第17話「それぞれの始動」:A1
「17番……この子も『ブランダー』……」
妙に籠ったような反響の中、そんな声が聞こえた気がした。
少しだけ開いた視界は青に染まっている。
「なぜ? ヒュレプレイヤーの遺伝子を組み込みその血を濃くするだけでは足りないというの?」
何か遮るものがあり、自身の前にいる人影をはっきりと確認することはできない。
だが声からして、女性であることは確かなようだ。
どういうわけか体が動かず、こちらからは何も干渉できずにいると、何かが作動する音とともに人影が一つ増えた。
「またなのか」
「駄目、時間がかかりすぎているわ。いくらあの方でも待ってくれない!」
来たのは若い男のようだ。
おかまいなしに感情を濁らせる女に、彼は肩を叩こうと近寄る。
励まそうとしたのだろうが――その手は跳ねのけられた。
「知っているのよ、アルフレッド。あなた、研究そっちのけで『ブランダー』と遊んでいるんですって? あんな生ゴミ、すぐに焼き捨てろって言ったわよね!?」
「ま、待て! 研究は続けている。彼らを預かっているのは経過観察のためだ!」
「そんなことに時間をかけているから研究が滞っているんでしょうが!!」
女は息を乱し、明らかに正常な精神状態とは言えない。
それ以前に、彼女らの発言から察すれば。そもそもの所業が異常だと言える。
夢――そう、これは夢だ。
誰かの記憶をのぞき込んでいる。自分かもしれないし、どこかの誰かかもしれない。それはこの世界にいる人かもしれないし、まったく別の世界にいる人かもしれない。
そんな感覚がおぼろげながらあった。
「すぐに……すぐに処分なさい。そしてこちらの研究に集中なさい」
「ブリルグ、君は疲れているんだ。少し休んだ方がいい」
「休めば成功個体が生まれるの? いいえ、私達に必要なのは回数よ。時間がある限り作り続けるしかないの」
「だからって君が倒れては元も子もないだろう!」
「あなた……自分の立場が分かっていないようね。主任は私。研究に意欲のないあなたの首など、すぐに飛ばせるのよ」
女の剣幕に男がたじろいでいるのが、影だけでもわかる。
「……わかった、私は降りよう。人工プレイヤーの夢には惹かれたが、生命に無責任な人間になりたかったわけではない」
「失敗作の肉にほだされたの? こんな研究に手を出した時点で、贖罪など無意味よ」
「後始末をするだけで贖罪になるなど考えていない。……彼らの生き様を君に見せることで、君も共感してくれることに期待する」
「狂ってしまったのね」
「狂気など……真摯と紙一重の曖昧な概念だ。正義も狂気の産物。結局は生き残った狂気が歴史を作っているだけだ」
よく、わからない。
何を言っているのか、いまいち自分の中で咀嚼して飲み込むことが出来ない。
男が、こちらを向く。
「この子も預かる」
「……好きになさい」
たぶん、この男は死ぬ。
雰囲気からして、ここのことは知られていいものではない。
この男は長生きできないだろう。
それどころか、預かった命も。
ボクも、すぐに死ぬ。




