第16話「独り善がりの正義感」:A4
「ブリュード……だと!」
「動かないでください」
懐の拳銃を取り出そうとしたレイアの背後から、銃口が突き付けられる。
『ブリュード』は二人組。
ゼライドがいるのなら、その相棒であるイアル・リバイツォがいるのも当然だった。
「なるほど? 貴様らがプレイヤーを連れ去る役目を負っていたわけか」
「私語を許可してはいません」
「レ、レイアさ――」
「おっとボウズ、お前はこっちだ」
言いながらゆっくりと歩み寄るゼライド。
目的はレイアの言う通りならば、この少女。
ついでに『紅蓮』などと呼称し忌避されているイナの排除も、今ならこなせるだろう。
つまりはゼライドにとって非常に有利な一石二鳥の状況。
「まあそうピリつくなよ。その娘っ子をくれりゃあ大事にする気はねえ」
「な……」
「お前でもわかるだろ、不利な状況だってのは。悪い話じゃないと思うが」
連合軍の事情を考えれば、本来優先すべきはイナのはずだ。
それを見逃すなど、普通はありえない。
まさか、情けをかけているつもりなのだろうか。
《イナ、ここは言うことを聞いた方がいいよ。ヒュレ粒子がないんじゃAGアーマーだって使えない》
(だけど、あの子をみすみす渡すなんて! レイアさんだって保証されてるわけじゃない!)
「なあ、ボウズ。お前に選択権はねえはずだ。それともなんだ、お前のエイグならトンチキやってこの状況をどうにかできる算段があるってか?」
そんなものはない。
早く応じなければ、すべてが危険だというのに。
緊張感も相まり、イナは声をうまく出せずにいた。
「無理だよなあ、所詮はヒュレ粒子がなきゃエイグの恩恵も大して受けられねえ。結局あのエイグがなきゃあ、お前はただのガキなんだよ」
否定は、できない。
やはり粒子不足は連合軍の手によるものであり、ヒュレプレイヤーを誘き出す以外にPLACE隊員の戦力を奪う意図もあったのだろう。
イナはそれにまんまと嵌り、彼の問題をまざまざと突き付けられている。
あくまでシャウティアが、イナを脅威たらしめているに過ぎないということを。
(俺は……どうしたら、いいんだ……)
無能と化したイナにできることなどない。
今はもうゼライドを信じて、彼の厚意に応じればいいだけだ。
早く、そうしろ!
(……それしか、ないのか……!)
そうだ。
お前の足りない頭で考えた策が都合よく進むわけがない。
だから。
『――ちぃっと、諦めが良すぎない?』
あきらめかけたイナの脳裏に、アヴィナの声が響く。
はっとした彼の目に映ったのは、不意に跳ねたように転身したゼライドの姿。
そして、地面に生まれた弾痕。
「……あぁ、今日は見ねえと思ったらそんなとこにいたのかよ」
ゼライドが冷や汗をかきながら、PLACEの仮設基地のある方角を向く。
どうやらアヴィナの声と気づいたイナの視線で察知したようだ。
『イーくん、地の利はボクが持ってる。次はちゃぁんと当てるよ』
(けど、ここからどうすれば……)
《私を呼んで、イナ》
次に響いてきたのはシャウティアが模した幼馴染の声。
本当の危機に手を差し伸べないのが相棒だとは言い難いが、ともかく突破口はできた。
(よく……わからねえけど!)
不都合になることはしないとシャウティアが言っていたのなら、それに従えばいい。
イナは息を吸い込み、思い切り彼女の名を呼んだ。
「来い、シャウティアアアァァ――――――ッ!!!」
すぐに異常だと察したのか、イアルがレイアを撃たんと引き金を引く。
が、弾丸が放たれることもない。
それ以前に、引き金が引けてすらいない。
「なにが……!?」
表情に焦りをにじませるイアルは思わず銃から手を放してしまう。
そこでさらに異常が加速する。
銃が宙に浮いたまま静止してしまっているのだ。
まるでそこで固定されてしまったように。
それでもなお、異常は起こり続ける。
今度はイナが突然まばゆく光ったかと思えば、そこにシャウティアのAGアーマーを纏った姿で現れていた。
「おい、アーマー作るような粒子はねえって聞いてんだがァ俺は……ァ!」
「けど……ここにいる!」
常識をことごとく壊してみせながら、イナは構えてゼライドと対峙する。
「……さすがに生身削られちゃたまったもんじゃねえ! イアル、退くぞ!」
誰一人として未だ状況が把握できていない中、ブリュードの二人は手に負えないと冷静な判断を下して撤退する。
逃がすまいと飛び出したイナが見たのは、先ほど見たイナに酷似した少年がゼライドに引っ張られて逃走している姿のみ。
ブリュードに3人目が増えた、という話を聞いたばかりだった。
あの少年がそうなのかもしれない。
ともかく状況をおさめることが出来たと急に肩の荷が下りたイナは膝からくずおれると、再び発光して元の姿に戻った。
少し離れたところで銃の落ちる音がする。
「イナ……何をした……?」
夢でも見ていたかのような震えた声で、レイアが近寄ってくる。
「……わかりません、夢中で……」
体はさほど動かしていないのに、後を引く緊張が彼の息を乱す。
しかしその中で、こうなってしまった経緯を思い出した。
「そうだ、その子は!」
「気を失っているだけだ。 ――いや、目覚めそうだ。君、わかるか?」
「あ……わ、わたし……?」
座ったままぐったりしていた少女が薄目を開く。
「君を連れ去ろうとした人は彼が追い払った。君が身を差し出す必要はない」
「え……追い払ったって、あの人、軍人さんじゃ……あれ……?」
段々と意識が明るくなっていく中で、少女の表情が突然絶望に陥ったようなそれに変わる。
「じゃあ、あなたたちはあのテロリスト!? どうして……どうして!!」
「ま、待って! 君は軍で利用されるだけだったんだ!」
「そんなの分からないでしょ! 私は……私は行くつもりだったのに!」
「ぁ……だけど……」
イナは、少女に感謝してほしいとおこがましいことを考えていたわけではない。
だが彼女のこの反応は、あまりにも予想外だった。
「助けてほしいだなんて……言ってない! お父さんとお母さんのところに行ければ、私はそれでよかった……!!」
次々に吐露される本音に、イナはたじろぐしかない。
彼の正義感は無駄だった。
やはり所詮、イナは子供で。自分の気持ちよさのためにしか動けない。
(……違う、俺は、そんなつもりじゃ)
しかしこれが現実だ。
「違う……違うッ!」
「もういい、ミヅキ。自分で決めたことなら、私たちが口を出す必要はない」
「そうかもしれませんけど……!」
イナの視界が涙でぼやける。
何かを言わねばならないと思った。
少女を安心させるために、信じてもらうために。
だが思いつく言葉がいずれも、結局は自分が気持ちよくなるためだと思うと、まったく喉が通らない。
その間に、少女はレイアの下を離れ路地裏に消えていく。
レイアもイナの肩を軽く叩き、走るように促した。
「……世界はお前が思うほど、都合よくは行かないんだ」
すれ違いざま、囁くような声量で彼女はイナに伝える。
諭すような口調は、必要以上に責めるようではなかったが。
それでも彼に追い打ちをかけるには、十分な言葉だった。
しかし、それは彼のシャウティアに依存した万能感を砕くには必要だ。
もっとも彼女の声音からすれば、イナの行為全てを否定する意図はないようだが。
(……いけないのか? 人を助けようと思うことは……)
彼の心の中に根ざす、架空の英雄。
力を手にしたイナは、彼らのようにありたいと願っている節がある。
しかしここはあくまで現実で、レイアの言うとおりであることを。
今のイナは、認めるしかなかった。




