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Prologue4「決断」:A
鼓動が激しい。
正常な判断を奪うかのように、その音が内側にけたたましく響いている。
それ自体は、緊張しやすい彼にとっては珍しくないことだったのだが。
選択を、迫られていた。
どちらの恩に身を任せるのか。
どちらの地獄で戦うのか。
どちらの自分を真と認めるのか。
その選択に意味はない。
正しさがないために、間違いだったと思い込むかもしれない。もう一つの選択が頭から離れなくなるかもしれない。
後悔したとしても時間が薄めていくだろう。
それでも彼は、苦しみを覚悟して選ばなくてはならなかった。
「時間もない。聞かせてもらおうか、君の答えを。帰るべき場所がどこなのかを」
男の声は、圧力をかけるものではなく、ただ問いかけているだけの平坦なもの。
しかしその自由がむしろ、イナの重圧となっていた。
責任を押し付けることができず、自分で考えなくてはならないからだ。
「俺は。俺は――」
戻るか、残るか。
正常とは言えない状態の中、彼は決断した。




