第16話「独り善がりの正義感」:A1
――その男と目が合った瞬間、体の表面がめくれ上がるような悪寒を覚えた。
瑞月伊奈と同じ、翡翠のような瞳。
彼のものは珍しいと思いながらも、嫌悪感はなかった。
だがこの男は違う。
こちらの中身を乱暴に見透かしたような、低俗で下卑た視線だった。
しかもその見られた内容は、イナに関することだ。
彼のことを知っていると確信することはできたが、独占していた彼との思い出を奪われたようで、不愉快だった。
「そう警戒しないでくれたまえ。癖のようなものだ、悪いようにするつもりはない」
どうだか!
どうせ言葉にしなくても通じるのだろうから、心の中で訴えながら男を睨み上げる。
相手の中を土足で踏み荒らすという悪事をすでに働いているというのに。
これ以上何をしでかすつもりでいるのか。
「ふむ……素質は十分。いや、形容するならば爆弾だな」
「………」
静かに男を見上げ、今一度周囲を確認する。
壁が見えないほど暗い部屋で、明かりは質素なデスクの上にあるライトのみ。
男は中年くらいで、いささか厳かな雰囲気のスーツ姿――だが、着ぐるみのような違和感がある。
空間はともかく、男が見た目通りならばこの場で制圧できるかもしれない。
問題は、そう考えていることも筒抜けであろうこと。
「賢しい子供は好きだよ。安心してくれ、君の願いを叶えるつもりでいる」
「! イナが……!?」
「彼はいま、世界の敵たるテロ組織に身を置いている。その力は絶大で、我々も確保に手を焼いている」
「……私に、やらせる気ですか」
「君にしかできない」
その瞳は嘘を言っているようではなかった。
ただ、何か重要なことを言っていない。そんなことは、男の顔を見ればすぐにわかる。
「君自身で戦場に赴き、彼を止めてほしい。君の言葉になら彼も反応するだろう。私はその手助けをする」
発言の真偽はともかく、イナがいるのならば、合流するのが何よりも優先される。
たとえ彼が本当に男の敵なのだとしても関係ない。
――関係ないと考えることがわかってこんな提案をするだろうか?
男の表情をうかがっても、答える様子はない。
「断ります」
ゆえに、その手を取る理由もない。
「なぜだ? 彼を感知する能力があるからか? 世界は広い、君にも限度があるだろうに」
「簡単なことです、素性を知れない人に従う道理はない」
小学生でも知っている、他者とかかわる上での基本ルール。
男の言う通りなのは否定できないことだが、従うことで奪われる自由もあるだろう。
それに。
「あなたの上から目線も気に入らない。自分が優位だと信じて疑わないその目が不愉快」
「これは……子供ながら手厳しいな」
男は手で目を隠しながらくくと笑う。
「しかし、それは君も同じではないかね?」
不敵な笑みを浮かべたまま、顔を上げた男の瞳が――怪しく光る。
本能的に危機を察知して距離を取ろうとしたが、男は追いかける素振りを見せない。
「力を自覚しているが、万能と勘違いしている」
光はさらに大きくなる。
いや、違う。男の後ろで別の何かが光っている。
それは翡翠色でありながら、やはり彼とは異なる。
彼のように、誰かを想う光ではなかった。




