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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
Ⅲ《変えられた》未来
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第19話「歪に回る歯車」:A3

「何か、言うことはあるか」


 会議用の施設内に、レイアの言葉が重く静かに響く。

 その矛先にいるイナは、椅子に座ったまますっかり身を縮こまらせていた。

 利用者がいなかったため、現在ここにいるのはレイア、イナ、そしてアヴィナのみだが、窓の外から傍を通る隊員の視線が常に感じられる。


「……ごめんなさい」


 何を言えばレイアは納得してくれるだろうか。

 イナはそればかり考えてしまうが、何を言っても起こられるビジョンしか見えない。

 そのせいか、どんな言葉を思いついてもすぐさま頭の中が漂白されていく。

 それでついに出た精一杯の言葉が、これだった。


「シフォンを通じて戦闘の情報は確認したが、理解できていないことが多い。だが、それは当のお前も同じ。そうだな?」

「……はい」


 小さな声で応えるイナはさながら、母親に叱られ今にも泣きだしそうな子供のようだ。

 一方レイアは、どうしたものかと悩むように眉をひそめ溜息を吐いていた。


「……とりあえず、現状でのお前自身の見解が聞きたい」

「いや、その。なんていうか。俺の知り合い――チカが連合軍にいて、あのエイグに乗ってるのかな、と……」


 根拠がないために段々と声を小さくしていくイナに、レイアの眉間がさらに皺を深くする。

 それを和らげるようないつもの口調で、アヴィナがイナの傍でテーブルから顔を出す。


「んまぁ、それがどっちにしたってさ。向こうにシャウティアみたいなエイグがまだあるってのは確かなわけでしょ? てことはさ」

「連合軍にもまだ逆襲の用意があることになる。加えてイナの聞いた言葉が正しいのなら、そのエイグの狙いはイナにある」

「……なら、俺が囮に」


 自虐的な声音に、レイアの表情にも困惑の色が混じる。

 彼女としても一概にイナを責めきれない為に、どのように接すればいいのか困っているのだろう。


「一時の感情に流されて自棄になるのはやめろ。……あのままイナが出撃していなければ、ここへの攻撃も実際に起きていたかもしれない。私達の指示を待たないまま出撃したのは褒められたことではないが、事前に脅威の種を退けたことに関しては確かな手柄だ」

「そもそもボクらは軍隊じゃないしさ、そんな厳しくしても息苦しいだけだって」


 痛いの痛いの飛んでけー、とやや的外れなおまじないを唱えつつ、アヴィナがイナの肩を優しく叩く。

 微かではあるが、ネガティブな感情が解消されるのを感じた。


「……まあ、そう言うなら」


 口ではそう言っても、処理しきれない感情は依然としてあった。

その大部分は、チカが自分の呼びかけに応えなかったところにあるのだが。


「何度も言うが、お前にはなるべく負担をかけたくはない。今後の動きは気にせず、今日は待機して休息に努めろ。いいな?」

「……はい、わかりました」


 終始猫背で反省の意を表現したまま、イナは小さな歩幅で会議用の施設を出ていく。

 同時に自分に向けられた視線が嫌と言うほど感じられ、すぐにでもどこかに逃げたい気分だった。

 その時、落ち込んでひん曲がった彼の背に声がかかる。


「イーくんイーくん」


 レイアと何か話でもしていたのだろう、アヴィナが遅れて建物を出ていた。

 彼女はイナの服の裾を引っ張り、半ば強引に人気のない建物の影へと連れていく。


「な、なんだよ」


 イナは一人にしてくれと言いたくはあったが、すぐにそれが自分にとって必ずしも良いことではないと思い至り、不満げながらもアヴィナに従う方向に切り替える。


「や、ちょっと聞きたい事とかあってさ。チカって人のこと、聞いてもいーい?」


 チカの名を出されたことへの動揺は思ったよりなく、話して面白いことはあるだろうかと、要りもしない心配のほうが大きかった。

 ひとまずイナは控えめに頷き、どこから話し始めようかと虚空に視線をやる。


「……幼馴染、なんだ。通ってた幼稚園が一緒でさ、家が隣ってわけじゃなかったけど、一緒に遊ぶことが多かった」

「ほえー、仲良しさんてこと」

「仲良し……まあ、そうだったと思う」


 否定はできないが、今のイナには断言しがたい形容だった。

 そうでなくとも今振り返ってみれば、チカとは仲が良かったと本当に言えるのかイナにはわからなかった。


「悪ガキにいじめられてるのを助けたのが始まりだったのかな」


 チカが一人で遊んでいた人形を、男児が自分たちの遊びの為に取り上げようとしたのを、イナが割り込んで止めたのだ。

 むろん、その時イナはまだチカに特別な感情を抱いていたことはない。

 彼女を助けたのは、別の理由があった。


「この頃から、アニメとか見ててさ。困ってる人を助けるヒーローに、意味とかよくわからないけど憧れてた。でも、そう都合よく困ってる人なんていなかった」

「そんな時に、チカさんが困ってた。だから助けてヒーローになろうとしたんだね?」

「今じゃ恥ずかしい思い出だけど……まぁ、それで思いのほか好かれた、のかな」


 その表現で間違いはないが、そのあとのことを考えると単純に信頼を得たというだけだろう。


「で、小学生になる少し前に、チカが隣町に引っ越していった。隣って言っても子供が気軽に会いに行ける距離じゃなかったし、そのまま関係がなくなると思ったけど……チカの両親の提案で、ビデオ通話をするようになったんだ」


 ふむふむとアヴィナが相槌を打つ。

 どうやら現状、興味は薄れていないようだ。


「そこまではよかったんだよ、最初はちょっとぎこちなかったけど」

「んー、なんかあったの? 喧嘩とか?」

「俺の方が、ちょっとな。……ほら、俺のこの目って、俺のいた世界だとすごく珍しいんだよ」


 イナが自分の瞳――ほのかに光っているようにも見える薄緑の虹彩を指さす。

 ただのカラーコンタクトであれば少し浮いた存在で収まっただろうが、生来の物であるがゆえに隠すことも難しかった。

 隠しても、まれに光を発することもあった。


 もっとも目の前にいるアヴィナを始め、生まれつきそうであったり、髪の色や目の色を好きなように飾ったりするPLACE隊員は珍しくはないため、現状そこまで物珍しさはないのだが。

 ともかく特徴的なそれは、幼い時期はまだしも、周囲が他者との相違を感じ始めると際立ち始める。


「まあ、なんだかんだでバレてさ。そっからすぐに孤立していった。気が付いたら友達なんていなくて、大人も頼れなくなった」


 アヴィナも反応に困っているのだろうか、心配げな表情でイナを覗き込んでいる。

 察しのいい彼女のことだ、何があったのかは大体想像がついているだろう。

 ふつうの人間からしてみれば、それこそ架空でしか見たことのないような出来事が、イナにとっては日常だった。

 周囲の子供たちからは給食をひっくり返されたり、筆記用具を隠されたり、意図的にプリントを回さなかったり。

 大事にしたくない教師は見て見ぬふりをしたり、曖昧な結果に終わらせたり。

 なぜかイナが謝ることさえもあった。


 そうまでされてなお、他者を信用する理由などはない。

 未知の人間が集う集団に身を置く恐怖は、ここに由来している。


「でも、チカだけは俺と付き合い続けてくれた。クソみたいな日常だったけど、チカを前にするとそんなことを忘れていられた」

「……じゃあ、イーくんにとってチカさんは、たった一つの心の拠り所だったってわけだね?」


 イナが控えめに首肯する。


「チカだけはこの目のことをずっと知ってたからだと思うけど、それを理由に差別したりしなかった。……今思えば、気が付けばチカしかいなかった、って感じだったのかもしれない」

「ふうん」


 何かに思い至ったような意味深な相槌を打つアヴィナ。それに気づかないイナは、一人で自分の発した言葉の意味を探っていた。


(……その安心感を俺は、『好き』だと勘違いしてただけなのか?)


 いま、PLACEという居場所を手に入れ、イナは以前よりも心が脆くなくなった。

 アヴィナの言葉を借りると、心の拠り所が一つではなくなったのだ。

 言ってしまえば、日々の悩みを共有したり解消したりする相手はチカでなくともよくなったのである。


「それくらい仲のいい人がこの世界にいるかもしれないってなると、そりゃあじっとしていられないよねぇ」

「……まあ、うん」


 未だ確たる証拠はないが、虚偽である可能性も否定できない為にこうして苦心している。


「おっけおっけ、ありがとね、話してくれて」

「……こんなんでいいのか?」

「いーのいーの、イーくんの話ならなんでも新鮮さ」


 少々思い出したくないことはあったが、本人がそう言うのだから、ひとまず話した甲斐はあったのだと安心する。


「そんじゃ、ボクはこれで」

「ホントにこれだけなのか……」

「えー、ダメ? それとも、もしかしてボクともっと一緒に居たいの?」


 またもからかうような口調で反応を伺ってくるアヴィナに、イナも羞恥を覚えながら眉をひそめる。


「行くなら早く行けよ」

「んふふー、ごみーんに。ばいば~いっ」


 いつもの無邪気そうな子供に戻ったアヴィナが、小さな基地の中に消えていく。

 建物の影の中で一人になったイナは、その場に腰を下ろしてなんとはなしに空を見上げて思索の海に身を沈めていく。


(……もし、チカが敵になっていたとしたら)


 それは考えうる中でも、最悪に近い状況。

 にもかかわらず、もっとも現実的な予測であった。

 かつ、それを止めるのは今のイナには難しい。


(殺さずに助け出すなんて、言ってられないかもしれない)


 逆に、死ぬのはイナかもしれない。

 どんな策を講じても敗北のビジョンしか見えず、止められる希望がまるでない。

 仮にあのルーフェンに搭乗しているのがチカでないとしても、状況は大して変わりそうもない。

 そこまで思い至って、イナは自分の無力さを痛感し溜息をもらす。


 イナの駆るシャウティアは、他のエイグとは一線を画す強さを持っている。

 しかしながら、イナ自身は強くはない。シャウティアの機能に頼らなければ、大した戦力にはならないのだ。

 彼は今までその性能に依存してきたのだから、同じ土俵に立つ者がイナより強ければ、どちらが勝利するのかは目に見えている。


(……けど、たぶんあのエイグは俺にしか手を出せない)


 勝てる見込みがなくとも、ルーフェンと対峙できうるのはイナだけだ。

 絶望に身を任せたところでどうにもならない。


(シャウティア)

《――なに? イナ》


 目を閉じて、頭の中でシャウティアのAIと通信を繋ぐ。

 感覚は不思議と、あのチカと思しき声が響いた時と同じだった。

 もっとも聞こえてくるのはチカを模したAIの声なのだから、当然と言えば当然なのだが。


(あのエイグは、俺達よりも速く動いていたな?)

《うん》

(なら、俺達が向こうより速く動けばいいはずだ。けど、話はそこまで単純なのか)

《……わからない。仮にシャウティアが二機あって、戦うことがあったとしたら、先に時間の流れを遅くした方が勝てるのは確かだよ》

(けど、あのエイグはほぼ同時に合わせてきた……)


 本当に同時に機能を発動した、と考えられなくはない。


(考えを読んだ?)

《ここまでのことが全部本当に起きていることだとすれば、ありえるね》


 出撃前に、チカに自分の心の内を読み取られたような感覚があった。

 それを戦闘でも用い、イナが絶響する意思を感じ取り、同時に発動したとしたら。


(……その上で、シャウティアより速くなってる)


 となれば、いよいよ太刀打ちができそうにない。不意を打とうにも、その意図も読まれるだろう。

 そこでイナは、藁にも縋る思いで突飛な発想を言葉にする。


(シャウティア)

《なに?》

(お前に戦闘を任せることってできないか)


 シャウティアのみならず、エイグは遠隔操作を行うこともできる上、AIが自立して動くことも可能である。

 もしも、思考を読み取れる対象がイナにのみ限定されているのだとしたら、対処は可能になるのではないか――という意図だ。


《できなくはないよ。イナの行動パターンも学習してるし、真似っこもできる。私の判断で動くことだってできるよ》

(……その口ぶりだと、何か欠点がありそうだな)


 諦念を込めた溜息を吐き、肩を落とすイナ。

 そこからシャウティアが無理である理由を言ってくれるだろうと思っていたら、妙に長い――会話自体はほぼ一瞬なのだが――沈黙があり、違和感を覚えた。


《私、イナの意思で動いてるから。イナがいないと長時間動けなくて》

(……まあ、そうだよな)


 間を開けるほど大事なことかとは思ったが、事実、長時間の稼働ができないのは課題だ。


(だとしたら、エイグに搭乗していない時を狙うか?)

《それこそ、敵の基地に突っ込みでもしないと》

(……いや。戦闘中に俺が機体を降りればいい)


 危険は承知だったが、可能性もまた拓ける選択肢である。


(チカが俺だけを目的に動いているなら、シャウティアには興味がないはずだ)

《で、でも》

(チカがそれに応じるなら、AGアーマーで距離を詰める。防御はある程度は大丈夫だろうし、うまく行けば向こうの決定打を一つ減らせる)

《でも、それはこっちも同じだよね?》

(……レイアさんに話して協力を仰ぐよ)


 どんな顔をされて拒絶されるか分かったものではなく今から既に気が重いが、実行する価値はある。

 それをうまく伝えられるかも不安事項だが。


「あの、今よろしいですか」

「え? ああ、はい」


 不意に声をかけられ顔を上げると、見知らぬPLACE隊員が携帯端末――PLACEフォンを手に立っていた。

 おそらくイナのものだろう。


「先ほど日本支部のミュウさんからお電話があり、探していたのですが」

「すいません、わざわざ。あとで返しておきますね」

「では、私はこれで」


 丁寧に頭を下げて去る隊員を見送り、イナは端末の画面を見る。見た目はイナの世界のスマートフォンとよく似ていたため操作も容易だ。

 保留状態を解除し、スピーカーを耳に優しくあてる。


「あー……もしもし?」





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