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第22話「帰還」:A1

「――ッ!?」


 目を開いたイナは、油断の余りその場で態勢を崩し、尻もちをついてしまった。

 立ち眩みにも似た弱い頭痛を煩わしく思いながら、倒れたままであたりを見渡す。

 既視感、などというには見慣れすぎた光景。

 自宅近くにある寂れた公園そばの、狭い路地だ。


 湿った夏の空気が異様に懐かしい。

 あろうことか、イナはいま自分を育んだ街にいるようだ。

 夢と断ずるには感覚がはっきりとしすぎている。

 目覚めろと言い聞かせても開く瞼は自分のものだけ。


(転移……したのか……?)


 連鎖的に当時の記憶がよみがえってくる。

 七夕、イナの誕生日。

 こんな日までも両親と諍いを起こし、淀んだ気分を変えようと外に出たのだ。

 そしてふいに、ドイツの森の中に居場所が変わったのは――ちょうど、この歩道を歩いていたときだ。

 時間の経過を確認しようにも、スマートフォンは自宅に置いてきており、あちらの世界で支給されたPLACEフォンも手元にはない。

 焦りで思わず服を掴んでしまうが、そこでふと思い出すことがあった。

 胸を刺し貫かれた自分は、結局どうやって助かったのか?

 チカや、シャウティアはどこに?


 まず前者を確認しようと服に触れるが、穴は開いていない。

 体の方も念のためまさぐって確かめてみると、何か傷跡のようなわずかな凹凸があった。

 濡れた感触も痛みもなかったことから、どうやら傷はふさがっているようだが。


(何が……どうなってる……?)


 心の中で呼びかけても、誰も応えてはくれない。

 まるで突然にセーブデータをローディングしたかのような唐突さだ。

 一人の頭で必死に解決策はないか、その場でしばし考えて、まだ試していないことを思い出す。

 周囲に人気がないことを確認して、イナはAGアーマーの展開を念じる。

 すっと自分が別の存在に変わっていく感覚は確かで、見える限りは成功していることが認められた。

 ただ、やはりシャウティアは沈黙したままだ。

 ひとまずアーマーを消し、イナはようやく決心する。


(家に……帰るしかない)


 希望的観測が現実と合っているのならば、初めての転移から時間はほぼ経過していない。

 いろんな理屈をこねたい気持ちはあったが、要するに帰りづらいのだ。

 イナはすっかり忘れていたが、両親は今頃イナのことで話し合っているところだろう。

 かと言って、夜中に外へ出たまま帰ってこないのでは余計にストレスの原因となる――お互いに。


 以前のままでは考えられない切り替えで目的地を決めたイナは、ため息を吐きながら歩き始めた。


(……転移のタイミングに共通点が見当たらない)


 その間、イナはたまに車が通る程度の静けさの中で考えを巡らせる。

 居場所も、イナの状況も、前回と今回は大きく異なる。

 転移には何かが必要、という感じがしないのだ。

 ただ盤上の駒を動かしただけのようで。


(神……みたいなのが、いるのか?)


 イナはふと夜空を見上げる。

 彼を弄ぶ神。真っ先に浮かぶのは未知の部分が多いファイド・クラウドだ。未だ彼の死には疑いが残る。

 次いで、未知という点においてはシャウティアも候補に挙がる。

 しかしいずれも合点がいくものではない。

 やはり、次元の異なる世界に座する何者かがいる――そんな気がしてならない。


(……わからないことに、時間を割いても仕方ない)


 どこまで行っても妄想の域を出ないが、エイグの存在、シャウトエネルギーや時間を操るシャウティア、そして世界の境界を超えたイナとチカは確かだ。


(いや、チカも確かだという保証はない……か)


 疑いだしたらキリがない。

 ならば一刻も早く帰宅してチカと連絡を取らねばならない――そう思った矢先、傍を通過するはずの車が停車した。

 扉が開くも、この辺りまで送っていたのだろうと思いすぐに意識の外に追いやろうとする。

 しかし、予想外のことが起こる。


「伊奈君だね」

「っ?」


 まさか不審者と出くわしたのだろうか、と警戒心を強め振り返るも、そこにいたのは見覚えのある壮年の男性。

 チカの父親に当たる、悠里誠次(せいじ)だった。



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