吹き飛ばす。


「恋愛不全者だからどうした。初恋がまだだからどうした。大いに結構、むしろ好都合だッ。……何せ、まだ恋をしたことのない者が、恋に落ちる瞬間のデータを取ることができるのだから。そんな刹那の観察、今まで聞いたこともないだろう?」


 キラキラと長いまつ毛の奥の瞳を、子どものように輝かせながら、


「私は観てみたい。恋愛不全者の君が恋に落ち、誰かを想う心に打ち震える姿を。恋に落ちた君の、瑞々しい感情と生理的な身体の変容、その他全てを私は観てみたい。それら全てが、オリヒメの質問への答えになる。……だから」


 天才美少女科学者が、再び僕へ手を伸ばす。


「――君に、『(こい)』をしてもらいたい」


少し困ったように、名園先輩が笑う。


「……ダメ、だろうか?」

 

 名園、華雨。

 

 本当に謎な人だ、と思う。

 手厳しいのか、優しいのか、不純なのか、純粋なのか。

 未だ、その人柄はつかめない。

 でも、初めてその名前を聞いた時。

戸井は、彼女をランキング外とした上で、こう言っていた。

『比べられるヤツがいない……存在が尊すぎて』

 

……その意味が、少しだけわかった気がする。


「……仕方、ないですね……」

 

「……ちょっとだけなら、協力してあげてもいいです」


 差し出された名園先輩の手を、そっと握る。小さくてひんやりとした手だった。

 かと思うと、ブンブン上下に振り回され、


「そうかそうかッ! よかったッ、安心したよッ! もし君に断られたら、君の身体に埋め込んだチップとか回収すんのとかすごーくめんどかったから。いやー、ホントよかったよかったッ!」


 ……は?

 今、さらっと聞き捨てならないことが……。


「……え、ちょっと待ってください、何の話ですか?」


 恐る恐る尋ねると、


「いやね、君があまりにも無防備で教室に入ってきたものだから、ちょっと衝動的に失神させて、身体にマイクロチップを埋め込んでみたんだよ。……あ、外科手術含めて後処理も完璧にやっといたから安心して」


「……マ、マママイクロチップッ!?」


「そう。ちなみにシャレにならないほどお高いよ? ……これで、君の鼓動、脳波、筋肉の伸縮やアレの勃起具合まで、ありとあらゆる全てのデータを、オリヒメにリアルタイム転送できるようになったから。せっかくここまで上手くセットアップできたことだし、万一にも断られたらどうしようと……」


「ななな、なななんてことをッ!!」


「あ、言っとくけど、さっきの言葉もオリヒメがちゃんと録音してるから。今さら撤回するとかはもちろん無しだから!」


 満面の笑みで、どこからか紙とペンを差し出す華雨サン。

 パソコンの画面からは、オリヒメが「てへ☆ぺろです」とお茶目さを表現してくる。

 

 ……い、陰謀だ!!


「……さぁ、五ノ原くん……」


 白衣の悪魔にそっとペンを握らされ、何が何だかわからないままに。


「……はい、入部届。ちなみに免責事項とかあるけど、深く気にせず、ね?」


 さも当然かのような顔で、清々しいほど爽やかな調子で、名園華雨は僕に微笑みかける。


「……パソコン部へようこそ、五ノ原くん」


 ガクガクと震える手で、思考停止した僕は入部届に名前を書いた。


 そしてこれが、恋愛不全者である僕と、謎の名園の恋を巡る奔走の始まりとなる。

いかがでしょうか。需要が少しでもありそうなら続き書いてみたいと思います。感想、ブクマ等もお待ちしてますのでよろしくです!!

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