第16話「独り善がりの正義感」:A2
南米の森林を切り開いて設置された連合軍・メキシコ基地。
けたたましい警報を響かせながら、夜空に向かってサーチライトをなびかせている。
その光をかいくぐるように飛翔する巨大な影が、一つ。
否――そこから三つ、飛び出した。
「よっしゃあ、腕が鳴るぜい!」
最前に飛び出した青のエイグ、シアス。
搭乗者のアヴィナは口部のスピーカーから遠慮もなく叫びながら、肩部の大砲と脚部のミサイルを発射する。
大砲はともかくミサイルは不規則な軌道を描きながら、基地の施設に着弾した。
だが、それですべてが済むわけではない。
ようやく顔を出してきた連合軍の緑色のエイグが、長身のライフルの引き金を引いて応戦し始めた。
単発ながらに高い威力を纏いながらアヴィナに迫る銃弾。
落下するばかりで器用な軌道を取れない彼女に命中するその寸前、銃弾がはじけて虚空に消えた。
傍にいた紫のエイグ、シフォン――レイアの放った弾丸が軌道を逸らしたのだ。
「下手に装甲を削るな。……ミヅキ、迎撃部隊を制圧できるか!」
華麗に身を翻し、レイアは離脱する輸送機を狙う砲弾や銃弾をはじいていく。
そして最後の一機がいま、戦火の広がり始めた戦場に身を投げた。
「やってみます……シャウトォッッ!!!」
不安が根を張る前に、イナの叫びがこだまする。
彼の意思に答えるように、赤白のエイグ、シャウティアが翡翠色の光を発しながらその場から姿を消す。
否、『加速』した。彼らの言うところの絶響現象だ。
次の瞬間、地上で迎撃していた敵エイグの武装がもはや同時に破壊されていく。
「ディス、シャウト……」
基地内で見える限りの武装を破壊したイナは、炎で輪郭を明瞭にした煙の中でようやく姿を現す。
「なッ、何が起きた!? 整備不良か!?」
「ちがう……ぐ、『紅蓮』だ!」
しかし、武器を壊してそれで終わりではない。
降下部隊を迎撃するすべを失ったとて、目の前のシャウティアを攻撃しないわけにはいかないだろう。
予想通り、各々斧や長剣といった原始的な武装を手にしたエイグが続々とイナのもとに集う。
「一斉にかかれば『紅蓮』とてッ!!」
イナは即座に脳内のレーダーを走らせた。ざっと13機に囲まれている。
一対一での戦いでならともかく、これだけの数を相手にバリアが正常に作動するとは限らない。
もう一度絶響現象を起こすか。そう思ってイナが息を吸い込んだとたん、武器を振りかぶっていたエイグから次々に爆発とともに吹っ飛んでいく。
その直後――この日一番の爆音を響かせながら、アヴィナが着地した。
巻きあがる砂塵、踏みつぶされる施設。
下からの光で陰になった顔で、シアスの瞳がギラリと光る。
右手のレールガンの銃口はすでに、エイグの顔面に向けられていた。
「意識ごと吹っ飛ぶか、試してみる?」
得意げに脅すアヴィナの背後から、別のエイグが迫り来る。
イナもこの状況では下手に絶響もできないと意識を切り替えようとするが、咄嗟に何をすればいいのかが思い浮かばない。
そのまま刃が振り下ろされたところでアヴィナはもろともしないだろうが――そう迷っていると、レイアのシフォンが落下してくる。
彼女はアヴィナを狙うエイグの肩を足蹴にして体勢を崩させ、跳躍してまた別のエイグを蹴る。
槍状の長身武器で彼女を狙おうとするエイグには銃弾を見舞いまた蹴飛ばすその様は、まさに踊っているかのような戦いぶりだ。
自身で迫ってくるエイグを撃ち飛ばすアヴィナにも見とれるように呆けていると、不意にシャウティアがイナの意識に拠らず勝手に動く。
《ぼさっとしないで! 戦いは終わってないよ!》
(わ……悪い!)
想い人の声で諭され、イナも自身にできる範囲で敵を追い詰めていく。
もっとも息の根を止めることなどできないため、イナから逃げるエイグを、手の空いた他の二人が狙うといった形になっている。
『イナ、司令塔の位置を特定した。合図したら絶響現象で威嚇しろ』
(りょ……了解!)
思考を介した通信で素早く意図を理解し、イナは推進器から光を噴かせて高く跳躍する。
「これ以上の戦闘は無意味だ」
ようやく『踊り』をやめたレイアが、文字通り塔のような建設物に向けて銃口を向ける。
それが、合図だ。
「こちらには、『紅蓮』がいる。逃亡も許可しない」
一瞬星々に混じって瞬いた翡翠の輝きが、暴風を纏いながら司令塔の寸前に着地する。
巨人の顔が眼前に迫り、中にいる軍人から恐れが見て取れた。
(エイグは……こんなにも強いのか。……いや、シャウティアが、特に)
シャウティアに頼んで悲鳴を聞こえづらくしてもらっていたが、こうした生の反応を目にするとやはり、悲しさに似た感情が湧き上がっていた。
せめて傷つけたくはない。壊すのは兵器だけでいい。
明らかに他の二人と比べて戦意の方向性の違うイナは、連合兵が投降を示すまでの間、静かに時間が流れるのを待っていた。
□ □
「いやあ、ようやく仕事らしい仕事ができたねえ」
黎明の戦闘を終え、日が昇り始めた頃。
制圧した基地に着陸した輸送機の窓から、イナとアヴィナが戦火の痕を見渡していた。
「ブラジルからの連戦で、イーくんの動きもマシになってたよ。またギューッってしてあげよっか?」
「……いや、いい……」
目を伏せるイナは、睡魔に襲われていたわけでもなければ、連戦による精神の疲弊が如実にあらわれたわけでもなかった。
やはり何度見ても、この惨状と呼ぶべき光景を自分の手で作ったという事実が受け入れづらかったのだ。
(俺、やっぱりおかしいのかな……)
基本的な体の動かし方を教わりはしたが、柔軟な戦術を組み立てることはやはり不得手だった。
指示がなければ、何かをするにも躊躇が生まれてしまう。
あくまで、イナは仲間を補助することしか考えていないのだ。
しか、というのは語弊があるだろうか。正確には、それ以外には他のことに気が散ってしまうのだ。
敵の兵に、同情してしまうように。
「『敵にも、家族がいるんだよな……』ってカンジ?」
「……そんな感じ」
変な声真似に突っ込む余裕もない。
「イーくんは優しいんだねえ」
「……気が散ってる自覚はあるよ」
「そう? でもボクが言いたいのはそういうことじゃァないんだ」
ふいに、背筋が冷えた気がした。
どこかでこんな会話をした覚えがある。
記憶の所在を探ろうとするが、それよりも先にアヴィナが答えた。
「うそつき」
「ッ――」
そう、それは。
イナがこの世界に来た日、誕生日の家で。
幼馴染の少女チカとの通話で、ほぼ同じやり取りをした時のこと。
その『嘘』の正体が分からなかったイナは、ひどく動揺した。
当時は追及する暇もなく会話が終わってしまったが、今はアヴィナに問うことができる。
「けど、それってたぶん自分で気づいた方がいいことだよ。心配しなくても、悪いことじゃないとボクは思う」
「ならどうして」
うーん、とわざとらしく首をひねるアヴィナ。
「理想と現実ってやつ? 今のイーくんは少しだけ夢を見てる。現実を見ちゃったら色々サめちゃうんじゃないかってね」
「サめるってそんな……」
先ほどから、不思議な違和感がある。
イナの優しさを嘘と断じた点においてチカとアヴィナは同じなのだが、何かが根本的に違う気がしていた。
「およ? またボケっとして今度はなあに?」
「え、いや……」
イナの視線が再び惨状に向けられる。
優しさの陰にある、こんなことが出来てしまう本性を、チカは指摘したのだろうか。
あるいはアヴィナも。
「……ま、半分くらいボクがやったことだし。知らない方がいいこともいっぱいあるよ。知っても実感がわかないことだってあるし」
「そういうもん……かな」
元の世界でも、海外のテロ活動や災害のニュースを見ても、実感がなかった。
正直なことを言えば、同じ国の中で起きた殺人事件や、同じ県での事件でさえも他人事だった。
他人に気を配る余裕はないと建前をつけてはいたが、無関心だったのだ。
だが、いまイナはそのニュースで報じられるような惨劇の立役者になり、その重みをわずかながらでも実感している。
「考えるのはあとでいいよ。今は任されたことをやるだけ、オッケ?」
「……オッケ」
足りない頭で考えても限度がある。
なにか困難にぶつかったなら、その時はその時だ。
と、ずっと機をうかがっていたかのようなタイミングでレイアが現れ、嘆息しながら座席に座る。
「おっとぉ。今度は隊長さんがおつかれですかぁ?」
「メキシコ仮設支部の人員に引き継いだ。事後処理は任せて仮設支部に向かう」
おそらく今までの間、捕虜をまとめていたのだろう。
あくまで子供である二人に苦労をさせまいとした判断だったのだろうが、いかんせん疲れが見える。
さすがのアヴィナも茶化すような真似はできないらしく、大人しく座り直していた。
直後、間もなく出発する旨を告げるアナウンスが入る。
「隊長さん、体壊さないといいけど」
それを言える余裕のあるアヴィナが一番おかしい気がする。
だが事実、レイアにばかり責任を背負わせている。
司令塔の役割は彼女であるし、力の不安定な新人の保護観察まで任されている。
その上、戦闘までこなし。
(……俺が、頼りないから)
とは言え、すぐにはどうにもならないことだ。
イナに今からでもできることといえば、作戦を速やかに済ませること。
そう、終わらせればいいのだ。
終わらせれば、イナが無理な努力をする必要も、レイアに苦労を押し付けることも。
アヴィナのような少女まで戦う必要も。
シエラが死の危険に身を晒すことも。
すべて、解決するのならば。
盲目な決意を固め始めたイナの瞳に、アヴィナの紅い視線が静かに向けられていた。




