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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
Ⅲ《変えられた》未来
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第18話「堕ちゆく誓い」:A1

 ――PLACEの作戦中断が予告されて、間もなく。

 日本支部の遊撃隊による無謀ともいえる作戦が、早くも実行に移されていた。

 半数を超える隊員の士気が落ちる中、PLACEを纏めるズィーク・ヴィクトワールも自棄になったのかもしれない。

 負けが濃厚ならばせめて相打ち覚悟で、といったところだろうか。




 飛行していても空気の流れも温度も感じない、自分以外の音も聞こえない虚無の環境。

 イナが空中で改めて絶響現象中の感覚を確かめていると、脳裏に通信が繋がれる感覚が走る。


『……本当につながっているんだな』

(大丈夫です、聞こえてます)


 レイアの声は心配の色を含んでいるが、他者の声が聞こえるというだけで少しだけ安心する。

 彼女らから見れば、イナの姿は捉えられていないほど速い。

 その差があるにもかかわらず通信がつなげられているのは、よくよく考えてみれば不自然なことだ。

 しかし、現に可能なのである。この際、理由は置いておけばいい。


『アヴィナと私は先んじて狙撃ポイントに向かっている。既に察知されているようだが、お前の方が速いだろう。状況に応じてお前の優先順位は変わる』

(シャウティアモドキが出てくるまでは雑魚処理、出てきたらそいつの相手。ですね)

『モドキとの戦闘は避けられんだろうが、モドキさえどうにかできればあとはどうにでもできるはずだ。お前には苦労させるが……』


 他者をいたく心配するレイア。

 いつもと違うというほど彼女が冷酷に見えていたわけではないが、ここまで感情をあらわにしているのを見るのは珍しい気がした。

 だがいまのイナは、そんな必要はないほどに素直で、迷いはなかった。

 自分のすべきことを把握し、そこに向かって一直線だ。

 そういったところが心配の種なのだと、彼自身は気付いていないのだが。


(大丈夫です、なんとかします)

『……任せた』


 通信が切れる。

 複雑に絡んだ彼女の感情を読み取ることはできなかったが、その感覚はなんとなく把握できた。

 この戦いに勝てば、彼女の心労も多くが取り除けるはずだ。

 今回ですべて、終わらせればいい。


 その後のことなどまったく考えていない、考えられていないイナの瞳に、目的の市街と緑色の軍列が見えてくる。

 依然としてイナは絶響現象下。

 このまま有象無象を無力化するだけで終わればいいが、そうはいくまい。


《イナ、近づいてくるよ!》

(よし……ッ!)


 シャウティアに促され、気を引き締める。

 視線の遥か先――不自然に開放されたままのハッチの奥からきらめく翡翠色の光。

 自分が放つものと同じということはすぐにわかった。

 そしてそれは、イナだけが唯一絶対だった世界で自在に動いている。

 間違いなく、モドキだ。


《スピードはあっちの方が上みたい! 気を付けて!》

(そうは言っても、最低限捕まえりゃいいんだろ……!)


 モドキが絶響現象下で動いてくることは驚きだが想定内。

 そこで交戦しイナが勝利できれば問題はないが、念には念を入れてアヴィナの遠距離でのサポートが入る。

 それでだめなら、仕方がない。


《いや――待って!》

(なんだよ!? もう来てるだろ!)

《耳だけ貸して!》


「……おおぉぉぉおおおッ!!」


 宙で待ち構えるイナに向けて直進してくるモドキ。

 シャウティアの感じた違和が何なのかが瞬間的に伝えられ、ちらと其方を見て確かめる。

 しかしそれが隙となり、迎撃はできずに体当たりを回避するにとどまる。


(カラクリは……そういうことか!)

「お前をッ! お前がいなくなれば終わるんだ、そうだろ!?」


 狙いを推進器に定めるイナと、それに気づかない様子のモドキ。

 その半狂乱にも思える声とともに、モドキは拳を構えて突っ込んでくる。

 推進器を狙うには、まず背後に回らなくてはならない。

 そのためにはやはりある程度制す必要がある。

 イナも拳を構え、モドキの攻撃に応じる。


 宙で衝突し合う鋼鉄の拳。

 それらは互いを消滅させることはなく、二人の間だけに重い音が響く。

 同時に、イナの中に妙な振動が走った。


(なんだ……!?)


 自分ではない、目の前にいるモドキの搭乗者の情報が流れ込んでくる。

 それがはっきりと分かるものの、未知の感覚ゆえに困惑する。

 急に思考が、二つに割れたような。


 そのまましばし呆けていたと思われたが、はっとした時には拳がはじかれ合った直後だった。

 モドキ――否、ルーフェンというらしいこのエイグの搭乗者も、同様の感覚に陥っていたのだろうか。動きが鈍っている。

 彼の名前は、シオン・スレイド。


(なんだ……気持ち悪い……! なんなんだよこれ……!?)


 シオンの情報がわずかながら流れ込んだ、ということはかろうじて受け止められたものの。

 それに刺激されたようにして溢れ出した情報の本流に、イナの脳はパンク寸前に追い込まれていた。

 見覚えのない景色や顔ぶれが目くるめく速さで流れ、止めようとしても止まらない。


「お前、なんなんだ……! 何をしたッ!」

「うるせえ……頭がいてえんだよ……!」


 はっきりとしない事柄が溢れる中、新たに明確になったことがある。

 このシオンは、先日メキシコの街で衝突しそうになった少年であり。

『ブリュード』の新たな一員である、連合軍の兵士である。


(こんな状態でいつまでもつか分からない! チカ、なんとか抑えてくれ……!)


 長期戦は不利だと踏んだイナは、自身の体のコントロールをシャウティアに任せ、操縦に専念する。


「シャウトォッ!!」


 雑念を振り払うように絶叫し加速。

 いまだ苦しんでいるシオンは反応が遅れ、取っ組み合いの体勢になる。

 すでに絶響下である以上、そこに絶響を重ねて高速移動はできないらしい。

 ならば、アヴィナの力を頼るほかない。


(アヴィナッ、俺はここにいる! 実体化したらすぐに撃ってくれ!)

『あいあ~い!』


 速度差を無視できる通信でアヴィナに伝え、イナはかろうじて集中力を絞り出す。

 そして実行した策は――実体化。


(ぶっつけ本番だッ!)


 固く手を握り合い膠着状態に陥ったイナとシオンの間に、多数の小さなヒュレ粒子の集まりが形成されていく。

 それらは質量を得て岩になり、そのまま落下するかに思われたが、そうはならない。


(うまくいった!)


 絶響下において、その現象下にないものは時間が止まっているほど遅く見える――というのが、研究をしているミュウの解釈である。

 同時に絶響下にあるエイグ・人物がそれ以外の物体に触れた場合、その際に生じたエネルギーは圧縮されて干渉する。

 三度触れれば、三度触れたエネルギーが一度に伝わってくるということだ。

 逆に言えば、絶響下にある者にとって、現実の存在は何よりも固い。


 加えて――絶響現象には別の存在を現象に引き込むことが出来る可能性が示唆されている。

 条件などは不明であるが、武器や、自然物。生物以外のものに限定されると考えられている。

 そして、引き込めるのならば除外もできるはず。この仮説も事前に証明されている。

 これらの限定的な解明点を継ぎはぎにして考案されたのが、この作戦。


 むろん、このことを連合側が知らないのが前提にある。

 絶響現象を可能にする機能を開発できるはずがなく、PLACE同様唐突に入手して日が浅いと踏んでの博打だ。


「爆弾でもない……なんのつもりだ!?」

「お前の負けってことだよ……!」


 脳裏に走る、アヴィナからの信号。

 距離と方角は彼女を追えばいいだけだ。


 あとは其方から放たれる弾丸に、手を伸ばすだけ。




「――――ガッ!!?」


 意識外からの狙撃。

 絶響下に引き込まれたアヴィナの弾丸は、シオンに感づかれ体勢を変えられてしまう。

 しかし反応は遅れ、ルーフェンではなく、その蒼い推進器が貫かれる。


 そして同時に、ルーフェンの動きは停止してしまった。


(……やっぱり、そういうことだったか!)


 先ほどシャウティアから伝えられた違和感。

 それは、ルーフェンの背負う推進器はシャウティアと同じエネルギー噴出による方式であるものに対し、ルーフェン脚部の推進器が通常エイグと同じ燃焼式のものであるということ。

 つまり、ルーフェン自体には特殊な機能は備えられていない。

 推進器が、本体。


「これで終わり――……ッ!!?」


 強く握った拳をルーフェンの胴体めがけて振りかぶったその瞬間、背後にある国連本部から『何か』を感じ取る。

 懐かしく、安心するようで。

 ひどく不安で、怖くなってしまう感覚。

 ここに、いるはずのない存在。


 悠里千佳がいる。

 そう、イナの脳は判断した。


(なんだよ……この感覚!)


 新たに腕が生え、勝手にいろんなものに触れているような。

 それゆえに困惑するが、無視もできない。


(……例のエイグはやった! 敵の戦力を削ぐ!)

『イナ!? 目的は果たされたんだ、深追いの必要は……』


 レイアの制止も効かず、イナはニューヨークの戦場へと飛び込んでいく。

 だがこれまでの長時間の絶響によりシャウティアの消耗も激しいらしく、イナの脳内に警告音が響く。


《イナ、駄目! 一度下がって!》

「チカがいるかもしれないんだぞ!? 確かめなきゃ……!!」


 そうは言うものの、イナも心的疲労を重ねている。

 ただでさえ綱渡りだったというのに、これ以上の戦闘は事故を引き起こしかねない。


「チカッ! いるのか、チカァッ!!」


 連合軍の迎撃をものともせず、イナの絶響がニューヨークに響き渡る。

 しかし返事があるはずもない。

 仮にチカが連合軍の手の中にあるのなら、それを堂々と見せる理由はない。

 人質とするにも、絶響を利用すれば簡単に奪い返されてしまうことだろう。

 なお、いまのイナにそれができるとは到底思えない。


 ゆえに。

『答え』はすぐに提示された。


「な……」


 絶響現象だとすぐにわかった。

 しかし、大きな問題が浮上する。

 唐突にイナの上に現れたのは、先ほど撃墜したはずのルーフェンであり。


「……『イナ』」


 彼の名を静かに呼んだその声は、間違いなく悠里千佳のものであり。

 そして彼の未知の感覚も、目の前のルーフェンの搭乗者が、チカであると告げていた。


「あ……ッ」


 驚愕のあまり思考が硬直していたイナは、その手を伸ばそうとした瞬間にルーフェンを見失ってしまう。


(なんだよ……何が起きてるんだよ……)


 自分の身に。

 この状況に。

 分からないことが多すぎる。

 にもかかわらず自分の中で、明確になっていることが勝手に増えていく。


(チカは……チカはどこにいった……?)


 レーダーを見てもむろん反応はない。

 チカ――シャウティアからも答えは寄越されない。

 ただひたすらに、棒立ちで周囲から銃撃を受けるばかりだ。


 だがそれを、味方が見過ごすはずはない。

 彼を狙うエイグに対し、長距離からの砲撃が襲う。

 この状況においてそれができるのは、アヴィナのシアスだけだ。


『イナ! 聞こえるか、イナッ! 何をぼさっとしている、敵陣のど真ん中で!』


 思考の停止したイナの頭の中に、レイアの声が響く。

 むろん、イナもそんなことはわかっている。

 しかしやりたいこととやるべきことが絡み合い、やりたいことを優先しようにも力が足りない。


(わかってる。わかってるんだ。でも……)


 イナの脳裏に在りし日の、幼馴染の笑顔が蘇る。


(あいつが俺の言葉を無視することなんてなかった。俺に何も言わずにいることなんてなかった)


 だとすればあれは偽物だったのか。

 自然な疑問が思い浮かぶものの、鮮明だった感覚が虚偽の物だとはどうしても思えなかった。

 いくらイナが彼女のことを探し求めていたにしても、本格的な行動は一連の戦いが終わってからと後回しにしていた。


(抑えていた感情が溢れ出した? ……いや、どれも違う)

『不調ならそう言え! 長居する理由はもうない。アヴィナ、やれるか!』

『じゅーぶん、しっかり残してあるよ~』


 相変わらず緊張感のない、アヴィナの声が加わる。

 イナもさすがに、今から撤退が始まることは把握できていた。

 動かなければならない。しかし、やはりチカのことがちらつき、心が足踏みしてしまう。


《イナ、今は作戦が先だよ!》


 そこへ、彼女を模したシャウティアの声が頭の中に響く。

 それでイナの意識が一瞬リセットされ、感情の向く先を変えることに成功する。


(……シャウティア。お前に少し、任せてもいいか)

《……うん》


 なおも足――否、心を引っ張るチカの感触。

 同時にシャウティアの声が彼の混乱を一層強めかねなかったが、そうはならずに済んだ。

 眩暈に似た感覚とともに立ち上がり、イナは脳内に広がるレーダーで周囲の状況を把握し直す。


『動けるか、イナ!』


 風を切る推進器の音とともに、イナの頭上にレイアのエイグ、シフォンが飛来する。


(……はい)

『話はあとでいい。時間稼ぎを頼めるか、ほんの少しだけでいい』


 脳内のレーダーで彼女の所在を確かめ、イナは頷く。


『私はアヴィナの撤退を誘導する。頼んだぞ』


 それだけ言い残して、赤紫の機体はまた戦火の中へと飛び去る。

 いまだ百近い敵機が稼働する中で、彼一人が任せられるにはあまりにも重い役目だが、彼にはそれができる力があり、また実績もあった。

 彼もまた、それが自分の役割だと認識している。


「――ッ」


 イナは大きく息を吸い込む。

 そして靄をかけるように粟立つ感情のノイズを、すべて振り払うように。

 巨人の顎を開き、絶叫を解放した。



「シャウトオオオオオオオオオオオォォォォォ――――――――ッ!!!」



 直後、彼から緑色の光が放たれ、戦場に存在するものすべての意識を否が応にも其方に向けさせる。

 ほんの一瞬、数秒。

 しかしそれだけあれば、彼には十二分だった。

 皆がそこを見た時には既に赤白の機体はなく――次の瞬間には、次々に緑色の機体群が倒されていた。

 むろんイナの仕業だが、それが分かったところで、誰にもどうすることはできない。


「ひ、退け! 全滅す――」


 いち早く指示を出そうとした誰かの叫びが、頭ごと潰される。

 虚空に銃を構え無謀にも応戦しようとする者もしかし、武装を瞬時に破壊されそのすべを失う。

 捉えることもできず、待てばやられるだけ。

 それを本能的に察したのか、あるいはこうなることをあらかじめ想定していたのか、いずれにせよ緑色の機体群は続々と撤退を始める。


 そしてほどなくして、戦場から銃声は消えた。

 いつの間にか姿を現していたイナは、幾人もの機体を破壊してきたその手を見つめ、立ちすくんでいた。


(お前は、そこにいるのか? 本当にそこにいたのか?)


 もう少し手を伸ばせば届く筈だった。

 なのに、何故か手が伸びなかった。

 いつもなら撤退を急かすだろうAIも、今は沈黙している。


「……チカ……」



か細い声が、硝煙に穢れた蒼穹に消えた。






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