第15話「迷う少年」:A2
「では、あれは偶然の襲撃だったと?」
反連合組織PLACE・ハワイ駐屯地――とは名ばかりの軍港。
その施設の一室にてレイアは、大きなデスクの傍で火のついていない煙草を咥えた男に問いかけていた。
彼女の後方では、何とか話を追おうとしているイナと、天井を見上げて聞いているのかどうかわからないアヴィナが待機している。
「むろん、推測の域は出ません。しかしこのひと月の間に、周辺諸島を哨戒する機影が増えているのは事実です」
恰幅の良い体型、おまけにアロハシャツ。
いくら正規の軍隊ではないとはいえ指導者の貫禄がまるでない男、ガリセ・グリナルは、陽の差し込む窓に視線を移す。
アメリカでの国連会議を控える中、開催前や当日にPLACEなどの敵対組織に攻撃を受けることは避けたいはずだ。
不安から、国連に察知されたのではないかとまず考えてしまうが、そう断定できるだけの情報はまだ集まっていない。
ただ、警戒しておくに越したことはないだろう。
「貿易方面でも米国との繋がりが絶たれた以上、工作員や密偵などを送れる状況にはありません。ですから内情を正確にはかることも難しく……いやはや、力不足で申し訳ございません」
「……それは、構わない」
イナはふと、この会話が内包する違和感の正体に気づいた。
PLACEという組織において一隊員であるはずのレイアよりも、この基地の代表たるガリセの方が立場が上のはずなのに、実際はまるで逆なのだ。
役職による地位の差など大して無いように思えるが、そうだとしてもやはり二人には親しさのようなものが伺えた。
とはいえレイア自身が同組織内に家族がいる特殊なパターンであるため、二人が既知の関係だとして改めて驚くこともないだろう。
「しかし、実際に大丈夫なのか。いかに豊富といえど、旧式なのだろう」
ふいにレイアが、不安を吐露した。
出発前に問題ないと言わんばかりに語っていたのが嘘のようだ。
だがイナも疑問がないわけではない。以前武装でエイグがどうにかできるのなら、それらがエイグの戦闘に用いられていないのが不自然だからだ。
ここに来る前にイナも話を聞いていたが、ハワイは大海に浮かぶ小さな島国であるため、数少ないエイグを配備することは難しいのだという。
戦闘が起こらず設備拡充の必要性がなく、ヒュレプレイヤーもいないため、現在の世界からしてみれば貧しい国に分類される。
「旧式だなんてとんでもない、ドロップ・スターズ以前は米軍の最新鋭だったんです。物量で押せばやってやれないことはありません」
「ま、たしかにねえ」
小声のアヴィナはどこか得意げだ。
一方でレイアの曇りが晴れることはない。
「だが、エイグ相手の実戦経験はないはずだ。シミュレートもできていないんだろう」
「否めませんが……少し落ち着いてください」
「そーだよ隊長さん。要するにそもそも、ここには狙われるほどのセンジュツテキカチってヤツがないんじゃないです?」
歯に衣着せず、アヴィナはいつもの調子で言う。
ガリセはそれに不快感を見せるわけでもなく、自覚しているというように頷いた。
「おっしゃる通りです。ここには貴重な資源があるわけでもなく、ヒュレプレイヤーを擁しているわけでもありません。物資に関しては他支部にほとんど依存しています」
「となれば、狙われた時の心配は脱出方法が確保されているかどうかってトコ?」
「ええ、連合軍にこの場所が必要であればいつでも制圧はできるでしょうから。いやはや……賢いのですな。恐れ入ります」
「やはは、それほどでも」
アヴィナが株を上げている最中も、レイアは何か悩んでいるようだった。
組織としての仲間にしろ身内にしろ、それを割り切れない部分があるといったところだろうか。
もっともそれはどうにかしたいという思いばかりで、何もできないのが実情だ。
対策はしているというのだから、それでいいとは思うのだが。
「……万一のことがあれば、人命を優先してくれ」
「むろんです」
一応どこかで踏ん切りをつけたらしいが、不満をにじませていた。
ガリセは暗くなった雰囲気を取り換えるように「それにしても」と言う。
「其方のお二方が日本支部の代表でしたか。頭が上がりません。エイグは老人には扱いづらいもので……若い希望は眩しいですな」
「……っ?」
それは、かっこ悪いのでは?
脳裏によぎった言葉が空気を悪くする危険なものだと反射的に察知し、イナは急いで口をつぐんで苦笑した。
ガリセの言葉が、子供が戦争に参加することに肯定的であるかのように感じられてしまったのだ。
実際に彼がそう考えていたとして、ここでかみつくことに意味はない。
「失敬、お時間も限られておりましょう。作戦の成功と無事をお祈りしています、フェス――いえ、レイア様」
「……作戦が終われば少しは落ち着くだろう」
「あなたもどうか、ご無事にお帰りください」
背を向けるレイアの顔はどこか煩わしそうで、けれども悔しそうにも見えた。
「そんじゃあ頑張ってきまぁす」
「えっと、失礼しました」
それぞれに挨拶をしてから、無言で出口を目指すレイアを追っていく。
彼女とガリセの関係は親戚かそれほど近い間柄であることは間違いないようだが、どうやら彼女は自身の家庭に不満がある――ということだろう。
(フェスなんとかって言ってたの、聞き間違いじゃないだろうし)
ガリセも慌てて言い直したといった風だった。
ここまで露骨に何かがあると匂わされて気にならない方がどうかしているが、やはりその追及の機会はいまではない。
小さな隙の穴を探すようにしてレイアの背を見ていると、アヴィナが不思議そうにのぞき込んでいることに気づいた。
「どったのイーくんそんな目を細めて、目ェ悪いの」
「いやそうじゃないけど……」
「そう? それにしてもこまっちゃうねえ、ボクら有名人だよ」
「……そう言われてもなあ」
有名人だから行動に気を配れとでも言うのなら、イナには無理な相談だ。
多少は気にするだろうが、常にそれを意識し縛られては何もできない。
かならずどこかで無理が出る。
「限られたエイグを扱ってくれるだけでも、組織としてはありがたい存在だ。気負う必要はないが、やれることをやってくれればいい」
「……大人には、できないことなんですかね?」
なるだけ棘が出ないように、イナは先ほど飲み込んだ言葉をレイアに投げかける。
彼女の表情は見えないが、足取りに変化はない。
「戦う気力のない者を戦わせても、足手まといになるだけだ」
「そうかもしれませんけど……」
「ボクだって子供だけど、やりたくてやってるわけだし。その辺イーくんはどう思う?」
「ど、どうって」
戦えない大人と戦える子供、どちらに責任を背負わせるのか。
その戦いが、どうしても勝たなくてはならないものだったとしたら。
ならば答えは――と、鼓動を速めながら結論が出かけた瞬間、レイアの足が止まった。
「そこまでだ、アヴィナ。それ以上は看過しかねる」
「でも、自分で戦うって決めたんでしょぉ?」
「下手に悩ませるなと言っているんだ」
アヴィナを諫め、レイアはイナを一瞥する。
いまイナの中に、アヴィナへの怒りや不快感と言ったものはなかった。
ただ、決意したはずの自分が簡単に揺らいでしまったことに動揺し、しばし放心していた。
そんな彼を見かねてか、レイアはため息を吐いて彼に向き直った。
「イナ――迷うなとは言わん。だが自分が戦うといったことよりも、その理由を忘れるな」
「……はい」
身近な人を失いたくない、それだけは揺るがない。
だが、そうした判断が即座にできるようにならなければ、自分はまだ足手まといでしかないのではないか。
再び歩き始めた彼の足取りは、重くなっているように感じられた。
――けれども、もしもPLACEが勝てなかったら?
さきほど出しかけていた結論が、イナのなかで不意によみがえる。
おそらくレイア達は、PLACEはそれまでだったというだけのこと、そう言うだろう。
そうならないために戦う、とも言うだろう。
だが仮にその時が来てしまった時、イナはどうするだろうか。
(……弱気になるな。俺が、ちゃんとやればいいんだ)
具体的なことを思考する余裕もなく。
イナは表面の亀裂に蓋をして誤魔化すように、そう自分に言い聞かせた。
気分を変えようと視線を上げれば、レイアの開けた扉の間から強い風が吹きつけてきた。
「そんで、いつごろ出発です?」
耳朶の奥まで入り込みそうな勢いの風に負けじと、アヴィナは声を張る。
「輸送機とエイグの補給が終わり次第だ。その間にフランス支部と連絡を取り、作戦の進行状況を確認する」
「んじゃ、とりあえず戻りましょ。いくら常夏でも風邪ひきますよぉ」
たしかに、高い気温で汗をかいたそばから海辺の強い風で吹き付けられては、いくらなんでも腹を下しかねない。
ただでさえ常に緊張しているような状況にあるのだ。
駆け足で輸送機の方へと向かうアヴィナを追おうとして、イナはレイアの表情を一瞥する。
彼女はイナの視線に気づかないほど、物憂げな様子だった。




