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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
Ⅲ《変えられた》未来
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第18話「堕ちゆく誓い」:A4

 イナは正確な方角も分からないまま、直感を頼りに森林の中を駆けていた。

 導かれるように、誘われるように――否、いずれの表現も合わない気がしている。

 彼は今、自身の意思で疾走する自覚があった。

 ゆえに迷いはなかったが、謎は尽きない。だがそれも、今から飛び込めばわかること。

 イナは腹を括り、太い木の幹を飛び越えたと同時に、肺の呼気すべてを絶叫に変換した。



「シャウティアァァァァァァ――――――ッッ!!!!」



 すぐ後ろで爆発が起こったかのような音と暴風が、着地したイナに来訪を告げる。

 息を整えながら振り向き、見慣れた赤白の巨人が屈んでイナに手を差し出しているのを認める。


「行くぞ」


 手に乗ったイナに応えるように、彼と同じ薄緑色の瞳を光らせる。

 開いた胸部装甲から機体の内側に入り込み、イナは球体状の心臓へと足を踏み入れた。


《イナの搭乗を確認、ハッチを閉めるよ。――BeAG(バグ)システムオールグリーン。AGアーマー展開》

「……ッ」


 シャウティアの疑似人格AI、チカを模した音声に従い、イナの体から鎧の輪郭線が現れる。

 それはシャウティアと同じものであり、線に従って鎧が魔法のように質量を得て、彼の存在を上書きするように装着されていく。

 指の先から肩に向けて。つま先から腰に向けて。首から胴に向けて。頭頂から顎に向けて――

 瞬きをすれば、イナと言えるものはそこにいなかった。

 視点はイナを飲み込んでいた森林を見下ろすほど高くなり、巨大化し鋼鉄を身に纏う感覚が彼に万能感に似たものを与え、戦意を奮起させる。


《動作拡大率再測定……更新。いけるよ、イナ!》

叫べ(シャウト)ッ!!」


 イナは再び叫び、背中の推進器を展開して薄緑の光を放出し、飛翔する。

 その際に聴こえてくるであろう木々のざわめきは、既に聞こえない。

 時間がシャウティアを置き去りにした世界の中で、彼女の出す閃光が蒼穹を走っていく。


「チカ……いや、シャウティア。お前は知ってるのか、いま俺に何が起きているのか」

《………》

「言えないならいい。今は俺に力を貸してくれれば、それで」


 沈黙するシャウティア。

 彼女に不都合なことはあれど、イナの生命を失いかねない事態を前に同じ対応をするとは、イナは思っていなかった。

 勝手な思い込みだが、疑うよりは気が楽だった。


 それから、いくばくか時間を経たのち。

 森林を抜けてしばらく広がる荒野の中で、イナは無理やり目を奪われたように、ソレに視線を釘付けにされた。

 赤い機影、蒼い翼。

 ピンと張った綱で引かれたように、イナは急転回して推進器を噴かせた。

 近づく中で、ソレが確かに探し求めていたエイグであることを認める。


「チカァッ!!」


 血のにじむような呼びかけ。

 シャウティアの喉を通して拡大された声だが、シャウティアと流れる時間の速度が違う以上、そのエイグは金切りのような甲高い音が聞こえるに過ぎない――はずだった。

 あろうことか、そのエイグは振り向き、確かにイナと目を合わせたのだ。


「ッ!?」


その事実に驚愕し失速したイナは、バランスをとりながら着地する。

念のため、慌てて頭の中でシャウティアに問いかけた。


(まだ、絶響中のはずだよな)

《……うん》

(だとしたら)

《あのエイグも、私達と同じことができる》


 イナの懸念を、シャウティアが確証に変えて告げる。

 事実、目の前にいる赤いエイグは、リアルタイムで稼働していた。


(無駄に消耗もできない、切るぞ)

《うん》

「……ディスシャウト」


 警戒しつつ唱えると、ふっと辺りに風が吹く。

 外見に一切の変化はないが、赤いエイグも同じように対処したのだろう。蒼い瞳をわずかに光らせた。


「チカ、お前は……そこにいるのか?」


 はやる気持ちを抑えて、イナはその問いを投げかける。

 鼓動が体の中で反響して鬱陶しい。

 ちょっとした刺激で破裂しかねない心臓を宥めつつ、イナは赤いエイグの反応を伺う。


(シャウティア、通信は繋げないのか)

《ダメ、接続を拒否されてる。……ううん、むしろ受け付けてない……?》


 沈黙の間に問いかけていると、赤いエイグが歩み寄り手を伸ばしてくる。

 イナは思わず退きそうになるが、明確な攻撃の意思が示されるまでは受け身であるべきだと動きを止める。

 赤いエイグの手は開かれたまま、ゆっくりとイナの、シャウティアの顔へと近づく。

 それをじっと視線で追い、いよいよ触れた――直後。


「ッ!?」


 先ほど、レイアの端末で赤いエイグの姿を見た時と同じ感覚がイナの体を駆け巡る。

 反射的に手を弾こうと腕を振るが、既にそこに腕はなく空を切る。

 何が起こったのかという問いに対し、視覚へすぐ答えが示された。


 今の一瞬で、赤いエイグが距離を取っていたのだ。

 それは、いつもイナがシャウティアでやっているのと同じような。


(シャウティア……お前か?)

《ううん、相手を動かすことはできない》

(だとしたら……やっぱり)


 現象を目の当たりし、推測は確信に変わる。

 シャウティアにできることが、この赤いエイグにはできるのだ。それは、つまり。


(いつでもやれるって、そういうことか)

《どうする?》

(もう少し様子を見る。まだ肝心なことは聞けてない!)


 イナは身構え、再度戦意を燃やす。

 シャウティアと同等の性能だが、搭乗者がチカであるのなら大した戦闘能力もない筈。

 先ほどは隙だらけであったが、次が無ければいいだけだ。


「……シャウト!」


 短く唱え、シャウティアに流れる時間を遅らせる。

 実際何が起きているのかイナも分かっていないが、イナ以外の時間が停止しているに等しい状態になることだけは確かだった。

 チカと思しき赤いエイグも同様に遅らせたのだろう、イナの視点から見ても先ほどまでと変わらない様子だ。


「答えるまで逃がさない。どうしても答えないってんなら、そのエイグをぶっ壊してでも引きずり出してやる!」


 半分は本気で、半分は強がりだった。

 エイグの搭乗者は機体と感覚をリンクしているため、イナの言う通りに破壊しようものなら、身体が破裂したような痛みに襲われるだろう。

 AIのある頭を破壊すればあるいは抑えられる可能性はあるが、それでも痛みを伴うことは避けられない。そのため、できることならそんな事態にならないに越したことはない。


「もう一度だけ聞くぞ。お前は、チカか」


 残念ながら、返事はない。

 代わりに――一瞬で距離を詰めてきた。


「ッ!」


 咄嗟に防御の姿勢を取ろうとするが、赤いエイグが握った拳は既に眼前に迫っていた。

 当たる。直感のささやきに抗うことはかなわず、次の瞬間には顔面に拳が叩き込まれているに違いない。

 だが、シャウティアが薄く纏う光は、あらゆるものを触れたそばから消滅させる。

 なるようになれと投げやりで待ち構えた矢先、しかし拳は直前で停止した。

 それどころか、後ろに飛んで再び距離を取ってみせた。


(なんだ……? 本当にチカがやってるのか……!?)

《いくらなんでも、エイグが出せる速度じゃないよ》

(それも、シャウティアと同じ速さになった上でだ!)


 それはつまり、人知を超えた速度を誇るシャウティアよりも、何らかの要因で更に速いということ。

 まともに戦って勝てる見込みは、これでほぼ潰えた。

 イナの本能が危機を訴える。この状況下で自分にできることは何か?


《イナが目的なら、囮になって基地と距離を取った方がいいよ。私達を倒すのが目的なら、もうとっくに済ませられてるはずだし……》


 情けない話だが、その通りだろう。

 イナの苦しむ様を愉しんでいるという可能性も否定はできないが、搭乗者をチカと仮定している以上は除外しても良いだろう。

 まずもってこの状況に希望を見出すには、時間を稼ぐほかはない。


(レイア……いや、アヴィナに繋いでくれ)

《――いいよ、繋いだ》


 脳裏にザ、とわずかに砂嵐を感じ、おぼろげに思考が接続されたのを認める。


『イーくん、どお? 隊長さんに聞かれちゃまずい感じ?』


 思考で話しているせいで、隠し事もままならない。

 いきなり説教から始まるようでは円滑に連絡も取り合えない、というのはただの建前だ。


(……赤いエイグに接触はできたけど、状況が芳しくない。時間は稼ぐからそこから離れるように言ってくれ。そっちは?)

『特になんにもないよ。さすがに勝手に部隊動かすのは難しいから、少しは時間稼いでくれる? ボクもすぐ行くからさ』

(いや、来ない方がいいかも知れない。この赤いエイグは、シャウティアよりも上だ、たぶん)

『……ま、そっちでもう数分でも経ったらまた連絡をおくれよ』

《――Ciasとの通信終了》


 返事を待たないまま、一瞬の会話が切られる。


「来い、チカ」


 イナはふっと息を吐いて調子を整え、退くように見せかけながら推進器を噴かせ上昇する。

 後を追ってくる赤いエイグの背負う蒼い推進器の方が明らかに性能が高く、空中であろうとイナの方が不利なのは変わりそうもない。


(なんとか……できないのか!)


 苦悶の表情を浮かべながら、イナは必死にシャウティアに問いかけ思索する。


《……ネックになっているのは、あのエイグに『私』――チカがいるかどうかだよね?》

(そう、だけど)


 不意に発言したシャウティアに、イナは少し驚きつつも肯定する。


《だったら、昨日やさっき『私』を感じたように……いま、それはできない?》

(どうやれって? 透視でもすればいいのか!?)

《う……》


 焦るイナに、人間でもないシャウティアが言葉に詰まる。

 イナとて手段があるのなら試したいが、それで得られるものに確かさがない以上は試す価値がない。

 彼自身、あの現象をまだ信じ切ってはいない。触れてはじめて触覚が働くように、聴いて初めて聴覚が働くように、何をすればその感覚が働くかが分かっていないのだから。


(こうなった以上は腹を括るしかない……! なんとかコア引き抜いてでも確かめてやる!)


 懸念点はいくつもあるが、それ以外にチカの存在を確かめる方法はない。

 イナは追ってくる赤いエイグに対して転回し、拳を握ってから手刀に形を変える。


「いけぇぇッ!!」


 絶叫に合わせて推進器の出力が爆発的に向上し、同時に手刀に光を纏わせる。

 おそらくはそれが目視できているであろう赤いエイグはしかし、そのまま飛翔し停止したり回避する様子はない。

 ならば好都合と、イナはコクピットから少し離れた胸のあたりに狙いを定める。


「許せ、チカ……――ッ!?」


 だが、やはりと言うべきか。

 光の刃が胸を貫く寸前で、赤いエイグがするりと身をかわした。

 そして回避されたことに気を取られたイナの背に、推進器で勢いを増させた回し蹴りが叩き込まれる。


「かはッ」


 実際にイナが蹴られたわけではないが、感覚をリンクしているせいで仮想のダメージを受け、肺の息が吐き出さされる。

 久しい痛みに歯を食いしばりながら宙で転身し、地面と激突することは避ける。

 しかして着地の際に土埃は舞っており、シャウティアに流れる時間が元に戻っているようだった。


(俺に、触れた……!?)


 過去何度も、敵エイグのブレードや銃弾、果ては腕や脚をも消滅させてきたシャウティアのバリア。

 それはイナの意思に対応しているという推測を立てられ、弱点は射程外からの攻撃やイナの無意識下での不意打ちだと思われていた。

 だが、今こうして彼は、蹴りを食らっている。


(……あの時も、そうだった!)


 イナの脳裏に、苦い記憶がよみがえる。


(でも、あの時は少しくらいは防げてた。今のはモロに食らったんだから、単に迷いが原因じゃない筈だ……!)


 見たところ、赤いエイグの足が削れている様子はない。

 それとは別に、自身に対する時間の流れを既にイナに合わせているようであった。

 わざわざ同じ土俵に立ってやっていると言われているようで、多少の屈辱を感じる。

 だがそれ以前より困惑のさなかにあるイナにとって、大した効果はない。


(シャウティア。防御の為に俺の意思が邪魔をしてるなら、少しくらい弄っても構わない。……弄れるなら、だけど)


 返事はない。体に変化も感じられない。

 それでもシャウティアが何か手を打ってくれたと信じて、イナは再び駆けだす。


「シャウティング……――ッ!!?」


 右手に念を込め、いつも戦場で振るっている剣をイメージしたところで、イナの全身が危機を感じる。

 視線は赤いエイグから虚空へ。何もない筈のそこには次の瞬間、黒い砲弾が直進していた。

 無論避けられようもなく、シャウティアの上半身を爆炎と黒煙が包み込む。


(横槍……!?)


 煙を振り払い視界を取り戻したイナは、慌ててエイグの目を介した肉眼で周囲を確認する。

 悪い予感が的中したというより、それは当たり前のことだった。


「しまっ……ぐッ!」


 空を見上げ赤いエイグの影がないことに気付くや否や、次々に砲弾がイナに浴びせられていく。

 ダメージこそなく精々よろめく程度だが、僅かな間行動を制限されるには十分だった。

 そしてその僅かな時間さえあれば、赤いエイグはその場を離れられる。

 ゾッ、とイナは総毛立つのを感じた。


(アヴィナッ!)

『どっ、どうしたのイーくん?』


 怒鳴るようにして繋いだ通信に、アヴィナは狼狽えつつ応える。

 まだ攻撃を受けているわけではないようだ。


(赤いエイグを取り逃がした! そっちに向かってはいないか!)

『ん、んーん。怪しいものは何もないけど』


 彼女の言葉に一先ずの安心を得る。だが、次の瞬間にはどうなっているか分からない。

 いよいよもって今の最善が分からなくなり、イナの思考は混濁を極めていた。

 ――その時だった、再び眼前に赤いエイグが現れたのは。



『 大 丈 夫 ダ ヨ 』



 チカの声。

 エイグの口は開いていない。ということは、いまイナの脳に響くこの声は、空気の振動により伝わる音ではない。

 先ほどと同じ。もっと言えば通信をしている時と同じだ。音声を用いない、思考による会話。イナの発言を借りるならば、テレパシーそのもの。

 しかしながら今、シャウティアはこの赤いエイグと通信を繋いではいなかった。



『 イ ナ 以 外 ニ 興 味 ナ イ カ ラ 』



 どこまでも純朴な意思。

 混ざり気などまるで感じられない彼女の言葉に、イナは自身の感覚を見失いかけるほどに恐怖していた。

 同時に、赤いエイグには間違いなくチカが搭乗しているという確信を得る。

 そして彼女は、蒼い推進器で上昇しながらイナから離れていく。

 そこから放たれる光は、シャウティアの放つ薄緑とは違い赤黒く見えた。


「ま、待て……っ! チカ……ッ!!」


 チカが背を向けるその寸前。

 彼女の表情までエイグが表現できることはないはずなのに。赤いエイグの顔が、笑みに歪んでいる気がしていた。

 それがまた、彼の足をすくませる。

 だがここで彼女を逃がせば何をするか分からない上、今後いつ再会できるのかもわからない。

 ゆえに、多少無理をしてでも追わねばならなかった。


「チカを……逃がすな……! ――シャウティアァッ!!」


 自棄じみた意思で無理やり体を動かし、地を蹴ってチカを追おうとするイナ。

 自身を顧みず突撃しようとする彼を止めたのは、三度の砲撃。

 今度はただの爆発でなく微弱な電撃を伴うもので、そのショックで彼の行動をまたしても阻害する。

 さすがに苛立ちを隠せないイナは、先に其方を片付けてしまおうと転身する。

 しかし彼の視線の先にあったのは、ナックルガードで覆われた黒い拳。

 今度こそ顔面に一撃を食らう。直感に告げられ苦悶の表情を浮かべるが、拳は空を切る。

 わざと外されたのだ。


「……これで、こっちを見てくれるな?」


 拳の後に見えたエイグの顔と声に、イナは目を見開く。

 見間違えるものか、丸腰同然のこの蒼いエイグを。


「そうだ、俺だよ。お前を追っ払ったクソ野郎だ」





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