第15話「迷う少年」:A3
『戦闘……ね。まあ、万事予想通りに動くとは、ズィークの坊ちゃんも思っちゃいないだろう』
輸送機に戻った3人は格納庫に集まり、今に至るまでの経緯を、今度はフランス支部司令のアレット・バシュレに伝えていた。
立体映像の画面越しにいる男勝りな彼女は、嘆息しつつも動揺している様子はない。
「ハワイ基地のガリセによれば、あくまで偶然とのことです。現状敵影も確認されておらず、このまま作戦を続行するつもりですが」
『それでいいよ。というかあんたらは元々遊撃隊なんだから、基本的には好きにしてくれていいんだ』
「理解しております。此度の通信では、そちらの状況も尋ねるつもりでした」
『こっち? 作戦が滞ってるとかは聞いてないけど』
それ自体は大したことではないらしく、アレットは思い出すように視線をそらす。
『ああ、『ブリュード』がウチの周りにちょくちょく姿を見せているとは聞いたね』
イナがわずかに反応する。
心なしか二人の表情もいくばくか固くなったように感じられた。
それ単体で作戦の可否が決まるとは断言できないものの、少なくとも彼らのいる戦場は苦戦を強いられること必至なのだから。
『とはいえ支部は攻撃を受けてないし、直接頭を叩こうって算段はないらしい。ただそうだね、噂では3人目が加わったとか聞いたよ』
「3人目……?」
曲解するまでもなく、『ブリュード』に新たな機体と人員が追加されたということだろう。
明快なだけに余計受け入れがたい。
『それがどうも素人らしくてね、二人がそれをカバーする形で戦ってたらしい。……らしい、らしいと続けて悪いね。ひとまずいまそっち方面にいないのは確かだろうね』
「……喜ばしいばかりではありませんが、情報ありがとうございます。そろそろ出発の時間も近いので、特になければこれで通信を切ります」
『ああ。新人の小僧っ子も頑張るんだよ』
「え、あ……? あっ、はい!」
一瞬自分を指されたのだとわからず慌てて返事をする。アレットは苦笑しつつもイナをとがめることはなく、手をプラプラと振って通信を切った。
同時に立体映像も消える。
「では、我々はこのまま予定通りに進路を取る。降りかかる火の粉はその都度払う――とりあえずはそれでいい」
「りょーかーい。それにしてもよかったですねえ、『ブリュード』こっち来ないみたいで」
相互で現状報告をするだけなら面と向かって話す必要はないと思っていたが、結果的に噂程度とはいえ彼らのことを知れたのは小さくない収穫だ。
レイア自身もそれを意図しての通話だったのかも、しれない。
当の彼女はアヴィナの言葉に難色を示していた。
「そうとも言えん。完全に把握できているわけではない以上、どこかで鉢合わせる可能性はある。少なくとも、アメリカでは確実に」
地理に弱いイナは、頭の中でシャウティアに命じて世界地図を思い浮かばせる。
フランスやイギリスはユーラシア大陸の左端。アメリカまでの距離は決して遠いとは言えない。
イナ達が作戦通りに動いている間に、先回りをする余裕は十分にある。
「……と、そろそろ補給も終わる頃のようだ」
PLACEフォンの通知に目をやったレイアが二人に告げる。
「到着までは自由行動で構わんが、体は休ませておけ。丸一日は空の上だ」
「時差ボケしそ~」
「エイグを頼ればいい。何よりも正確なアラームだ」
さも当然のように言うが、それはつまりエイグに指示を出せば指定した時間に意識を途絶えさせ、同様に起床できるということだろうか。
想像したイナは額に札を貼られた自分を想像し眉根を寄せた。
「私は少し離れるが、離陸時にはまたアナウンスする。以上だ」
「りょ~か~い」
「りょ、了解」
駆け足で去っていくレイアを見送り、アヴィナがさも作りましたというような笑顔でイナを見上げた。
もしかするとそれが素なのかもしれないが、先ほどの件もありやや不気味に思えていた。
「さっきはごめんね、イーくん」
「えっ……あ、いや」
彼の心情を察したかのような発言に、反射的に気遣おうとしてしまう。
確かに彼女の言葉が原因で揺らぎ、いまも少しばかり警戒していたが、それらはイナの不確かさに由来するのだから。
「でもね、自分で決めたことなんだ。あのおじさん、さっきの司令さんもきっとそう。そう決めて、どうなるかが大体だけどわかってて、それを受け入れるつもりでいる。覚悟キメてるってやつだよ」
語る彼女は、いつもの的を得るような発言や、無邪気に笑う彼女とも違うような気がした。
ゆえに、気づけば目が離せないでいた。
「だから覚悟した人に大人とか子供とか、関係ないんだってこと、知ってほしかった」
「あ――」
悲しさをにじませていたわけでもない。ただ遠くを見つめ、物憂げな彼女に何かを言いたかった。言いたかったが、言葉がまとまらなかった。
年端も行かぬ子供が戦場に赴く作品を、イナは数多く見てきた。
世界のため、平和のため、故郷のため、友人、家族のため。理由は様々だったが、本来戦場に出るには若すぎる命々が、危険な場所へと飛び込んでいた。
あくまで架空の世界の、架空の人物を描いたものだ。現実と同じ価値観であるとは限らない。
だが、そんな架空の言葉は、いまイナの中で反響しアヴィナの言葉への納得を促していた。
(それでも、何か違うと思う……)
論理で片付けてはいけないような何か。たとえアヴィナに納得してもらえずとも、伝えなくてはいけない何かがある気がした。
しかし――そう思えば思うほど、混濁する。
「譲れないなんかが、イーくんにはあるんだね?」
いつの間にかうつむいていたイナの顔を、アヴィナがのぞき込んでいた。
大きな紅色の視線を直視できず、思わず目をそらしてしまう。
「……けど、わかんないことでいっぱいなんだ。だから、ごめん」
「やはは。いいんだよぉ、イーくんがいきなり悟ったようなこと言い出したらボク、チビっちゃうよ」
頭の後ろで手を組んで、彼女はいつもの調子で笑う。
彼女なりのフォローなのだろう。そう思った矢先、彼女の薄開きの瞳がまた冷たくなった気がした。
「でもね、敵さんは迷ってても撃ってくるから。いくらイーくんが無敵でも、それは分ってて」
「………」
ふいに、ゼライド・ゼファンと話をした時のことを思い出す。
自身の身の振り方を尋ねられた時、気軽に戦うなどとは言うなと。イナは子供でも、大人の世界であるからと。
大意は彼女の言葉と同じだろう。
しかし今はその言葉にどうにか反論したかった。そう思わせる何かが今のイナにはあった。
それが傲慢ともいえる自惚れだと自覚するのは、まだ時間を要すだろう。




