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ついでの召喚物  作者: 湊 恵
第一章 魔法と精霊
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 床張りの室内に、薄い飴色の光が灯っている。光は部屋の天井四方から発せられ、部屋の一面に接した寝台に横たわる人物と、その脇にいる物、そして今部屋に入ってきた人物を照らしていた。

 二人のうち一人は丸椅子に腰掛け、布を多く使った外套の下、身体にぴたりと沿った服を纏った腕を使い、目の前で眠っている少女の身体の上に手をかざしている。長い前髪から注がれる視線は、少しだけ憂いを帯びている。

 もう一人、青い外套を頭から被っていた者が、口を開いた。


「……その子の様子は?」

「落ちついて寝ていますよ。少々のことじゃ起きないようにかけたから、当然ですけど」


 こちらを向かないままの弟子の言葉を聞き、青い外套の女性は先ほど閉じた扉に背を預けると、眉間にしわを寄せたまま瞼を伏せるとため息をついた。


「村長の絡み酒は終わったんですか?」

「なんだか煽りすぎたのか感極まって泣き出してなぁ、ようやく娘婿殿におしつけてきたよ。村人達も広場で転がってるのが何人かいるが、まぁこの時期だし悪くて風邪をひく程度だろう。所帯持ちは家族が引きずっていっていたがね」


 一向にこちらを見ない弟子に対し、ははは、と苦笑いをしながら女性がゆっくりと目を開く。頭に被っていた外套の一部を肩に落としながら、少女の眠る寝台の脇に近づいていった。

 弟子の横で足を止め、視線は寝台に向けたまま、横で眼前の人物の気配を探り続けている相手に、声を潜めて問う。


「術式の反発は?」

「確認できません」

「過剰効果は?」

「それも今の所は反応がありません」

「ならば……とりあえずは精霊の傘の下に在るものにはなる……か」

「……そうですね」


 弟子の言葉を聞き、女性は傍らにあるもう一つの丸椅子に腰掛けた。座り終えたのを見て、弟子が口を開く。相変わらず、視線も姿勢も変えないままではあるが。


「この子、精霊がいます」

「……起きていないのに、それが漏れる程の力なのか?」


 女性は思わず寝台上の少女に視線を向け、次に弟子を見た。とてもそうには見えないが、と言わんばかりに眉根を寄せれば、弟子は軽く首を横に振り、腕を引くと姿勢ごと女性に向かう形をとる。


「そうではありません。先ほど眠らせる前に、わずかながら土の精霊が入り込んだ気配を感じました。すぐに気を失わせてしまったので、どういったものが彼女の中に入ったのかは分かりませんが、この辺りの土の精霊は気性が穏やかなので、大きな問題ではないかと」

「……そうか。ならば会話は可能、……性が高い……かも、なぁ」


 そこまで聞くと、女性は深く深く息を吐いた。その音からは、酷く気落ちした様子が漂ってくる。


「……どうするかな、ノルト」

「どうもこうも、彼女を咄嗟に見えなくしたのは僕ですけど、村長筆頭に村人達を嘘八百で騙し……誤魔化して余計な感動まで与えてしまったのはアトゥル様なんですから」

「いやあの場はああするしか……ちょっとまて、彼女って言ったか今」

「そうです。この子、女性ですよ。……分かりにくいかもしれませんが」


 腕組みをし、うつむきながらうんうんと考え始めた師であるアトゥルに対し、ノルトと呼ばれた人物は表情を作らずに淡々と事実を話す。少女の性別に驚き、上体をいくらか寝台側に傾けたアトゥルを視線だけで追い、最後は顔を寝台に向けた。


「確かによくみると喉が……だが骨格や体つきからして少年にしか見えなかった……そうか、女性か。お前より体躯が良いのでつい少年と思い込んでいたよ」

「僕のことはどうでもいいです。……本当に、どうするんですか? この村への対処はともかく、……この子、自身は」


 前のめりになっていた上体を戻したアトゥルに、ノルトは向き合い静かに問う。その顔は、怒ったようにも、悲しんでるようにも、笑っているようにも見えた。


「捨て置けはせんよ。私が執り行ったことだ。彼女を巻き込んでしまっているのだから。……ただ、こればっかりは私でも償い方が分からんなぁ。なにせ異界からの召喚で生きているものが、しかも人だなんてな。聞いた事がないし該当する文献も記憶にない」

「ヤナハッタでは分かりませんか?」

「さてな。あそこ書庫には二十年ほど前に一度全て触りはしたが、それ以降重要なものが入ったとして、よほどのものは私に回ってきていた。だがそれも数度であるし、今回のことに該当するようなものは無かった。責任者のルースは優秀だが、六十年程度しか生きていないから、奴が得られる、そして得ている知識には限りがある。ゆえに期待は出来ん。今回呼ばれた理由を足がかりにするか、私達だけで他国のもの含め、遺跡発掘をしまくるという手段もあるにはあるが」


 遺跡という言葉に、ノルトは自然下がっていた目を上げ、アトゥルを注視した。 きゅっと口を一文字に結ぶと、片方の口角を上げ、苦笑しながら音を零す。


「アトゥル様が言うと、最後の言葉は冗談に聞こえませんね」

「やれないことはなかろうよ。煩わしいことと付きっきりにはなるだろうがね。どの道、何がどうあれ最後はその手段を採るつもりであったしな。まつろわぬ民と見做されるのが早まるだけ……なに、気にするな。今はまだ冗談だぞ? 本当に」


 座った脚に肩肘をつき、その手を顎置き代わりにしながら、空いている片手をひらひらと振り、アトゥルは笑う。


「ルースに呼ばれたのが良い方向に転べば良いとは思っていた。だがまさか、こんな出会いまでとはなぁ。えにしといえど、善し悪しまでは分からんものであるし」


 少女に視線を向け、思案顔のアトゥルに対し、ノルトは先程よりも眉間の皺を深くして奥歯をかみ締めているようであった。


「……お前が責任を感じることではないよ、ノルト。術を発動したのは私だ。私が行った祭事なのだからね」

「……弄ばれているようなものですよ、この子も――」


 視線を相手に向けぬまま、ノルトは膝の上に置いている手を少しだけ握り締める。その様子を、アトゥルはただじっと見た。そして、笑いかける。


「そうかもしれんな。いやだから(・・・)こそ、私は今回出てきたんだよ」


 師の言葉に、弟子が顔を上げる。視線を交わし、ノルトは少女に一度目を向け、すぐに戻した。


「アトゥル様に……感謝はしています。あの日から、ずっと」

「よせよせ、しおらしいのはらしくない。こんなことが起きれば、しょうがないかもしれんがね」


 またひらりと片手を振って、二人の間にある空気を混ぜ返すようにアトゥルは笑う。


「ともかく、村への誤魔化しは成功した……はずだ。うん、まぁきっと。あとはこの子と交渉ができるかどうかだな。できれば友好的に行きたいが、性格も素質も分からんからなぁ」


 「いきなり暴れられるかもしれんし」と腕を組んで考え始めた師に対し、ノルトはまた何の表情も作らず、淡々と告げる。


「少なくとも、僕とアトゥル様で抑えられない術者の召喚であったなら、どの道世界が早々に焦土と化す気がしますが」

「それもそうだな」


 弟子の言葉を受け、アトゥルはにやりと口元を歪めた。

 それはとある村で豊穣祈願の祭りとそれに伴う毎年恒例の儀式が終わり、日が夜を跨いで間もない頃であった。


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