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第1話「逃避、あるいは後悔の強制」:A5

『でもなぁ、乗る前にヤッちまえばこっちのモンだってよォ!』


「ッ――……!」


 赤目のエイグは再び、ライフルのトリガーを引く。

 しかしやはり、銃弾は彼に触れることなく消えて風と、わずかな薄緑の光の残滓(ざんし)だけを残していく。

 今度は飛ばされないように、イナは薄緑の目をしたエイグに手で包まれるようにして守られた。


『おいおいどんなトリックだぁ? ズルいんじゃねえのか、そういうのってさぁ!』


 赤目のエイグは何度も銃弾を放つが、そのいずれもが宵闇に消えていく。

 苦悶の声を漏らしながら、彼はエイグの手の中で戸惑っていた。

 ここから飛び出していいのかと。

 今度こそ銃弾が当たりはしないだろうかと。


 ――迷っている暇はないか!


 彼は意を決しつつも怯えを残した眼光を、己を守るエイグに向けた。

 そこから意思を読み取ったかのように、そのエイグは手で彼を包んだまま、少し突き出された胸の装甲へと腕を動かした。

 次いで装甲は排気音と共に展開し、人ひとりが入れるくらいの短い通路へとイナをいざなう。

 そこは真っ暗だったが、奥の方に薄い光が見える。

 足元が見えない恐怖を押し殺しながら、彼はそこに向けて駆け、勢いよく転がり込んだ。


「あだッ!?」


 急な浮遊感の直後、彼の体を衝撃が襲った。多少の段差があったようだ。

 痛む上腕をさすりながら立ち上がれば、機械の駆動する音とともに、光が彼の周囲を包み始めた。

 どうやらここは透明な球状の空間らしい。搭乗者が立てるよう、内側に立方体が組み込まれているようだ。


《規定搭乗者のコアへの収容を確認、ハッチ閉鎖。BeAG(バグ)システム、セットアップ。コネクトリキッドの注入を開始》

「バグ……コネクト………?」


 人工音声と思しき声は、急ぐように何かを早々とイナに伝える。しかし当の彼には何を言っているのか分からない。

 一体何が起ころうとしているのかと辺りを見回していると、不意に足元を冷たい感覚が襲った。見れば、どこからか――音声曰くコアと言うらしいが――排出された黒い液体が少しずつ水位を上げ始めているところだった。

 匂いはなく、石油や墨汁などの類ではないらしい。

 これがコネクトリキッドとみて間違いないだろう。


「うわッ! なんだ、これ!?」

《アンサー、本機の操縦に必要なプロセスです。身体情報のスキャンを主としたものであり、健康上の害はございません。体内への摂取に関しても同様です》

「そんなこと言われたって……!」


 気づけばコネクトリキッドは彼の肩まで水位を上げており、服の中にまで入り込んでしまっている。

 よもや無害そうな見た目ではないものに迫られて、おとなしくしていられようか。

 覚悟の決まらないイナに向けて、容赦なく水面は迫ってくる。


 ――ええい、ままよ!


 半ば自棄になりながらコネクトリキッドに全身を覆われ、溺れてしまうと思った彼はふと違和に気づいた。

 不快感がまるでないのだ。

 水中にいる感覚はある。というより、それ以外に感じられることがなかった。

 口の中の空気を吐き出しても、息苦しさがない。

 音声の言葉を信じて、彼は試しにと一口含んで喉を通した。

 すると、まるで空気でも飲み込んだかのような虚無が食道を伝っていった。


仮死着色(ダイイング)終了。コネクトリキッドの排出開始。並行してナノマシンとの同期を開始、機体データを共有》


 彼が未体験の感覚に襲われている間に、エイグは既に次のプロセスへと移行していた。

 何をされているかはイナには相変わらずわからないが、この間に流れた時間はいったいどれくらいなのだろうとふと疑問に思う。

 一つ一つの動作が素早いため、一分も経っていないだろうが。

 果たして外にいる赤目のエイグは、ただ呆けて突っ立っているだけなのだろうか?

 彼がそう思った時だ、外から銃を構える音が響いたのは。


『そのトンチキなバリアもお前のだ、なら防ぐたびにエネルギーを使ってんだろぉ? だったら、ガス欠になるまで撃ち込めばよぉ!』

「ッ!」


 撃たれると思った彼にはしかし、衝撃も風も襲ってこない。ただ大きな爆発音が響くばかりだ。

 赤目のエイグの搭乗者が言うように、このエイグが発していると思しきバリアが防いでくれているのだろう。

 そして、いつまでも耐えられるものではない。


BeAG(バグ)システム、セットアップ完了。AGアーマー展開後、各部位の動作拡大率を計測・設定》


 ふいに、イナの体から染み出すように鎧の輪郭が出現した。

 それはこの機体のシルエットにどこか似ている、というよりかは実際にそうなのだろう。

 鎧は魔法のように質量を得て、彼の衣服となるように、実際の衣服越しに装着されていく。

 指の先から肩に向けて。つま先から腰に向けて。首から胴に向けて。頭頂から顎に向けて――

 気付けば彼は、別の存在へと変身していた。


「これが、俺?」

《身体情報をベースに計測……設定完了。次いでコンフォーミングを開始します。バックグラウンドで疑似人格の形成開始》

「っ?」


 イナが自分の変貌した手をまじまじと眺めていると、不意に眠気に近い感覚に襲われた。

 意識が遠のいていく――かと思えば、彼は知らぬ間に目を開いていた。

 視界に映っているのは、コアの内部ではなく夜空だったが。


「これは……」


 と、ふと出たイナの声はこだました。

 彼は驚いて身を震わせると、先ほどの巨人が銃を構えて立っているのが目に映る。

 ……なぜか、トリガーを引く様子がないが。


「ぅ、わぁッ!」

《落ち着いて、BeAG(バグ)システムで神経が繋がって、シャウティアの見てるものが見えてるだけ! イナはシャウティアと一体化してるの!》

「――チカ!? そこにいるのかッ?」


 突如イナの脳内に響いたのは、紛れもなく悠里千佳の声だ。

 この状況の把握以前に、その方が彼にとって思考が優先されることだった。

 彼の現実を象徴する存在がゆえだろう。未知の中で知っているものがあれば、頼りたくもなる。

 だが、彼の期待は裏切られる。


《……ううん。私はイナから悠里千佳の記憶を読み取った疑似人格のAIなの》

「……そうか……」


「おいおい、まさかと思ったが素人かよォお前! これってチャンスってヤツじゃあねえのか?」


 イナが顔を俯かせて落胆していたところに、今まで何もしなかった眼前のエイグが急に喋りだした。

 心なしか、声がはっきりと聞こえる。イナもエイグに乗り、同等の存在になったということか。

 敵エイグは既にライフルを後ろにマウントし、太腿の鎧の中からナイフらしきものを手に取る。

 まさか、効くとは思えないが。


「ライフルが効かねえならァ!」

《イナ、暗視モードに切り替えるよ。戦って!》

「そんなこと言ったって……!」

《大丈夫。ナイフやライフルなんかじゃ、シャウティアは傷つかない!》

「……ッ!」


 彼女の声は力強く、イナの意志を無理やりに高揚させる。

 要するに――好きな女の前でカッコ悪いところは見せられない、という見栄を張りたくなっただけだ。

 だが、彼は戦い方を知らなかった。

 ゆえに迫ってくる敵に対し、まずは腕を交差して防御の態勢をとるしかなかった。


「関節を狙えと言わんばかりだなァ!」


 逆手に持ったナイフを勢いよく左腕の肘に突き立てようとする敵エイグ――しかしやはり、その刃も闇に溶けていく。


「チッ、卑怯っていうんじゃねえのか、そういうのォ!」

《立って、イナ!》

「クソッ……!!」


 歯を食いしばってイナは足に力を込め、膝を立てた。

 そしてナイフを持っている手を狙い、弾くように腕を振るった。

 それだけのはずだった。

 しかし彼の腕には何の抵抗もなく、いつの間にか敵の右手が宙を舞っていた。


「ギァアァァァッッ!!?」

「ッ!?」


 耳をつんざく悲鳴に、イナは身を震わせて動きを止めた。

 斬ったのとは違う。敵の手首が消えたのだ。


「な……なにをしやがったァ!」


 むしろ俺が聞きたい――イナ自身も困惑しながら、自分であって自分ものではない手をまじまじと見つめた。


 ――俺が? やったのか? あいつの、腕を……?


 大きな音を立てて落ちた手を見て、イナは戦慄した。

 先ほどのチカ――否、シャウティアの言葉を聞くに、あのエイグも搭乗者と神経が繋がっているはずだ。

 ならば、人間の腕を切り落としたも同然なのではないか?

 その思考に至った途端、イナの背筋に冷たく、痛いものが走った。


《今は気にしないで、死んでないから! イナは殺してない!》

「でも痛がってる! これから殺せっていうんだろ!?」

《だから戦えないの!? それでもっと痛い思いをして殺されるのはイナなんだよっ!》


 シャウティアからの怒号に、イナは先ほどの死の感覚を思い出す。

 死にたくないと彼は思ってしまった。痛みだって、できることなら避けたいだろう。


 ――だからと言って、他人を傷つけてまで生きる価値が俺にあるのか?


 今の自分が何よりの悪に思えて、彼の体からは力と戦意が抜けていく。


「あァ!? 舐めんてのかお前ェ! この俺をォ!」

「どうせ、俺には効かないんだろ……?」

《イナが戦わないとエネルギーが切れるの! お願い戦って! 生きてよ!》


 彼女の言葉に、ぴくりとイナの体が反応する。

 だが、戦意は沸いていなかった。

 声こそチカだが、中身は所詮機械。要するに自己防衛のために戦えと言っているだけだろう。

 わざわざ従う必要があるとは、彼には思えなかった。


「おいおいぃ……投降する気かぁ? これじゃあ援軍を呼んだ意味――ガッ!?」


 手を失ったことを気にしていないかのような口ぶりでゆっくりと歩み寄る敵エイグに向けて、何かが飛来し肩に突き刺さる。

 再び敵エイグが口を開けて悲鳴を上げようとする前に、人影がイナの前に落下し敵エイグに向けて地を蹴った。

 間違いなくエイグだろう。

 はっきりとは見えないが、蒼い眼光が残像を残しながら動いているのがわかる。


「おいおい……話がッ、違うぜ……こんなはずじゃ……ァッ!!」


 呻くようにものを言う敵エイグに、蒼い目のエイグは応えずに膝で蹴り飛ばした。


 ――味方、か?


 敵の敵という意味であれば、そうだろう。

 だがこの世界に来たばかりと思しきイナに、予め味方が用意されているとは考えられない。

 考えを巡らせていると、彼の周囲に二機のエイグが着地しシャウティアの体を支えた。

 瞳の色は、明るめの青。

 状況から察するに、これも敵ではないと考えていいだろう。


「目標に接触しました」

「よし……キミ、聞こえるかい? 俺たちは国連軍だ、もう大丈夫」


 シャウティアの体を支えるエイグの片割れから、気の強そうな女の声がする。

 本当に国連の使いであるのかは確かめる術はなかったが、イナにそれを疑うだけの余裕も、警戒心も持ち合わせていなかった。

 その声が今の彼に、何よりも安心感を与えていたからだ。

 偽物の想い人では、心が休まらなかったがゆえに。


「あとはあの人に任せればいい。さあ、しっかりつかまっていてくれよ!」


 縋るように二機のエイグの体に身を寄せると、同時に背部の推進器らしき装備から、勢いよく火が噴き出した。

 その火はゆっくりと三機のエイグを宙に浮かせ、夜空の彼方に浮かぶ巨大な飛翔体へと向かわせた。


《……ごめんね。少しだけ眠っていて》


 引きちぎられるように意識を失ったイナは、二機に支えられたまま脱力し、そして項垂(うなだ)れた。

 他人を傷つけた現実から、目を背けるように――否、少し違う。


 それを建前に、自身を守れなかった自分に辟易とするように。


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