第17話「それぞれの始動」:A5
「ご苦労だった、シオン君」
連合軍・アメリカ基地の地下格納庫。
拍手とともに出迎えてくれたのは、国連事務総長たるファイド・クラウド。
本来個人的な面会ができるような相手ではないのだが、少年――シオン・スレイドは称賛された喜びで、そこまで頭は回っていなかった。
「い、いえ。このエイグ――ルーフェンに助けられてばかりで」
照れ隠しに謙遜をしながら、逸らした視線をエイグに向ける。
赤いボディと相反するような青さの推進器『蒼穹』が特徴的だが、今ではこのアンバランスさも頼もしく見える。
ルーフェン。かの『紅蓮』のカウンターとしてカスタマイズされた、シオンのエイグだ。
『紅蓮』を意識したとあって所々似通っている印象を受ける。
「いや、君に任せて正解だった。まだ慣れないところはあるだろうが、それを補って余りある力を持っている。この調子で以後も頼む」
「は……はいッ!」
そう、ルーフェンは未知とされた超高速移動も可能にしている。
この力で先ほど、PLACEの偵察部隊を撃退してきたのだ。
「ああ、それに……私のワガママに付き合わせてすまない」
「い、いえ! 敵であれど人命を重視するという考えは、素晴らしいと思います!」
本来なら、戦いの最中にそんなことを考える暇はない。
しかし、ルーフェンならばそれができる。
敵の戦意だけを奪い、徐々に組織の力を奪っていく。
そこに殺害は必要なくなるのだ。
一見すれば理想でしかないことを、ルーフェンは現実にできる。
「不束者ではありますが、これからも精一杯頑張らせていただきます!」
「うむ、頼もしい限りだ。カルナ大佐も鼻が高かろう」
父・カルナも現在はファイドの護衛のためこの基地にいるのだという。
互いに会う余裕はないが、きっと父にもシオンの活躍の報せが届いているだろう。
何も取り柄のなかったシオンにとって、父の存在は自慢でありながらコンプレックスであった。
そんな父に近づけたことは、彼のモチベーションを強くさせる切っ掛けの一つとなっていた。
いま、シオンはとても満ち足りていた。
此処こそが自分の居場所なのだと、心の底から思っていた。
救世主――という言葉に未だ実感はないが、そう呼ばれる立場がとても心地よい。
もはやルーフェンの前に敵はいない。自分の善性が正しいと証明できる。
戦争が悪いことなのだと、誰にでも伝えられる。
自分は選ばれた人間なのだ。
しかしそのことに奢ってはいけない。
シャウティアを倒すまでは。
ファイドの理想を果たすまでは。
「――クラウド様、例の少女ですが」
シオンが浸っていると、ファイドの許にSP然とした黒服の男が駆け寄る。
何か小声で話しているようだ。
重役の話だ、聞かない方が良いだろうと距離を取ろうとしたが。
「ああシオン君、きみにも関係のある話だ。こちらへ」
「は、はあ……」
何の話かはわからないが、とりあえずシオンも近寄る。
するとファイドは懐から板状の端末を取り出して、ある画像を表示した。
ベッドに横たわる、茶色の長髪が似合う少女。
見たところ普通の――いや。
不思議とシオンは、その少女に目を奪われていた。
「今は疲れで休んでいるが、いずれ彼女がルーフェンに乗る」
「? それは、どういう……」
一瞬、さっそくお役御免かと思い、思考が硬直する。
「失礼、言葉が足りなかったな。あの推進器にこの少女が搭乗することでルーフェンは真価を発揮するのだ」
「な、なるほど」
見とれていたことを誤魔化すように返事をする。
現状の力だけでも十分だとは思うが、彼女が加わることにデメリットはない。
むしろ同年代の少女が近くにいるのなら、新たなモチベーションになるかもしれない。
(……いかんいかん、気が散ってる)
しかしやる気が出るのは確かだ。
今まで女性と言えば、口数の少ない『ブリュード』のイアル・リバイツォくらいのものだった。
彼女がもしも自分に合う異性だったなら――などと、理性に反してそんな妄想を繰り広げてしまう。
「次の出撃あたりから彼女も参加する予定だ。安心したまえ、ルーフェンが負けることはない」
「はいッ、必ずやお役に立ちます!」
妹のリアや、母が安心して暮らせるように。
疲弊した世界を、これ以上汚さないように。
ついでに叶うならば、この少女に心を寄せてもらえるように。
淡い恋心を萌芽させながら、シオンはいずれ来る『紅蓮』を待ち構えていた。
□ □
ああ、間もなくだ。
ようやく始まる。始まるぞ。
レリィ。
エルミラ。
アリウス……。




