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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
Ⅲ《変えられた》未来
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第14話「広い蒼穹へ、狭い箱の中で」:A3

「んぁ……」


 いかにも寝ぼけていますと言わんばかりの自分の声。

 それを耳にしたと同時に、イナは目が覚めたことを自覚した。

 ぼやけた視界と脳をなんとか矯正し、目の前にあるものを確かめようとして――違和感を覚えた。


(どこだ、ここ)


 見覚えのない天井。PLACEの私室よりも狭い部屋。

 身体は横たえられているらしく、柔らかい敷布団にかすかに沈んでいるのが分かる。

 誰かに尋ねたかったが、近くに誰もおらず、部屋の外にも誰かがいる様子はない。


(……シャウティア、どこだここ)

《輸送機の中だよ。そろそろハワイに着くから起こしたの》


 イナが慣れたように尋ねると、チカの声――シャウティアは当たり前のように体を操作していると答えた。

 しかし、ここに居る理由はわからない。

 最後に記憶に残っているのは、レイアとの会話だ。

 沈黙が訪れてからしばらくしてから、いま目覚めるまでのことは何も覚えていない。

 誰かに運ばれたということだろう。

 あるいは、シャウティアが眠るイナをゾンビのように動かして移動させたのだろうか?


《できないこともないけど、違うよ》

(できるのかよ……)

《あの小さい子、アヴィナちゃんが運んでくれたの》

「は?」


 思わず声が出てしまう。

 如何に優秀なアヴィナと言えど、あの細く小さい体でイナを運ぶのは無理がある。


《AGアーマーだよ。あの姿なら体格は関係ないから》

(……あのデカブツのカッコで運んだって事か?)


 自身の搭乗する機体、アヴィナならば重装備仕様のシアスを模した鎧を纏ったということだろう。

 等身大サイズのあの機体が機内を動き回る姿は、想像しがたいシュールさがあった。


(というか、重さとか大丈夫なのか)

《大丈夫、融通が利くようになってるから》

(ああ、そう……)


 つくづくエイグは常識の通じない機械だと思いながら、イナは体を起こして部屋を確かめる。

 運ばれてきたということは、格納庫の中にあるという個室だろう。

 ベッドと小さめのデスクがある程度の、本当に簡易的な部屋だ。

 扉が二つあったが、片方が出入り口とすればもう片方はトイレとシャワー室だろう。


 あとは、外だ。

 あまり動き回ると迷子になりかねない懸念はあったが、輸送機の内部を知っていて都合の悪い事などないだろう――というのはもちろん建前で、折角なので見てみたいという抑え込みがたい好奇心があった。


「……お、おお」


 何にしてもすることがなかったため、出入り口の扉を開けて部屋の外に出たイナは、周囲を見渡して感嘆の声を漏らした。

 必要最低限の照明で照らされた格納庫にはどうやらエイグ三機が横たえられており、イナはシャウティアの太腿辺りにいるようだった。


 そして外から自分のいた個室を見てみると、輸送用のコンテナとしか言いようのない箱状のモノであることが分かった。

 特にこれと言った固定もされていないところを見るに、移動が可能な部屋なのだろう。

 どこの国だったか、引っ越し時の移動を前提に建築がされている住宅があったはずだ。あれと似たようなものだろう。

 エイグのサイズに合わせて移動する必要があるため、このような仕組みのモノを採用したのだろう。


(……それで、どうしてればいいんだ?)

《いま、シフォン……レイアさんに連絡したから。すぐに繋がるよ》


 手間を省いていると好意的に解釈すべきか。

 余計なことをされたわけではないから、特に何も言うことはないのだが。

 自分の名義で勝手なことをされているような気がして、イナは少し複雑な心境ではあった。


《ごめんね、イナの心を読み取って先回りしてたの。今度から確認は取るから》

(……わざと不都合な事しなきゃそれでいいよ。俺一人でできることなんか知れてるし)


 ここでエイグの恩恵を断ることは、使用頻度の高い道具――携帯端末を捨てることに等しい。

 否、その利便性から言えば、失われるものはもっと多いかもしれない。


『イナか』

『ボクもいるよぉ』


 しばし辺りを見渡していると、頭の中に二人の声が響く。


『よし……なら、さっきの座席に戻るぞ。じきに着陸が始まる』

(またあんな感じになるのかな……)

『おっとぉ、心配がダダ漏れだぞっ。心配ならボクが抱っこしてあげるよ』

(い、いい!)

『通信でじゃれるな。いいから座席に……』


「――ん?」


 レイアが言い終えるよりも先に、イナの神経に何かが触れた。


『ッ、これは』

『敵だ~ッ!』


 一瞬だけ遅れて、レイアとアヴィナに緊張の色が混じる。


『ハッチを開けさせる、すぐにエイグに乗れ!』

『りょ~か~い!』

(りょ、了解……!)


 シャウティアが浮かべた脳内のレーダー上に、輸送機の周囲に敵の反応が5つ出現する。

 単なるラグか何かか。

 不可思議な感覚の意味は分からなかったが、呆けてはいられない。


「シャウティアッ!」


 迷いを払うように、イナは力任せに叫ぶ。

 格納庫の中で反響する声は、やがてその中に溶け込んでいくように薄れ――不意に、床から硬さが消えた。

 眩暈でも起こしたのかと思ったが、そうではない。

 足が床に沈んでいた。


「なッ」


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 だがその一瞬で、イナの体は四方から強風に殴りつけられていた。

 強すぎる風圧で目を閉じるほかなかったが、辛うじて瞼を開けば、直上には一面の蒼。

 空かと思ったが、違う。海だ。


 そして下を覗いたイナは、白い大地が広がっていることを認めた。

 否、雲だ。


 そこまで見てようやく、イナは空中に放り出されたことを認識する。

 輸送機の方を見やれば、シャウティアのいたところだけ穴が開き、その穴をシャウティア自身が指先で撫でるようにして埋めていた。あれもシャウティアの機能なのだろうか?

 彼女は身をひるがえして手を伸ばし、イナを包み込んで胸へと誘う。

 もはや極度の緊張で自分が動いている自覚もなかったが、彼は胸の中のコアへと転がり込んだ。


 内部の暗闇の中で呼吸を整えながら、シャウティアに接続する。


(お前の仕業か!)

《いいから、すぐに来るよ!》

「……ッ!」


 追求する暇もなく、視界がシャウティアのものに切り替わる。

 同時にレーダーが更新され、5つの反応の内1つが飛びぬけた速度で接近しているのが確認できた。


『何が起きている、イナ!』

「わからないんですよ! けど、先に出ますッ!」

『何をそんな不鮮明な……』

『先に迎撃っしょー! 砲撃は揺れるからミサイルで勘弁してちょ!』


 視界には映らないが、ハッチが開き始めたらしい。

 何かが噴射する音と共に、イナの後ろから複数の物体が迫るのが聞こえた。

 その白い物体はイナの傍を通り過ぎ、水平線の上に見えた影に接近していく。

 だが、それらは全て小さな爆発へと変わる。


(手練れなのか……!?)


 レーダー上の反応を見るに、『ブリュード』ではないようだが。

 どちらにせよ、輸送機の危険を放置しているわけにはいかない。

 イナは翼状の推進器を展開し、翡翠色の光を放って影に接近する。


(シャウティア、やるぞッ!)


 彼女からの応答を待たずに、イナは息を吸い込む。


「――シャウトォッ!!!!!」


 風圧にも負けないほどの、絶叫。

 それによって引き起こされる、周囲の状況変化――絶響現象。


 空気抵抗は消え、圧力のない水中にいるような感覚。

 それもただの異常なものとして受け止めればいいだけだ。

 地上から海に飛び込むのと同じ。肺による呼吸を中断し、体の動かし方を二足歩行から水泳に切り替えるのと同じだ。

 抵抗がない分速度が増加しているが、目標へ速く着くのなら問題は無い。


(見えた! ぶん殴るぞッ!)


 右手に力を込めて、拳に光を纏わせる。

 どうやら先行している敵エイグは飛行用の装備を用意しているらしい。

 シフォンのもので見慣れてはいるが、専用機との違いだろう、かなり簡易的なものに見える。

 つまり、それを破壊すれば空中での戦闘は不可能になる。

 イナは背後に回って、大型の推進器に狙いを定めて直進し――殴るだけのはずだったが。


(――――――)

「ッ!?」


 ふいに、イナの脳裏に何かがよぎった。

 細い針を通されたような、小さく、鋭い痛み。

 だがその一瞬に想起されたのは、今この場にはいない筈の人物の顔だった。

 悠里千佳の。


「ッ、くそ……!」


 一瞬とは言え鈍い頭痛はイナの動きをも鈍らせ、勢いは減衰し狙いも外れる。

 それと同時に、周囲の時間は再び歩みを進めていた。


「……ほう!」


 急に現れたように見えたはずだが、その場で留まり驚きはそれに留めた敵機の声。

 どうやら男性が搭乗しているらしい。

 敵機はすぐにその場を離れ、輸送機の方へ向かいながら口を開く。


「危うく死ぬところだったと言いたいが、狙いはスラスターか! それだけの余裕をくれるのか、素人に! そのエイグは!」

(なんだ、うるせえやつだな……!)


 まだ残る頭痛に響く大声に、イナは顔をしかめて構え直す。


(くそ……なんださっきから! 体が重い……!)


 空中ゆえか、また別の要因か。

 強いて言えば、今はシャウティアに補助を大きく任せていない。

 周囲の変化の激しさに体が追い付いていないのも、そこに起因するとすれば。

 シャウティアの不調か?

 いずれにしても、敵は目前にいる。

 幸いにも動けないわけではないから、的にはならない。


「噂の信憑性からしてまともに相手はできんが……これならばどうだ!」

「!」


 不意に、何かを投げられる。

 小さな球体の数々。それらがなんであれ、イナの、シャウティアの身体に触れようものならばことごとく消えゆくだろう。

 だが、そうはならなかった。


《危ない!》


 球体がイナに触れる前に僅かな光を零した直後、イナの瞼は閉じられた。

 しかしその上からでも、圧倒的な光量が目の前に広がったのが感じられる。


「未然に防いだとは言え……隙はできたろう!」


 すぐに目を開くが、その時に敵エイグは既に、銃口を輸送機の方に向けていた。

 だが、それを許す者がいるはずもなく。


「ボクから言えば、ずっと隙だらけだねぇ」


 輸送機からマシンガンを持った青い腕が生え、同時に床のハッチが開放される。

 銃口から迸る無数の弾丸は乱雑なようで、全て敵機を捉えている。

 それを悟ったらしい敵機はすぐにその場を離れるが、すぐに別の角度から銃撃が襲い掛かる。


「喋っていないで撃っていればよかったものを」


 ライフルを撃ちながら開いたハッチから出てきたのは、より大きな推進器を備えた赤紫のエイグ、シフォン。


『数が増えると厄介だ。ミヅキ、うまく動けないなら下がれ』

(や、やれます!)


 悪意こそ感じられないレイアの言葉に、一瞬だけ役立たずだと言われたような気がして、イナは即座に力を入れ直す。


『……ならば、推進器を狙え。空中ではあれが足だ』

(わかりました!)

『アヴィナはミサイル等の無反動・低反動の武装で援護してくれ。武装は少ないが、その分周囲に注意を向けてくれ』

『あいあいさー!』


 引き金を引きながら冷静に指示を出すレイア。

 イナは様子を伺おうとしていたが、流れ弾だろうがシャウティアのバリアが弾く筈――そう高をくくって、再び拳を握る。

 そしてその拳に光を収束させ、敵機へと接近しながら刀身を形成していく。


「バスタードォ!!」


 叫びながら実体化した大剣を、上段から振りおろす。

 しかし、先ほどの閃光がまだ瞼に焼き付いているせいで軽く眩み、容易く避けられてしまう。

 おまけに空中で考えなしに大型の武器を振るったことでバランスが制御できず、体勢が少し崩れた。


「赤いのクン、足手まといになってるんじゃないかぁ!?」

「何を……!」

『耳を貸すな、ミヅキ!』


 叱咤するレイアの手にはナイフが握られており、背後を取って背中から一突きを図っていたようだが、即座に反応されて装甲に切り傷を作るのみに終わる。


 明らかに平静を失いつつあるイナに、アヴィナが小さなため息を吐いた。


『んもう、仕方ないなあ。イーくん、後で頼むよ』

(え、何を……)

「え~い!」


 急に頼むと言われたが、その内容は不鮮明。

 反射的に輸送機の方を見やれば、開いたハッチからアヴィナが長い銃を携えて飛び降りようとしている所だった。

 囮かと思ったが、あまりにも突飛すぎる。

 そうして呆気に取られている一方で、レイアは敵機の方へと向かい、再び引き金を引く。

 弾丸は相変わらず、固い装甲に弾かれるばかりだ。


「くそ……!」


 特に飛行用の装備をしている様子もないアヴィナは、そのまま落下するだけだろう。

 下は海だから、あの重装備で着水すればただでは上がってこられない筈だ。

 イナはバスタードを捨て落ちるようにアヴィナの方へ飛ぶと、当の彼女は長身の対物ライフルを構え、すかさずその引き金を引いた。

 金属の塊の内側で爆発が起こったような轟音の後、後ろで何かがはじける音がした。


「ぎええぁあッ!?」


 目視こそしなかったが、先ほどの男の声がしたというだけで結果は見えていた。

 それよりも、思った以上の速度で落下していくアヴィナに追いつくので精いっぱいだった。

 辛うじて伸ばした手が装甲を掴むが、一緒に落ちるのを防ぐ出力を出すのも一苦労だ。

 必死に足から噴射するイメージをし続け、少しずつ落下速度を落としていく。


『ありがとイーくん、さっすがぁ』

(無茶苦茶しやがる……!)

『そんじゃついでに、もう2発くらいたのむよ』

「は……? のわッ!」


 もう一度、更にもう一度引き金が引かれ、イナの体はアヴィナの受けた反動と共に左右に大きく揺れる。

 先ほど直撃させたはずだから、もう撃つ必要はない筈だが――そう思ってレーダーを見ると、明らかに2つの反応の動きが妙なことになっていた。


(……まさか、当てたのか)

『にひひ』


 AIに補助されていたにしても、イナにぶら下がって不安定も不安定だったはずだ。

 アヴィナを見た目だけで判断してはならないと、悪寒と共に再認識させられる。


『……どうやら退くようだ。よくやったと言いたいが、無茶な行動は避けろ、アヴィナ』

(い、いや! さすがに重くてッ……落ちてるんですけどぉ!)


 足と背の推進器を精一杯噴かせているが、高度が急速に落ちないのを防ぐのが限界だった。

 アヴィナも足から何か噴かせているが、そもそも浮上用の装備ではないところを見るに、なしのつぶてだろう。

 そこへ飛んできたレイアの手が加わり、いくらか運びやすくなった。


『……アヴィナはエネルギーの浪費を避けろ。もう数百kmで到着予定だから、それまで輸送機を護衛しつつ二人でアヴィナを輸送する』

『いやぁ、ごめんねぇ』


 ネガティブなことを思う予兆を感じ、イナは一時的に通信を切る。


(……俺が、うまくやれていたら)


 否、原因はそればかりではなく、シャウティアの補助が不完全だったとも言える。

 AIが搭乗者の感覚を自由に扱えるのだとすれば、イナが戦いやすいようにできたはずだ。

 また、シャウティアの弱点を把握しきれていなかったことにも起因するだろう。

 単純な運動エネルギー等に対する物理的な耐性はほぼ完璧だろうが、実体を持たない攻撃に対しては滅法弱いようだ。


『……しかし、妙だな。アヴィナの腕が並外れていたとはいえ、すぐに撤退した目的が不明瞭だ』

『輸送機落とすならもっと静かにできましたよねぇ』


 イナが自責の念に駆られている中、ほか二人は先ほどの敵部隊へ怪訝の意を示していた。


『それにあの先行したエイグ、いくばくかカスタマイズされていた。それほどのものを捨て駒のような扱いにしているのは、妙だろう』

『本気だったりして』

『さあ、それはわからんがな……』


 なんにしても、イナが参加したところで話の進みが遅くなる気しかない。

 しばらく沈黙を保ち、けれど二人の話に耳を傾けながら、イナは水平線に浮かぶ諸島を見つけるのだった。



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