第15話「迷う少年」:A1
息を切らし酸欠になりかけたところで、シオン・スレイドの意識が明瞭なものとなる。
不快な浮遊感を抑圧するように頭を押さえ、今の状況を整理する。
顔を上げて見れば、辺りには黒煙を上げて沈黙するエイグの残骸がいくつも転がっているのが認められた。
それらは陽が落ち輪郭が分かる程度だが、ヒトとしての原型を留めていないことは確かだ。
関節が逆に曲がっているならまだ良い方だ。切断されたものや、辛うじて繋がりぶら下がっているものは、エイグのものであるとしても痛々しく感じてしまう。
敵エイグの声はシャットアウトされており、人間そのものを相手している感覚は薄い。
それでも自分が壊したものが――ヒトであると、錯覚してしまうのだ。
『どうした、ボウズ』
体中の不快感を吐きたい気持ちに体が応えずにいると、脳裏に低い男の声が響いた。
ゼライド・ゼファン。実を言えば、ここにある残骸のほとんどは彼のエイグによるものだった。
そんな彼の声音は、心底呆れたようで、不安な心情もなんとなく感じ取れた。
『動けるなら帰るぞ。戦果も悪かねえ』
「……はい」
入れたくもない力が機械によって勝手に入り、よろめくこともなく立ち上がる。
いっそのことこのまま倒れてしまいたい気持ちがあったが、それは衝動的なものに過ぎないと自分を奮わせる。
(……俺にしか、できないこと……)
ゼライドの後を追いながら歩き出したシオンは、強張った右手を見つめながら思索にふける。
まだ慣れていないのは自明だったが、それでも着実に前に進んでいる実感があった。
自分を推薦してくれたファイド・クラウドの意中は測れないものの、こうして結果に繋がっている事には確かな喜びがあった。
しかし、敵の悲鳴と人型の機械を破壊する感覚には過剰な拒否反応が出てしまう。どこかで割り切ってはいるが、やはり本能的にそうした反応をするのが実情だ。
それでも、シオンには頑張る理由があった。
(あの人は俺に、居場所をくれた)
それまでこれといった価値を自分に見出していなかったシオンにとって。
否、同じような思いを抱える思春期の少年にとって、それは希望の光だった。
戦争に参加することに最初から肯定的だったわけではない。言葉で取り繕うとも体は正直だ。
しかしこの時世の中、戦いを終わりに導く力を見出され、それが何事にも代えがたい価値を感じたのだ。
正直なところ、信じがたい部分もある。架空の物語のような事柄が続き、目を疑うことも少なくなかった。
それでも胡乱に思っていたドロップ・スターズの真相やエイグの戦闘、想像を実体化するヒュレプレイヤーの存在を目の当たりにして、今起こっていることや自分が選ばれたことも異様な信憑性を感じてしまったのだ。
救世主になるべきは君だ――国連を統べる者、シオンにとっては世界で最も権力を持っていると思っている者にそうも言われては、嘘だとしてもその役になりきってしまう。
だからこそ彼は今こうして、無理をしてまで戦闘の経験を積んでいるのだ。
義務感など、これまでさして感じたこともなかった。あったとしても将来への不安という無駄なプレッシャーによるものだ。
だが今は違う。使命感とでも言えばいいだろうか。重圧があるのは変わらないがそれもどこか心地よく、前向きに努力する理由になっている。
『……やる気があるのは結構だが、通信繋ぎっぱなしだ。もう少しエイグの扱いに慣れるこったな』
吐きたい気持ちも収まってきたところで、再びゼライドの声が掛かった。
エイグの通信は思考を介しているため、下手をすると本音などが漏れることとなる。知識としては知っているのだが、未だこのように失念してしまう。
慌てて通信を切り、一息つく。
(……この人、結局どうなんだ?)
正直なところ、ゼライドのことはあまり好きではなかった。かと言って毛嫌いしているわけではない。
近寄りがたいというよりは、近寄らせてもらえない。
知らず知らずの内に距離を取られている、というのが正しいだろうか。
かと言って放任されているかと言われればそうではない。命令だから仕方なくという面もあるわけではないが、なんとなくそればかりではないようにも思える。
人間関係のこととなると経験の乏しいシオンにはどうにも表現しがたいが、あえて言うなれば――やる気がないと言ったところか?
とは言え面倒も見てくれる彼を見てそうとばかりは言えないが、拭えない不信感のようなものはシオンの中にくすぶっていた。
(もしかしたら、俺が気に入らないのかな……)
ゼライドは子供が救世主だなどと言われそのお守りを任されているが、それに納得がいっていないのかもしれない。
そうだとすればシオンでも理解できるところがあり、表情がわずかに曇る。
しかし、それを認めさせるのも役目の一つだろう。
ファイドの言葉で胸に火を灯しながら、シオンは陽の落ちた森の中を進んでいった。




