第13話「臨む者へ」:A2
部屋に入れば、レイアはイナを視認するなり小さく溜息を吐いた。
ミュウの言った通り、またどやされるのだろうと思っていたが、一向に何も言われる気配はない。
「あ、あの……」
「ミュウに研究経過を聞いていたんだろう。無駄に圧力をかけているようで良くないと、私も反省した」
「は、はあ」
よくわからないが、心境の変化があったらしい。
否、元より高圧的な印象はそこまでなかったのだが。
ともあれ部屋の中心へ移動したイナは、立派なデスクに座する青年――アーキスタの方を見る。
このPLACE日本支部を仕切る男だが、具体的な仕事内容は曖昧なままだ。
そして先ほど、ミュウの従兄と知ったのだが……顔つきなどはともかく、コートのように羽織っている白衣は、今まで気づかなかったのが不自然なくらいの共通点だった。
などと考察していると、アーキスタが少し引いていることに気づく。
「どうした、そんなに俺のこと見て……やる気があるのは結構なことだが」
「あっ、いや。何でもないので、どうぞ」
明らかに何かあると言わんばかりだが、さほど重要ではないと判断したのだろう。アーキスタは小さく咳払いをして、場の空気を切り替えた。
「このメンツからしてそうだが、例の作戦について色々中身が決まってきた。ので、ほとんどおさらいだが改めて伝達しておく」
例の作戦。
巨大な人型兵器『エイグ』の入った小隕石群の落下――『ドロップ・スターズ』による災害復興を阻害する、国際連盟からなる連合軍への大規模な反抗作戦のことだ。
連合軍から多くのエイグを奪取したと言えど、戦力の面から圧倒的に不利な反連合組織PLACEにそれを実行し成功させられる保証はどこにもない。
その苦悩を抱えたまま、彼らはつい先日まで泥沼の戦いを続けていたのだが。
「イナのエイグ、シャウティアの参入によって実行が可能であると正式に認められ、準備が始まった」
「まあ、前からちょいちょい進めてたらしいけど」
アヴィナがイナにささやくように付け加える。
「俺達日本支部は遊撃を任された。まあ、好きにやれってことで……やることは変わらない。南米から連合軍の駐屯地を制圧しつつ北上、攻撃部隊と合流する」
アーキスタが手元で端末を操作し、イナの頭上に仮想画面が現れる。邪魔になるまいと、イナはすぐにその場を離れた。
画面には世界地図が表示され、日本から赤い曲線が描かれ南米へと伸び、それは最終的にアメリカへと到達する。
先ほどの彼の言葉を図示したものらしい。
「順路だが、さすがに長旅になる。ハワイ支部で補給を受け、ブラジルへ向かうことになる」
(そんなとこにも支部があるのか……)
正確には覚えていないが、そこまで大きな島ではない。
そんなところに支部を作る意味は、正直すぐには分からなかった。
「守りやすいし、こういう長距離移動には助かるわけさ」
「守り……やすいのか?」
話の腰を折っている自覚はあったが、理解の追い付かないイナにレイアが口を開いた。
「対空・対潜装備も十全にしてある。加えて今の連合軍は、エイグ以外の兵器を用いることがほぼない。さらに、私のシフォンのように長距離の飛行ができる装備は量産が簡単ではない。輸送機で近づけばいい的だ」
「あとまあ、ぶんどっても大していいことないし」
「な……なるほど」
要するに攻め入る為のコストに見合う対価が得られないのだろう。
イナは戦争に詳しくないため具体的なことは分からなかったが、そういうことらしいと適当に解釈する。
そこで簡単な講義は終わったと判断したらしい、アーキスタがまた咳払いをして話を元に戻す。
「……まあそういうわけで、ハワイを経由してブラジルに行く。到着したら着陸じゃなくて、空中から奇襲する形になる」
「そっからずっと戦いっぱなし?」
「ブラジルにも、支部と言うほどじゃないが基地を作ってある。そこで簡単に補給をしてから、再び輸送機で移動する。長期化は避けたいが、カナダの仮設基地を増強して臨時の支部を作る予定だ」
「ええ~、アメリカ突っ切るんですかあ」
「強行突破でも構わんだろうが……作戦の進捗を確かめながら随時指示していく形になる。作戦の行方がどうなるかなんてわからんからなあ」
アヴィナの問いにアーキスタが答える中、イナは地図を凝視しながら、なんとか自分で理解しようと努める。聞いていればエイグが勝手に記録してくれるらしいのだが、そこはあまり信頼していないらしい。
というよりは、反射的な癖か。
なんにせよ、構成員の一人として自覚が芽生えているのは良い傾向だろう。
「ともあれ、最終的にカギを握るのは君だ」
不意に指され、イナは思わず「う」と嫌な声を上げてしまう。
腹を決めていたつもりだったが、いざその責任の重さを改めて認めさせられると、胃が痛む。
「……という風に、無理を強いているのはわかってる。アヴィナ……はともかく、レイア。しっかり彼をサポートしてくれ」
「無論だ」
「ボクだってやりますよぉ」
レイアはともかくアヴィナには頼れるのかいまいち疑わしい点もあるが、彼女らの実力は確かだ。はっきり言って、シャウティアが強いのであってイナは強くない。
そんな彼とは違って、彼女らはしっかりと強みがあり、それに対応したエイグのカスタマイズが行われているほどだ。
多彩な射撃による後方支援に秀でたアヴィナは砲戦・重装備仕様の『シアス』を、空中での立体的な機動力に秀でたレイアは空戦・高機動仕様の『シフォン』をそれぞれ駆っている。
「そだ。質問いーっすかぁ」
「ああ、いいぞ」
「ファイド・クラウドはちゃんとそこに来るんです?」
アヴィナの出した名前は、今の国連を支配していると言っても過言ではない男のもの。
国連事務総長の権利を自由に扱い、何故か復興支援の阻害を行っている元凶――と、されている。
「それに関しては、近々ニューヨークの事務局で会議が行われるという情報が入っている。韓国支部が通信を傍受したそうだ」
「ほ~ん」
「そんなわけで、作戦の実行もそう遠くはないだろう。お前たちは大丈夫だろうが、イギリスから来た奴らとか、それに慣れない奴らのことはどうにかせにゃならん」
声にあからさまに疲れが見られる。アーキスタも見えない所で隊員への気遣いに苦労しているようだ。
「私やシエラも目を光らせてはいるが、作戦を前に面倒事を起こしはしないだろう。だが、雰囲気が良いとは言い難い」
「訓練も自分らのやりたいようにってスタイルなんでしょお?」
「まあ、付け焼き刃の連携でボロが出るよりましだが……まあ、作戦が終わるまでの辛抱と思えばいいかねえ」
作戦が終われば――その言葉が、イナの中でふと波紋を生んだ。
終わったら、世界はどうなるのだろう。
PLACEはそこまで考えているのだろうか。
それとは別に、イナ自身はどうなるのか。元の世界に帰る術は、手掛かりすら相変わらず見つかってはいない。
あるいは、一生をここで過ごすことになるかもしれない。
それは果たして、自分にとって幸せな事なのだろうか。
心の支えにしていた悠里千佳を捨てることも、求められるかもしれない。
(……考えたくは、ないな)
帰れる保証はないが、その逆も然り。
不安はこびりついてなかなかぬぐえなかったが、俯いてばかりいても仕方がない。
――彼女との再会が、戦意の原動力である部分も否定できないのだから。
「あとはなんだったかな……輸送機はイギリス支部のエイグを運送してきたものをそのまま利用する。一応、ある程度の食料も積んでいくが」
「……あ、もしかして、俺ですか」
イナの記憶が正しければ、この場いるヒュレプレイヤーは自分だけだ。
大気に含まれるヒュレ粒子を収束し、想像を実体化する特殊能力者。この世界で彼らは歴史の裏に隠れて生きてきたが、戦争の影響で嫌でも表舞台に出てしまっている。
本来ならばこの世界の住人でない筈のイナは、プレイヤーではないはずなのだが。
「よくわからんが、そうらしいからな。寝る間もないほど働かせるつもりはないが、非常時に簡単な食料を用意できるようになってもらえると、助かる」
流石に自分しかプレイヤーがいないのならば、できませんとは言えない。
だが、実際にそんな事態に陥った場合に、安定した供給ができる自信はない。
(戦いだけじゃなくて、それ以外でも命背負うことになるのかよ……)
負担はなるべく少なくしたい、というようなことを前々から言っておきながら、結局重い役割を任されている。
まったく不満を感じるなという方が無理な話だ。
「……あー、もちろん、非常用だ。万が一の保険。戦闘に集中してくれればいい」
表情にそれがにじみ出ていたのだろう、アーキスタがすかさずイナを気遣う。
それでも、万が一が起こらないとは限らない。
「……はあ、まあ、用意はしてみます」
アーキスタもバツが悪そうに頭を掻いているが、必要な事だから伝えているのだろう。
この場合、覚悟を決め切れていないイナにも責任がある。
一方で幼い彼にそれを強いるのが酷なのは、その通りなのだが。
「とりあえず、連合軍に目立った動きもない。そんなピリピリせずに、作戦開始を待っていてくれ。また連絡する」
「了解」
「りょ~か~い」
「りょ、了解」
各々の返事を聞いたところでアーキスタは頷き、アヴィナはさっさと部屋の出口を目指す。
レイアは相変わらずアーキスタと話すことがあるようで、その場に留まっていた。
これ以上は特に無いようだと察したイナは、アヴィナを追うようにして部屋を出る。
「たいへんだねえ、イーくん」
「いきなり他人事だな……」
扉を閉めるなり言うアヴィナに、イナはため息をつく。
「ボクはプレイヤーじゃないからねえ。こればっかりはサポートできないし、シアスは実弾兵器しか持ってないから、お世話になることの方が多いかもねえ」
悪びれる様子もなく歩き出すアヴィナに、呆れは加速する。
しかしすぐに足を止め、「けど」と彼女は続けた。
「前も言ったかもだけど、イーくんは不意打ちができればいいの。最終手段。おっけ?」
「いや、でも」
「戦わないといけないかもねえ。それで疲れた時はホラ……適切に癒してあげるから♪」
アヴィナはくるりと振り向いて、悪戯っぽい笑みを浮かべながら何かを揉むように手を動かす。
意図するところは不明だが、品がないことは確かだろう。
イナはどう返せばいいのか分からずに、苦笑いを浮かべる。
「どうしたの、ニヤついちゃってぇ。イーくんはこんなちっちゃい子でもいいんだ~?」
「ああもう、ごまかすな」
「でも、実際ボクにできることなんて大してないからねえ。口先だけって思われても今は仕方ないけど、その時になったらちゃあんとやったげるから」
それはそれで、なんだか申し訳がないような――面倒くさい自覚はあったが、そういった感情が生まれてしまうのは確かだった。
(結局こういうこと言われたいだけってことなのかなあ……)
自分で責任を負いたくない。常に誰かに甘えていたい。
まだ自立できていない子供であるがゆえに、そういった考えが根付いてしまっているのは否めない。
ただ、おそらく自分よりも幼いアヴィナにそんなしっかりとした言葉を向けられては、責任感が刺激されない筈もない。
仮に彼女にイナを鼓舞する意図があるのであれば、大した頭のキレだ。
「……がんばりは、する。駄目だったら、頼ってもいいかな」
「んふふ~、しょうがないなあ」
彼女が浮かべる満面の笑みは、無邪気でありながら底の知れない包容力があった。
姉に励まされる弟のような気分だった。
(……それにしても、本当に何者なんだか)
見た目だけで言えば、小学生。年齢も10歳前後と言ったところか。ただ、時折見せる達観したような言動が、その推測を狂わせてくる。
極めつけはカスタマイズされたエイグを駆るほどの実力を持っているということだ。もっとも、その本気は未だイナは見たことがないのだが。
やはりアヴィナは、見た目に騙されているだけで実際はとっくに成人しているのではないだろうか?
これに関しては疑いが尽きない。そういう性格なのだと言われたらそれまでだが。
「ん~? どーかした?」
「……なんでもない。それより、今日は何かするのか」
「そーだねぇ」
おそらく目的地はないのだろうが、頭の後ろで手を組んで歩き出す彼女についていく。
彼女ならすぐに何かしらの幼児を思いつきそうなものだが、しばらく口が消えたように黙ってから、ようやく口を開いたのは長い廊下を曲がった時だ。
「今日はシアスのメンテでもしよっかなあ」
「……メンテ?」
アヴィナが機械を弄れる能力があるとは聞いたことがない。
そうでないにしても、整備の場にアヴィナが出張る必要がそんなにあるとは思えない。彼女のふとした思い付きであるようにしか見えないのが余計にそう思わせる。
「や、装甲はやってもらってるけど、中身は自分でやんなきゃいけないし」
「中身……?」
「カラダじゃなくて、アタマ。AIの調整ってことさ」
自分の頭を指さすアヴィナを見て、イナは少しだけ不安になる。
今までにそんなことをした覚えはないのだから。
直結しているのかは定かではないが、それがエイグの性能を上げることに繋がるのならば、イナも他人事ではいられない。
「いやまあちょっとした補正はするかもだけど、ちょいとお話するだけさ。心のシンクロ率をアップさせるわけ」
シンクロ率、という単語に思わず反応してしまいすぐに意識の外に追いやろうとしたが、あながち間違いでもなさそうだ。
搭乗者の思考を読みその動きを補助するエイグのAIは、何者かを模している。
詳しいことは定かではないが、人の真似をしている以上、思いのすれ違いが生じる可能性はある。
(機械相手ってのは妙だけど、一理あるような気がするな)
「なんか小難しい事考えてなぁい? そんな大したことじゃないから」
「そ……そうか?」
「そーそー。ほんじゃボクは格納庫に行くから、まったねえ」
「あ、ああ」
手を振りながら去る彼女が、何故か逃げるように見えてしまったのは気のせいだろうか。
本当はもっと別の要件があったのかもしれない。
僅かばかりの罪悪感を覚えながら、イナは踵を返し、ひとまず自室へと向かうのだった。




