第17.5話「幕間③」:A2
「出撃だ、スレイド君」
地下基地内で与えられたシオンの私室を訪れるなり、ファイド・クラウドはそう言った。
多忙の身たる彼がわざわざ出向く必要はないはずだが、そんなものは一般的な常識に当てはめた場合の話で合って、シオンは別だ。
少なくとも、今のシオンはそう思えるようになり始めていた。
出撃。
それはつまり、シオンでなければ対峙できない敵が来るということ。
『紅蓮』の忌み名で呼ばれるエイグ、シャウティア。
それだけが連合軍における唯一の懸念点であり、PLACEの希望である。
彼を潰せば、PLACEの勝ち筋はなくなる。
理屈では至極単純なことなのだが、いざその重要な責務を任されるとなると、緊張もする。
失敗すれば再び、連合軍は常に心配の芽を抱えることになるのだから。
――失敗。
ふと浮かんだその言葉から、すぐさま死が連想され悪寒が走る。
「安心したまえ、君は精鋭『ブリュード』に教えられた経験がある。平等な舞台に立ったならば、君の方に分がある」
「は……はい!」
ファイドの言葉は暖かく、自信が湧いてくる。
確かに『ブリュード』に付き添っての戦闘は苦労したが、戦いに身を置かなかった頃に比べれば確実に強くなっている。
聞けばシャウティアの搭乗者はほぼ素人だという。
確かにそう言われてみれば、同じ土俵でも勝ち目がある気がしてくる。
しかし――ふと疑問が浮かぶ。
『救世主』としてファイドに選ばれ、ルーフェンという絶大な力を手にしたシオンだが。
逆にシャウティアを手にしたその搭乗者は、一体どういう存在なのだろうか。
もしも彼も『救世主』であるとしたならば。
この戦いの意味は。この戦いはどこへ向かうのか?
答えなど見つかりもしない問いが渦を巻こうとした矢先、ファイドから「そうだ」と思い出したような声がかかる。
「な、なんですか?」
「推進器に搭乗予定の彼女だが……今回は難しいようだ。すまないが君一人で頼む」
「い、いえ……問題ありません。やってみせます!」
「心強いな。それでは準備を頼む。失礼した」
微笑み部屋を出ていくファイド。
無意識の緊張の糸が切れ、シオンはため息をついた。
冗談でもルーフェンの真価が出せないなら勝てる自信がないとは言えない。
勝てば、いいだけなのだ。
(――でも、どうしてだ?)
ふと、自分の中で引っかかるモノを感じる。
今回の出撃でシャウティアを撃退すれば、ルーフェンの真価を引き出す必要はなくなるはずだ。
現状で、人知を超えた力を持っているのだから。
(真価ってなんだ? あの子は一体……なんなんだ?)
明らかに、何かを知らされていない気がする。
しかし。しかし、シャウティアさえやってしまえば。
終わる――その単純だと思っていた図式さえ、今は疑わしく感じられていた。




