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第2話「居場所、無き者」:A2

「……えっと。それって、あなたが決めていいことなんですか?」


 復興の内容について掘り下げるよりも、まずイナの口から出てきたのはしょうもない質問だった。

 ゼライドも同様に思っているのだろう、くっくと抑えるように笑っていた。


『いや、悪い。まあ、当然の質問だわな。そもそもこの会話自体、どうしても俺がせにゃならんもんでもない』


 と本人が言うからには、それなりの理由があるのだろう。


『そう期待されるほどのもんでもないがな。ただお前が起きたとき、俺が寝ていなかったというだけだ』


 ゼライドの言葉で、イナはふと、起床時に聞いた電子音を思い出す。

 あれはもしや、ベッドを利用する者が起床したことを示すものなのではないか。

 そう考えれば、起床後すぐにゼライドから通話が来た説明になる。


『むろん他にも夜更かししてる奴はいるが、わざわざお偉方が俺を選んだ理由については知らん』

「……つまり、この通話はその偉い人から命令されたものであると」

『ま、そうなる』


 つまり、これまでの話の内容もあらかじめ、ある程度は決められたものであると考えていいだろう。

 ――ということは、この通話も監視されている?

 その可能性はゼロではない。むしろ、そうでない方が不自然だ。


『最終的にそういう判断を下すのは俺じゃなく、確かにそのお偉方さ。だが、俺個人としてもお前の意志は気になるとこだ。エイグの使い方は、一歩間違えばすぐさま死につながるからな』


 先ほどの話を思い出すまでもない。エイグはそれ単体で強大な力となりえる。

 その気になれば多くの人間を死に至らしめ、あるいは多数のエイグに襲われればなすすべなく死んでしまう。

 どちらの意味としても、何者かの命を奪ってしまう可能性をはらんでいるのだ。


 ならば、少しでも戦いから離れた状況で使うのが最善なのではないだろうか?

 戦えないイナは、特に。


「……それで。復興というのは具体的には何を?」

『俺はそっちの人間じゃねえから詳しくは知らねえけど、まあ倒木や土砂の片付けとか、コンテナに入った支援物資の運搬……とかなら、ちらほら見たことはある』


 ――意外と地味だな。いや、それで普通なのか?


 被災地のボランティアになど行ったことのないイナには、それがどれほどの重労働であるかは分からない。

 ましてやエイグを遣うのだから、かなり楽な作業なのではないかと思う。


『まあ俺からしても規模の割に地味だと思うが、それでも戦争に利用されるよかマシってことだ。衣食住も保証されるらしいし、悪い話じゃないだろ?』


 ――確かに、今の俺に必要なものが揃っている。


 今後のことを考えるために、何より人間として最低限の質の生活を継続できるというのであれば、文句はない。

 だが、どうにもゼライドの言葉を疑ってしまう。

 それはイナでなくとも、そうだろう。

 何より、うまく行きすぎているような――そんな根拠のない不安が、疑念の源となっていた。


「……確かに。でもなぜ、そこまで面倒を見るんですか?」

『エイグがとんでもない力だってのは、ここまでの話で分かるよな?』


 無言で頷く。


『でもって世界中に落ちたドロップ・スターズの中にエイグが入っているもんだから、その辺の一般人が乗り回すことも不思議じゃねえんだ』

「……現に、俺がそうであるように」

『そ。いわく、野良エイグと呼ばれる存在がいては、無駄な被害を生みかねない。テロ組織の手に渡ったら、そりゃあもう面倒ことになるわけだ』


 PLACEが現に存在する、その最たる例ということか。


「でも、エイグから降ろせばいいのでは?」

『と、思うだろう。実はそうはいかない』


 まあ、確かにそれができるのであれば、あえて民間人を利用した活動もしていないだろう。


『ボウズ、乗るときにイカスミみたいなのに浸かっただろ?』

「あ……はい」


 印象の強い記憶の陰に隠れたものをなんとか引き出す。

 話の流れからすると、それが原因となっているのだろう。


『原理はよくわかっちゃいねえが……それが体中に染み込んで、そのエイグ専用の搭乗者であるという証になるのさ。ゆえに、最初に乗った人間以外が乗ったところで動かせやしねえ』

「じゃあ、乗せなければいいんじゃ」


 そうなんだがなあ、と面倒そうに頭を掻くゼライド。

 実際に操縦する者としても、思うところがあるのだろう。


『細かい説明は省くが――搭乗者になった人間は、パワードスーツのような感じで、自分のエイグと同じ見た目の鎧を纏うことができる。加えて、これも原理は不明なんだが、並の人間には出せねえ力を発揮できる』

「つまり……エイグだけでなく、その搭乗者も同様に危険な存在になりえると?」

『そうなる』

「じゃあ――」


 イナの質問は止まらない。


「エイグを壊すというのは?」

『できなくはねえが、感覚を共有してるから死ぬほど痛ぇだろうし、そのまま死ぬかも知れねえらしいぞ』

「……ふむ……」


 顎に手を当て、イナは得られた情報が真であるとして思考をまとめていく。


 ――要するに。

 機体と搭乗者を完全に切り離すことは難しく、どちらかを排除するにしても搭乗者にはひどく重い負担を強いることになってしまう。

 ならば、監視下に置いてその上で復興に役立てるのがベスト、と考えたのだろう。


 それは同時に、イナにとって自分の現状の再分析でもあった。

 この世界において、人間には過ぎた力を得てしまった。

 安易に手を出していい力ではなかった。

 手に入れなければ――あそこで死んでいれば――良かったのではないか。

 闇にも似た後ろ向きな考えが、心の穴から漏れだすように出てくる。


 ――違う。


 デスクの下で左手を強くつねり、痛みで無駄な思考を追い出していく。

 同時に自分の生きる意味そのもの、悠里千佳の笑顔を思い浮かべて平静を少しずつ取り戻す。


「……あの」

『なんだ?』


 ゼライドは画面越しに、イナが急におかしな挙動を見せたことを気にする素振りはない。


「これは今すぐに、決めなくてはならないことですか」

『いいや、んなこたぁねえ』


 やや食い気味に、ゼライドは即答する。


『ただ間違っても、気軽に戦うだなんて言うんじゃねえぞ。お前はガキでも、ここは大人の世界だ』


 彼は自分の発言に責任を持て、と言っているのだ。

 決して幼い子供ではないイナであるが、かと言って大人と呼ぶにはまだ早い。

 ゆえに、イナは急にそんなことを言われたところで、理解はできても手段を知らない為にプレッシャーにしかならない。

 つまり――その方を選ぶには、分不相応ということ。


『俺が強制したみたいで悪いが、最終的に決めるのはお前だ。もしかしたら、もっと賢い選択ができるかもしれねえ』


 賢い選択。

 しかしながら現状、復興支援の手助け以外の選択肢は戦い以外にない。

 加えて、実質後者はないも同然なのだから、ほかの選択などできよう筈もないのだが。


 ――大人になら、それができるのか?


 その答えすら明確なものを持ち合わせていないイナは、どうしようもなく未熟である。

 たとえ答えが、「大人にも分からない」だとしてもだ。


「……とりあえずは、そこに参加する方向で考えたいと思います」

『わかった。ま、無難な判断だな』


 気のせいであればそれに越したことはない。

 だが何かを仄めかすようなゼライドの口調は、どうにも気にかかる。

 例えば――そう、過去の過ちを繰り返すなと言わんばかりだ。


 しかしイナは、それが何なのかと思い至ることもない。


『とりあえず話したいことは粗方話したが、まだ何か気になることはあるか?』


 どこか緊張感の抜けた風なゼライドは頭の後ろで手を組み、行儀悪く背もたれに身を任せる。

 オンとオフがきっちりできる、と前向きに解釈することもできるが。


「……とりあえずは」

『そうか、まあいつでも連絡しな。お前は個人的に気に入った』

「は、はあ……ありがとうございます」


 やや控えめな返事に、ゼライドは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 どこに気に入られる要素があったのかは謎だが、実際イナの方も、初対面にしては円滑に会話ができている方だ。

 ゼライドの好意が本物ならば、この二人の相性は良好なものなのだろう。


『起きたばかりで寝られないかもしれねえが、今はゆっくり休んどけ。朝には起こしてやるさ』

「……はい、お願いします」


 ――今は、この人を信じるほかないんだ。


 自分に言い聞かせるように、イナはその疑念を最後まで捨てようとはしない。

 本当は信じたいはずだろう。

 しかし過去の忌々しい経験と、慎重に動かなくてはならない現状がそれを許さない。


『じゃあな』


 ゼライドはぷらぷらと手を振りながら、通話を終える。

 イナの見ていたディスプレイは暗転して、反射した自分の顔が映った。

 鬱屈としているわけでも、嬉々としているわけでもない。

 そこには自分しかいないのだと、認識させられた自分がそこにいるだけだった。


 ――間違っていないと、いいけど。


 出入り口のそばにあった照明のスイッチらしきものをOFFにし、イナは再びベッドへと向かう。

 考えなくてはならないことはあるだろう。しかし、この部屋を迂闊に出られない以上は何とも進展がない。

 もしかすると、この部屋の外は戦艦の廊下などではなく、何もない空間などではないのか――窓のない寂しさを、彼は初めて知る。


 ただ今、彼は無力である。エイグとそれに付随する力はあるらしいが、自覚できるほどに知能が足りていない。


 誰も頼れない、孤独。

 誰からも悪意を向けられないそれを、ずっと望んでいたはずなのに。




 ここまで虚無感に苛まれるとは、思っていなかった。


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