第17話「それぞれの始動」:A4
「作戦を一時中止……!?」
『久しぶりの通信がこんなんですまんが、そうらしい』
輸送機が回復しさあ飛び立とうかという瞬間に来た、日本支部司令アーキスタ・ライルフィードからの通信。
それは急な予定の変更であり、レイアら遊撃隊の意気を消沈させうるものだった。
『偵察の先遣隊がやられたんだ。気づかれてるのは百も承知だから、それ自体はさほど問題じゃないんだが……』
まさか、とレイアの中で記憶がよみがえる。
かつて日本に襲来した連合軍エイグが所持していたという、謎の熱線兵器だ。
その攻撃を受けたシエラらもよく理解していないらしいのだが、それがまた使われたということだろうか。
苦い顔をするレイアに、画面の向こうにいるアーキスタは申し訳なさそうな顔をする。
『よくわからんとかそういうレベルじゃない。聞いた話じゃ、なんだ……絶響現象ってやつが起きたらしい』
絶響現象。
イナの乗るエイグ、シャウティアが引き起こす未知の超高速移動につけられた仮称だ。
現状、シャウティアに限定されるものであるため、それ以外が起こせるものではないはずである。
「ミヅキは常に我々といた。気づかれないうちに行動することも不可能ではないのかもしれんが……」
真っ先にイナを疑いたくもなるが、彼の性格からして考えにくい。
しかしそうなると、状況は非常に芳しくないことになる。
「もう一機――シャウティアが存在することになるのか」
『まだわからん。異様に速いだけって可能性もあるが……エイグを捨てて戻ってきた奴らの話しか情報がないからな』
「……頭を潰されたのか」
エイグ搭乗時に頭部を破壊されれば、そのまま意識を失ってしまうという話。
身近にその例がなかったため迷信の域を出ず、AIが機能を停止する程度だと思っていたが。
彼らが帰還したということは、それで済んだのだろう。
『とりあえずそのエイグの特徴を簡潔に伝える。赤と青。異様なスピード。搭乗者の命は狙っていない』
「存在を伝えるため、か」
『まあ実質、イナしか対抗策がなくなるしな。そりゃあファイドも逃げなくてよくなるわけだわ』
「……連合軍のエイグは既に展開されていたのか?」
『哨戒程度のモンらしい。ま、絶響が安定して使えるんなら大して守る必要もないわな』
ひとまず、下手に近づくのは得策ではない。
これまでの行動がほぼ徒労に終わったことにも、とりあえずは目をつむるにしても。
「……カナダの仮設基地に合流後、対策を練る」
『いいや、その必要はない』
わずかに滲ませた迷いを見抜いたかのように、アーキスタが言い放つ。
『イナを優先的に休息させ、あのエイグをやってもらう』
「正気か、ラル!? 奴は素人で、ここまでの戦いで疲れて――」
『だから休ませろと言ってる。だったらなんだ、シャウティアみたいなのとやりあって勝てる算段があるのかお前』
「それは……」
ない。答えはすぐに出る。
アーキスタの方は、そんな彼女にため息をつく。
『なあ、レイア。お前、そんなに甘かったか』
「違う。私はただ、より確実な道を」
『イナしか見えてないだろう。他はどうでもいいと言わんばかりだ』
「違う……私は!」
「なぁになに、夫婦喧嘩ですかぁ」
人気のない通路で話をしていたのを、通りがかったアヴィナが聞いていたらしい。
記憶が戻ったばかりで整理も不十分のはずなのに、ここでこんな話を聞かせたくはなかったが。
彼女の紅色の瞳には、レイアのような迷いは見られなかった。
「まあほとんど聞こえちゃったんですけどぉ」
『話は聞いた、大丈夫なのか』
「ご心配ナッシングですよい。それはそうとぉ、ボクにひとつ策がごぜいます」
レイアに代わって画面の前に立ったアヴィナに、特に変わった様子は見られない。
やはり強いのだ、彼女は。
『聞こうか』
「シアスで狙撃しますっ。ばきゅーん」
『……無策ではないようだが。自信を裏付けてるのは何だ?』
「ミュウに聞いたんですけどぉ、イーくんのエイグって不意打ちに弱いんですって」
『意識外からの攻撃ならば届くってわけか。アリだが、射程にも限界がある』
「うんうん、そりゃあそうです。なので、ギリのところにイーくんをエサにします」
アヴィナの口から出た言葉に、耳を疑ってしまう。
「どっから出てくるかもわからないんなら、出てくる場所を決めればいい。イーくんをやればPLACEに打つ手がなくなるから、イーくんが出てくれば嫌でもそっちを狙いたくなりますよね?」
『悪くないが……それが想定されてないとは』
「ボクが狙われたら、イーくんが助けてくれます。もしくはタナボタで作戦終わらせてくれるかもですよ?」
『失敗すれば勝ち筋を失うが』
ゆさぶりを兼ねた反論にも、アヴィナは笑顔のまま動じない。
絶対の自信――それに、イナへの強い信頼か。
「じゃあ、そんときは降参です。どっちにしろここまで好き放題して、また大人しくしようってことにはできないでしょぉ?」
『ま、否定もできんな……わかった、提案してみよう。とりあえずは仮設基地で合流してくれ、追って伝える』
「あじゃま~す」
通信が切られる。
重大な出来事の直後とは思えないほど、いやそれ以上に余裕のある態度だ。
アヴィナが思い出したのは、ポジティブな気持ちになれるものだったのだろうか。
気になるものの、どこかで恐れている自分がいる。
彼女自身が口にするまでは、触れない方がいいだろう。
それよりも。
「……お前の実力を知らないわけではないが、無理を言うものではない」
「無理? そんなに無理かなあ。理屈だけならもともと、イーくんだけで終わる作戦でしょ、コレ。それじゃイーくんがきついから、ボクらが手伝う。それで駄目だったら、『そのほかの人』が頑張る、でしょ?」
確かにアヴィナの言う通りだが。
この内側の違和感は、間違いなく彼女の外見に拠るものだ。
いくら能力があると言えど、彼女を子供と見てしまっているから、了承するのに躊躇してしまう。
(甘い、などと……)
さきほどのアーキスタの言葉が脳内で反響する。
(……冷たくしていた覚えもない)
いつの間にか、そういう立場にあっただけで。
自分からなろうと思っていたわけではない。
ただ、彼女は逃げたかっただけなのだ。
閉塞的で退屈な世界から。
それだけではない。
唐突にこの世界を去った、兄を――
「……っ!!」
反射的に肩を抱く。
思考の海に溺れかけていた自分を現実に引き戻すように。
ただ目の前で奇行を見せつけられたアヴィナは、不思議そうにレイアのあちこちに視線を向けていた。
さすがに茶化されてしまう、とさっと背を向ける。
しかしアヴィナの口から、そんな言葉は出ることはなかった。
「隊長さん、少しは休んでね? イーくんも心配してましたよう」
「……ああ」
代わりに耳朶を打つのは、自身の身を案じる声。
その一言で迷いは晴れたものの、あくまで驚きによるものだ。
すぐに思考回路が動き出し、自身の情けなさがこみ上げてくる。
(私の価値とは、なんだ)
逃避の代償は大きい。
すべてを捨てたレイアにとって、力がすべてだった。
しかしイナは圧倒的な力を以て現れ、アヴィナも幼いながら自分と――いや、それ以上の力をつけている。
今レイアは、形だけのリーダーと言って差し支えない。
(結局、逃避に意味などないということか……)
ならば、また逃避するか?
自分に合う居場所が見つかるまで。
(……やるべきことは、まだ残っているはずだ)
そうでも思わなければ、自分を保てない。
(私を導いてくれ――兄さん)
過去を拭いきれていない自覚はあった。
縋りついているとすらいえる。
それでも今は、せめて今だけは。
レイア・リーゲンス、を演じ続けなればならない。




